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archive⑦『送別の餃子(ジャオズ) 中国・都市と農村肖像画』 大阪音楽大学教授 井口淳子・著/書籍の紹介(2021,Facebook,Twitter +)

勝手に盟友と呼ばせて頂いています大阪音楽大学教授・井口淳子先生の新刊『送別の餃子(ジャオズ)』が発売になりました(灯光舎、2021年)。井口先生とは、私が編集を担当した『亡命者たちの上海楽壇~租界の音楽とバレエ』(音楽之友社、2019年)以来のお付き合いで、「自著の出版は人生最高の贅沢な楽しみ」との想いが一致しています。

2021年は、拙著『ウルトラ音楽術』(集英社インターナショナル、2022年)との同時期刊行の祝杯をあげようと話していたのですが、私のほうが遅れてしまいました。

『送別の餃子』の版元は2年前の2019年に京都で創業した灯光舎。まずは規格外の造本に舌を巻き、期待を高めてくれます。

左が本体表紙、右がいわゆる「デカ」オビ

「忘れ得ぬ人」との心の交流をありありと描く

本書の舞台となっている中国が日本と違うのは自明ですが、中国でも都市と農村、現在と30、40年前とでは別世界。そんななかで井口先生は1980年代の20代の頃に中国の農村、辺境をフィールドワークの対象に選ばれ、その後数十年にわたり研究活動を続けてきました。

本書はその研究成果として公表したこと「以外」の、様々な人間関係についての出来事を描いた作品です。それはリアルな肌触りに富んだ内容であり、井口先生の「忘れ得ぬ人」との心の交流がありありと描かれています。

ところで私もかつて「レジャーランド」と呼ばれた昭和の大学にて唯一真面目に取り組んだのが日米比較文化のゼミで、卒論は日米家族関係比較について書きました。

そこで学んだ異文化理解の指針は、「違いは優劣ではなくただ違うだけであるから肯定否定ではなくそのまま受容すべし」ということでした。このことは、その後の私の人間関係の礎ともなりました。

中国の人間関係は「きっぱりと線を引くこと」なのに助け合いも機能

とはいえ本書で描かれる文化の違いには驚愕します。何しろある時代のある地域では、急病で病院に行くと、ガラスの破片で指を切って採血されるのです。

そんななか、井口先生のコミュニケーションは、泰然自若、おおらかで強気で繊細、自然体で愛と興味に満ちて他者を受容しています。

であるからこそ、長年の困難な研究を成果に至らしめるとともに、本書で描かれているような異文化の人たちとの強い縁を結ぶことができたのだと確信しました。

中国の種々厳しい環境における人間関係は、利害関係や「きっぱりと線を引く」ことが基本なのだそうです。であるのに、農村はもとより都市化が極まった街でも、いざという時は他人同士が自然に助け合うセーフティネットが機能し続けているのだとか。

井口先生が、本書で描かれる人たちに強く惹かれるのは、なんだか分かる気がします。今度先生にお会いしたら、日本人からなぜその互助の精神が消失してしまったのか、伺ってみたく思います。

私が編集を担当した『亡命者たちの上海楽壇~租界の音楽とバレエ』

想像を絶する未知の世界に瞠目しながら知的好奇心を満たされる

本書は、超弩級の異文化体験記です。世の中にはたんなる海外の滞在記、旅行記のようなものがあふれていますが、これほどまでの異世界を堪能させてくれる本は、なかなかありません。

中国文化に興味がある方はもちろんですが、想像を絶する未知の世界に瞠目しながら知的好奇心を満たしたいすべての方に一読してほしい類稀な一冊です。

余談ですが、井口先生を知る同僚とは、「先生は著者なのに編集者の自分に興味を持ってくれて、質問されているうちに自然といつの間にかこちらばかり喋ってしまう」と互いに話したことがあります。

先生の人に愛されるコミュニケーションの姿勢が、そんなところにも表れているのでしょう。


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