世にも痛快な架空戦記「かんかん橋をわたって」はあなたの想像を必ず越える

 この漫画はかなり前にどこぞの漫画サイトで猛プッシュされていたので、広告などで名前だけは知っているという人も多いでしょう。

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陰湿でいじわるな姑、素直で健気だけれど一本気な嫁……一見すると孤独な主婦の退屈を慰めるよくある古典的な嫁姑ものに見えますが、実際には「インスタントな復讐系スカっとまとめにはもう食傷してるわ」とウンザリしている人にこそ読んで欲しい激アツ少年漫画です
ツイッター上では「これは実質ドラクエ」「実質ドラゴンボール」「実質ワンピース」「実質ハンターハンター」などなど、好き放題言われています。

思い思いの激熱作品を引き合いに出すツイッター民の声

昨今のジャンプ作品が「もはや友情・努力・勝利ではなくなった」と言われるようになってから久しいですが、”かんかん橋をわたって”(以下:かんかん橋)を構成する友情・努力・勝利の要素はあまりにも高純度です。これはプロメアです。グレンラガンです。Gガンダムです。

今から惜しみなくネタバレをしながらかんかん橋への愛を綴っていくつもりなので、読む気がある人はぜひ本編を読んでからここにまた戻ってきて下さい。


舞台は架空のファンタジー日本。著者・草野誼先生の代表作「愚者の皮」の不思議な空気感にも通じる、やや封建的な因習を感じる閉ざされた田舎です。

かんかん橋の舞台

主人公の嫁ぎ先は上記地図の北部に位置する川東(かわっと)というところなのですが、ナレーションの時点でもう嫌な予感しかしません。初めは優しく物腰の柔らかい川東になんとか馴染み穏やかな結婚生活を送っているように見える主人公ですが、川東育ちの義母による数々の洗礼が彼女を待ち受けています。
聖母のようなえびす顔で、自らの面子を汚さぬまま手の混んだ陰湿を繰り出し続ける義母・不二子。
よくこんな嫌がらせが思いつくな~と思うようなスパイシーな展開は、単なる嫁姑物の娯楽作品としても充分に読者を飽きさせません。

しかし、そこへきて対照的に描かれるのは主人公の萌ちゃん。彼女を通して、川南(かーなみ)の人間がいかに屈託なく侠気あふれる気質であるかが描写されてゆきます。

嫁いびりを受けながらも同情や慰めを跳ね除けて啖呵を切ってみせる主人公・萌
拳で語ろうとする萌

ようやくこの作品の本質がちらりと顔を覗かせてきました。萌ちゃんの中に打算や復讐心がないので、いじわるな義母がお白州に引きずり出されて読者が溜飲を下げるだけの凡百な作品になることができません。序盤には、淑やかで完璧な姑に尊敬の念をいだき、川東へのほのかな憧れを感じさせるようなモノローグすらありました。「川南の人間はガサツね」と小姑に嫌味も言われますが、初めて追い詰められた時にまろび出たこのセリフによって推し識る事ができるのは、萌ちゃんというキャラクターの根底にある、彼女を慈しみ育んでくれた故郷・川南への愛と誇りです。

萌の健気さと素直さに絆され、川東の街の人々は徐々に彼女を応援するようになります。それもそのはずで、完璧に見えていたはずの姑の不二子は萌の知らないところで「川東いちのおこんじょう(意地悪)」の悪名を轟かせており、密かに彼女を良く知る近隣住民達からの反感を買っていたのでした。

余談ですが、この「おこんじょう」というネーミングはあがつま語と呼ばれる、群馬県吾妻郡でのみ話される非常に範囲の狭い方言のようです。実際に作品の舞台が群馬県をモデルにしているかどうかは解りませんが、こういった細かいディティールを積み重ね、作品内にだけ存在する閉鎖的な田舎の解像度を上げに上げる草野先生の手腕は天晴です。
後述する超展開の数々にネタ扱いされる事も多い当作品ですが、実はこの作品の肝はこういった鋭い言葉のセンスのアンテナだと思っています。
「なんて文学的なんだ」と舌を巻く表現も多々あります。

さて、川東の人間の慈しみに触れた萌は、その愛を不二子にも向けようとします。
忍耐と根性と愛とで、萌は不二子と何とか折り合いをつける事ができたかのように見えました。

けれど、今までの不二子の嫌がらせなどは児戯に過ぎなかった事を萌は悟ることになります。
いよいよ不二子の嫌がらせは人の死にすら関わる領域に踏み込むのです。

萌が亡き父の死に目に会えなかったのは不二子の策略のうちだった。

えっ、人死ぬの…?と思ったあなた


死にます。

進撃の巨人もかくやとばかりに後半はガンガン人が死にます。

マジで何があった?

挫折感の中、萌はとある人物との邂逅を果たします。
その人物は萌に会うなり、「あなた今四位よ」と言い放ちます。
なんの四位かと尋ね返す萌に彼女は答えます。「嫁姑番付よ」と。

後に嫁ギャングスの情報屋として手腕を発揮する事になるトリックスター・権田木さん

川東には萌の他にもいびりに苦しんでいる嫁達がいる事を知った彼女は、突然使命感を懐き「私を3位の人に会わせてください」と言います。
もはやストリートファイターのリュウです。
「俺より強いやつに会いに行く」とかそんなかんじ。
真の英雄譚ですよ。人を救おうと決意に立ち上がる瞬間ですから。

ここからどんどん物語が面白くなっていきます。
最終的に萌ちゃんは嫁姑番付をたばねるカリスマ主婦(ギャングのリーダーみたいな感じ)となりフランスパンで成人男性を昏睡させますし、不二子は何故か常に月をバックに音もなく現れ、ラスボスみたいな喋り方をするようになります。


嫁ギャングスを集める激熱展開。鮎は後に萌の親友となる川南育ちの気合の入ったギャル。
戦士の顔である。
月夜をバックに音もなく現れる姑・不二子

何故一端の主婦に過ぎなかった主人公が、このようなカリスマ性を持つ事になったのでしょうか?それは序盤に繰り返し書かれた元々の一本気な気性だけが理由ではありません。
萌は不二子との戦いの中で、無自覚にその狡猾さを学び取っていたのです。

徐々に不二子に似てくる萌。覚醒の日は近い。

そして、それを誰よりも喜んだのは他でもない不二子でした。

萌の変化に気づき、ご満悦の不二子
一体何が目的で……?

「できの悪いうちの子三人を合わせたより三倍も…」
あれ?息子がどうでもいいんだとしたら、なんで不二子は萌を虐めてるの?
となりますよね。
不二子という女の目的は萌を己の後継に仕立て上げる事であり、そのために何度も心をへし折っては、萌の可能性を試してきたのでした。
家庭内のヒエラルキーだの息子の関心だのといった些末な事には端から興味がないのです。

ここで丁寧に張り巡らされた伏線が回収されてゆき明らかになるのは、ご新造様という巨悪の存在。


ご新造様

ご新造様は平たくいえば川東を牛耳る地主さんなのですが、その描写のまあ気味の悪い事!
そもそも「ご新造」という言葉は身分の高い家に嫁いだ若妻への敬称です。
「殿」が当主、「若」が時期当主だとしたら、「ご新造」は次期当主の嫁といったところでしょうか。ちなみにこのご新造様、けっこう歳いってます。
川東に存在する全ての商店や中小企業にはご新造様の息が掛かっており、彼女に逆らえば主人公・萌の夫が職を失う事など容易です。
永遠の花嫁でいるためならば手段を選ばぬご新造様。
川東の夫達がどこかおかしいのは、男子が産まれたと解った時から周到に開始されるご新造様の洗脳のせいだとおおむね解釈していいでしょう。
(詳しくは本編を読んで下さい。)

不二子はかつてご新造様に逆らったただひとりの人間でした。そのため、萌の夫である早菜男(さなお)だけがこの街では比較的まともです。
不二子はご新造様を打倒すべく、何十年にも渡って好機をはかっていたのでした。

……私が昔努めていた会社に社長の奥様がいらして、それはそれは天真爛漫に好き放題あれこれ指図を変えながらマネージャーごっこをしていて、彼女に楯突いた社員や気に入らない若い女バイトは彼女の一声でクビにされ、社員一同は震え上がっていたのを思い出します。ご新造様はまさにそんな感じです。旧知の社員たちに「姫」と呼ばせていたのもヤバかったです。
これって決して私の経験が偏っているわけではなく、伝統を売りにする封建的な古い構造の残る社会にありがちなんですよね。二回くらいそういうことがありました。リアルです。

萌もご新造様に逆らい、廃人になるまで追い込まれます。
そこで立ち上がるのはかつての敵・不二子!

激熱すぎでは?

最後には嫁ギャングスが勢揃いで萌と不二子をサポートしながら、二人は手を取り合って打倒・ご新造様を目指し全力疾走します。

駆け抜けろ、萌!

私は何を読んでいるんだ……?と思うほどに壮大なクライマックス。

「片付いた」ってなに?「倒す」ってなに?
バビロンが崩壊してゆく!

ご新造様を倒した後、不二子は「姑というのも、悪いものではない」というような事を語り、彼女の手を取り、ともに旅に出ようと声をかけ、町を去っていきます。

旅ってなに……?家庭はいいんですか……?

そんな些細な疑問もどうでもよくなるくらいのカタルシスが読者を包んで、かんかん橋は締めくくられます。

序盤に文字数を使いすぎたので後半はかなり駆け足で書きましたが、ここで書いていない面白い展開が他にも目白押しなので、興味のある方は是非本編を読んでみて下さい。

以上です。