見出し画像

archive④祖師ヶ谷大蔵のレコード店「スミ商会」閉店(2007.9~10,cocolog +)

1985年発売、とんねるずのファーストアルバム『成増/とんねるず一番』の収録曲「バハマ・サンセット」にも登場するレコード店、東京は世田谷、祖師ヶ谷大蔵の「スミ商会」が、2007年10月20日に閉店する。なんとも残念なニュースだ。

<住むなら祖師ヶ谷大蔵さ…(略)…レコード買うならスミ商会…>

(「バハマ・サンセット」より)

タカさんが成増のことを歌ったあと、ノリさんが切々とフザけて歌う祖師ヶ谷大蔵の情景。今から22年前の1985年には、まだ当たり前のように、東京の駅前の商店街にはレコード店が1つ2つあった。

その前の1970年代、東京の大きなレコード店と言えば、ディスクユニオン、石丸電気、YAMAHAなどなど、そんなところだった。大型の外資系ショップが席巻し始めた80~90年代も、レコードからCDへの移行に伴いマーケットが拡大したこともあり、ある程度と大型店と街のショップは共存しえた。

しかし、インターネットの普及によって、様相は一変。アマゾンなどのオンラインショップが台頭するいっぽう、パソコン、携帯電話による音楽配信は、エイリアンさながらこの世界の景色を急速に変えていった。

スミ商会は、開業40年になるそうだ。自分は幼少時、同じ世田谷の下高井戸、赤堤で過ごしたので、初めてレコードを買ったのは下高井戸「オスカー」なのだが、古くから祖師ヶ谷に住む同年代の人間は皆、小学校時代からの付き合いだったそうだ。

自分もここ20年は、レア盤はタワーなどで、J-POPの新譜はスミ商会で、と住み分けて購入していた。音楽業界誌の記者時代は、いつもスミ商会のご夫妻に状況を聞きにいっていた。

閉店までは、割引きセールを行なうそうだ。すでに2割引が始まっていて、週ごとに3割、4割、5割引き、閉店の週は6割引きになるとのこと。

<祖師ヶ谷大蔵は急行は止まらない 各駅停車で降りるとき 前から三両目のいちばん前のドア 降りるとちょうど階段があるんだよね>

(「バハマ・サンセット」より)

その階段も、小田急線複々線化工事により駅が高架化し、すでに今はない。街の風景は、写真と人の記憶の中だけに残るのみ…

閉店セールは、2割引き週から始まり、6割引き週まで5週間

気になる閉店セール、9月23日日曜から2週め、3割引きセールに入った。これまで、毎週割引き率が上がっていく売り尽くしセールというのは、聞いたことがない。来週が4割引き、再来週が5割引き、そして最後の週が6割引きなのだ。
待てば待つほど、安くなる。しかし、欲しい商品はいつ売れてしまうか、わからない。まさに、「逆オークション」。

そこで、戦略を立てた(笑)。まずは全店を見渡し、だいたいのアタリをつける。J-POP、洋楽などの売れ筋はすぐに、それほどでもないものは翌週ぐらいに買う。その次は、コアジャンルのなかではライト層ユーザーに拡がりがあるクラシック。それからジャズ。最後に、たぶん需要が最も低そうな沖縄、ブラジル、など各国系。

ところが、困ったことに気付いた。そもそも、これまで自分で保有したり処分したりしてきたディスクのタイトルが膨大過ぎて、いちいちCDを持っているか否かが、わからないのだ。とくに、古いものはLPで持っていたことは記憶していても、それをCDで買い直したかどうかの記憶がない。

そんなときは、ダブりなど気にせず買ってしまえばいいのだが、さすがに自宅も近いので、今回は一度冷静になって自宅に戻り、気になっているアーティスト中心に調べてみた。すると、当然保有すべきものを持っていなかったりもする。

ということで、2週めは、「買えば買うほど得だ」モードに陥らないようにつとめて冷静に、メジャーなJ-POPもののベスト盤と、買い損ねていたここ2年以内リリースの洋楽の新譜を数枚買った。

しかし、これまでずっとオールジャンルで音楽を聴いてきた自分にとって、街のショップ1店分と自分のレパートリーを比べるという大掛かりな作業は、自分の音楽嗜好の変遷を俯瞰するようで、なかなか滅多にない機会になった。

スミ商会のご夫妻とも話をしたが、もう40年以上やってきて歳も歳なので、今までできなかったことをいろいろやりたいそうだ。
そういう意味では、レコード店という1つの小売り形態を通して大きな時代のうねりを見つめ続け、そして急速なIT化が既存の産業を破壊するなかで老後を迎えられる、というのは少々うらやましいことなのかも知れない。

祖師谷ヶ大蔵駅前。「ウルトラマン商店街」が発足して数年で「スミ商会」は閉店した

4割引き週は、8枚買って10,000円でお釣りが来る

3割引き週は下記のCDを購入した。
○エンヤ:「アマランタイン」 →なぜか買いそびれていた05年新譜
○NAMIE AMURO:「LOVE ENHANCED」 →前期のベストだけ持っていた
○浜崎あゆみ:「BEST」 →こういうときでないとなかなか買わないので

4割引き週は、下記。
○カラヤン指揮ベルリンフィル、ツィマーマン(ピアノ):シューマン&グリーグピアノ協奏曲 →ツィマーマンの作品は全部集めようと思っているのですが、なかなか…
○ベーム指揮ベルリンドイツオペラ管弦楽団:「フィガロの結婚」 →こないだ「ショーシャンクの空に」を見て自宅のCDを探したのだが、CDを持っていなかった!
○ブーレーズ指揮クリーヴランド管NYフィル:ストラヴィンスキー「春の祭典」 →グラモフォン盤はCDがあるが、これはLPでしか持っていなかった。
○山下達郎:「ON THE STREET CORNER 1」 →ご存知不朽の名作。LPのみ所有。
○山下達郎:「ON THE STREET CORNER 2」 →同上。リリース時、競合他社の雑誌に取材を持っていかれて悔しい思いをした。
○チェリッシュ:「ベスト」 →3rdシングル「ひまわりの小径」は、今聴いても絶品!
○「ワールドミュージックベスト」 →へんな国のものが多くてつい
○「グレンミラー物語」オリジナルサウンドトラック →やはりこういう機会でないと…

しかし4割引きだと、8枚買って10,000円でお釣りが来るのには感動。ついに買えば買うほど得するモードに突入…

ところで、3割引き週から4割引き週にかけて、あたりをつけていたものが、どっとなくなっていた。キース・ジャレット、ジョン・コルトレーン、ビル・エバンスのややマイナーな盤、レッド・ツェッペリン、エンヤ、大塚愛のDVD、ピンクレディーのベスト、あゆのベスト2、などなど。

しばらく演奏会の比重が大きかったのだが、久々にCDの大人買いモード。しかしいったい、いつ聴くんだ。

2007年10月20日をもって「スミ商会」閉店

5週間の割引きセールを経て、「スミ商会」が閉店した。

もちろんそれまでもときどきお店に顔を出していたが、この5週間は、それまでにないペースでお店をのぞきに行った。それは他の人たちも同じだったようで、この5週間、いつになく店はにぎわっていた。淡々と最後の仕事をこなすご夫婦の姿が印象的だった。

自分は、結局その後シングルを1枚買ったのみだった。というのも、3割引きから4割引きに移行するあたりに、狙いどころのCDが一気に売れてしまったのだ。
なぜこのあたりに集中したのかの真相は、もちろん不明だ。が、実は自分もこのあたりに買っているのだから、つまりは「定価では買わないCD」の値頃感がそのあたりだった、ということなのだろう。

LPでは持っているがCDで買い直すのは躊躇していたもの、アルバムを全部揃えるほどファンではないがいくつか気になるヒット曲があるJ-POPアーティスト、新譜のタイミングで買い損なって時間が経ってしまったもの、いつかは買いたいものだがそのタイミングがなかなかないもの…そんな「定価では買わないCD」は、3~4割引きがぴったりだったのだ。

とくに、クラシックの売れ方は興味深かった。4割引き週に、一気に売れていった。先ほどの区分けでいくと「いつかは買いたいものだが~」のパターンなのだろう。そのあとは、ジャズが一気に減った。

そして最終日まで残っていたのは、旬を過ぎたJ-POPものが中心だった。音楽の時代性と普遍性が、くっきりと消費動向に現われたかたちだった。

しかし、商品のない店内はさびしいものだ。ご夫妻に、お疲れ様で小さい花束をプレゼントし、店を後にした。

一つの時代には当然のように存在したものが、無くなっていく。それもまた時の流れの必然なのだろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?