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やっぱり銀行だったのね

お家を手にして、まず初めにやった事は
残留物の廃棄だった。73年間、お住まいになられたK御一家の私物の処分を業者さんにお願いした。
その結果、土間には何もなくなり、壁に置いてあった古い梯子はしごから、目にしたかった文字を発見!
三木銀行府内支店ミキギンコウフナイシテン

K氏から、そして、周辺の方々から、ここは銀行だったと聴いてはいたが、何か目に見えるものがあればなあと思っていたところ、
打ち合わせに来てくれた警備会社のお兄さんが、「梯子に何か書いてありますよ」
私「なんて書いてありますかぁ?」
お兄さん「三木銀行、府内支店」
私「ヒェ〜、うっそー、わー、やったぁ」
残留物の山の向こうの長梯子ながばしごにお目当ての文字が残されてると誰が想像しただろう。

三木銀行は
明治26.2
兵庫に設立
【 資 料 】 銀總1-33回:明治26.2.18

昭和2.12
三十八銀行に買収
そして、その後兵庫7行の銀行が統合され、神戸銀行に。太陽神戸銀行→さくら銀行→三井住友銀行に至る。

金物産業で賑わった三木に三木銀行が生まれ、さほど離れていない府内町に支店を作ったのは、三木がこの府内町が、その当時、ものすごく栄えた証明だろう。
加えて
織田信長に楯突いて、二年間の三木城籠城の末、切腹自害された別所公も、三木の繁栄を天国でお喜びだったと想像に難くない。

今、チルアウトなムード満載の三木市。
その時間の流れの中で明治のロマンを一気に感じた午後だった。幸せだなあ。

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