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archive⑤森田健作がバッハを教えてくれた ~「おこれ!男だ」(SEP.2013,音楽言論誌・アルテス 掲載)

1973年に放送された『おこれ!男だ』という青春ドラマをご記憶の方は、どれぐらいいるだろうか。「よしかわくん!」で有名な森田健作の『おれは男だ!』ではない。『おこれ!男だ』だ。青い三角定規の名曲「太陽がくれた季節」が主題歌のヒット作、『飛び出せ!青春』の後番組である。

しかしこの作品は、当時絶大な人気を誇った森田健作、石橋正次を2枚看板として鳴り物入りでスタートしたものの、全22話をもって9月で打ち切られてしまった。原因は、定番の「学園」ではなく「私塾」を舞台とした凝った設定が共感を呼ばなかったことなどによる低視聴率とも言われている。今では、何度も再放送されて語り継がれている数多の青春ドラマの中において、完全に忘れ去られてしまっている、と言っても過言ではないだろう。

そこには音楽が鮮烈に彩るワンシーンがあった

とはいえ、自分はそこそこ楽しんで観ていた記憶がある。そしてそのなかには1話だけ、その後40年にわたって気にし続けさせるほどの突出して印象深いストーリーと、音楽が鮮烈に彩るワンシーンがあったのだ。それはこんな場面だった。

主人公の森田健作扮する江藤太一は、ある日近所の海沿いの大邸宅に住むお嬢様を知り、好意を持つ。江藤はお嬢様に愛想よくふるまうが、全く相手にされない。実は彼女は数年前の事故で視力を失い、心を閉ざして自室にこもって毎日ヘッドホンで音楽ばかり聴いているのだ。 

その事実を知った江藤は、ある日部屋に乗り込み手術を受けるようお嬢様を説得し始める。お嬢様はヘッドホンを装着して会話を拒絶。説教をやめない江藤を遮断するためにさらにボリュームを上げ、ついにはヘッドホンのジャックをアンプから引き抜く。

嵐のように情熱的な音が、大音量で部屋に鳴り響く。その音に圧倒されながらも、江藤はさらに大きな声で熱く説き、杖で殴られ平手を頬に打ち返す。

青山通による要約

年齢を重ねドラマの記憶が風化していっても、この回とこのシーンの印象だけは色褪せることがなかった。そして、このときかかった曲が何だったのかを知りたい気持ちは、日増しに強くなるばかりだった。
江藤のもどかしい気持ちをそのまま表すような荒れ狂う情熱的な音楽。ピアノ曲だったと思う。ショパンではないか。ショパンのバラードやソナタを知るにつけて、そんな気が徐々にしてきた。

しかし次の再放送時にはしっかり確認しようと思うのだが、ほかの青春ドラマは幾度も放送されるものの、自分の注意する範囲ではこの番組が扱われることはなかった。その後インターネットの時代になって、検索やQ&Aサイトで探してみたが、そんなことに関心がある人はいない。

自らブログに書いて情報提供を呼び掛けても、反応がない。頼みの綱「ミュージックファイル」シリーズのCDで『おこれ!男だ』も発売されたが、このクラシック曲は収録されていない。そもそも第何話かも、タイトル名もわからない。お嬢様に扮していた魅力的な印象を残す女優も誰かわからない。

「青春という名のトンネル」、ゲストの女優は仁科明子さん

そんなある日、2007年に「日テレプラスサイエンス」で再放送しているのを発見! しかしすでに全22回の16回目を放送済み。そしてその第16話のタイトルは「青春という名のトンネル」、ゲストの女優は仁科明子さんだ。
これかもしれない! しかしこの回の放送は、タッチの差で終了してしまっていた。次の再放送を期待してケーブルテレビに加入し、日テレ系の番組はくまなくチェックし始めたが、その後再放送を確認することはできなかった。

そして放送から40年が経った今年2013年6月、いつものごとく何気なく番組名で検索をかけると、なんと2月にDVDBOXが発売されているではないか! アマゾンレビューを見ると、やっつけで編集努力がない商品と書かれていたが、あの不人気作をDVDにするのだから、手間暇かけなかったのもうなずける。そんなことは関係ない。あの曲が聴けさえすれば、お金は惜しくない。そして2日後、DVDBOXが自宅に到着したのだった。

これほど開封がもどかしかったDVDもなかった

さっそく第16話を冒頭から見始める。全く印象にないシーンと鮮明に覚えているシーンが交互に現れる。そして27分が経過、いよいよだ。お嬢様のヘッドホンから音が小さく流れている。
あれ? チェンバロ? ピアノではなかった。確かに当時12歳だった自分は、FMでバロック番組を聴いていたものの、チェンバロの存在まで認識していたかどうかは疑わしい。そしてお嬢様がヘッドホンのジャックを抜く。チェンバロが大音量で鳴り響く。

バッハだ! J.S.バッハ『(クラヴィーアのための)パルティータ 第3番第3曲 クーラント』。江藤が絶叫、“森田健作節”が炸裂する。「なぜ太陽の中へ、風の中へ、出て行かないんだ! 君は弱虫だ。勇気さえあれば出て行ける!」…
12歳で感じた突出した印象は、間違いではなかった。シーンと音楽が絶妙にあいまった名場面だ。そして2人は一夜の逃避行、翌朝お嬢様は目の手術を決断する。

どこまでも内省的でありながら無限の拡がりを持つ音楽

さてバッハのクラヴィーア曲。なんという選曲だろう。大音量で情熱的な思いを表現したいのなら、ロマン派の作曲家が作った大編成の管弦楽曲がふさわしいだろう。チャイコフスキー、ヴェルディ…そんな名曲の熱い部分をひろってくればいい。
しかしこのシーンで描くべきは、情熱に加えて、お嬢様が醸し出すストイックな気品、端正さ、さらに視界をうばわれた孤独、葛藤。たしかにそれは、ロマン派の音楽ではない。どこまでも内省的でありながら無限の拡がりを持つ音楽。それは、バッハの独奏曲が相応しいだろう。(パルティータとクーラントの話は、ここではおいておきます)。

それにしても、こんなコアな選曲をしたのは誰なのだろう。『おこれ!男だ』の音楽は森田公一だが、一部資料によると日本初の選曲家と言われる鈴木清司氏の名前もある。鈴木氏は、それまで作曲家や録音技師などが兼任していた、映像作品の選曲を独立した仕事として定着させた人物なのだそうだ。はたしてここでの選曲意図は? さらにチェンバロの演奏者は? 

さて余談だが、仁科明子さん。自分は高校生時分、仁科さんをかなり注目していた。しかしこの番組放送当時、仁科さんはそれほどメジャーな存在ではなく、自分もまだ中学1年生でお嬢様に扮する女優が誰かはわかっていなかった。
あらためてこのお嬢様役が似合うこと。ちょっと気の強そうな切れ上がった目、上品な顔立ち、今からみると古風にすら見える上流階級な髪形。本作を観終わって、すっかり二度惚れしてしまいました(笑)。


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