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10年

  バンドを組んで曲を出す。初めての経験から10年が経った。10年後を思う曲を書いたからその点はかなり感慨深い。でも不思議と感傷的にはならず、それが恐らく10年前の自分との1番の相違点なのかもしれない。想像してもなかった場所に運良くなんとか居られているし、めちゃくちゃな失敗もあり得ないような恥ずかしいことも苦しいこともたくさんあったけど、それすらきれいだと思うことは間違いないか教えてくれよと聞かれるのであればそう思って生きたほうがきっと良い。

 あの時からすれば未来が現在になって、あの時が過去になる。10年後を思うという歌の意味合いが変化し続ける。当時は意識していなかったけど「時間」をテーマにしていることがずっと一貫しているのが不思議であり面白い。

 作ることをしがみ続けてるただのひとりとして、この10年間はずっと答えを探していた期間だったと思う。10代からの思索と20代後半の葛藤と、そこからの諦念。

 次のアルバムをリリースしたあと、その向こう10年は答えを提示するものじゃなくて、そこに居るような音楽が作りたい。



 生成AIが個人でも使えるようになり、何に時間を使うかを迫られているような気がした。去年2023年は、身につけるまで1年かかることが、明日には1クリックでできるようになる現象に体が止まった。

 向こう10年何を続けたらいいんだろう。

 選択を迫られる負荷は相当高い。その割に無駄にSNSを見たりスマホを眺めている自分にげんなり。今年は改めたい。。

 「解釈一致」という言葉はクリエイティブ側へのリスペクトがない気がして苦手だけど、生成AIは個人に合わせた、解釈が一致し続ける音楽も無限に生成される。自分がなにかを作る意味を考えてしまってモチベーションが底に落ちていった。

 そんな中、2023年末に見たHomecomingsのライブには感銘を受けた。
 あのフィールドでも丁寧に理念を伝えられるもんなんだと、その凄みを目の当たりにした。しかも説明っぽさ、説教くささはなく、それぞれひとりひとりが自由に受け取れる空間があった。

 何よりその日はバンド結成10周年の締めくくりのライブだった。 

 1クリックで生成できて、10分でノウハウや構造を知ることができるこの時世に、「10年続ける」行為はある意味狂気的に見えた。
しかし、やっぱりその信用、説得力というのは凄まじい。

 ひとつのことを10年続けたいとは思わないけど、心から思った理念を伝え続けたいと思える、転機になるような1日だった。


 2024年に14歳だったら、音楽に夢中になっているだろうか?

 明らかにエンタメは多様化していて、効率的に有名になる方法は多分にある。その点、音楽は全くもって効率的ではない。時間も労力もかかる。ゲームのほうが楽しい。延々と流れるショート動画を見るだけでドーパミンが出る。
 音楽に夢中になっていたか?自分の場合だとそれは不確かだと思う。だからこそ形式へのこだわりは持たずにやっていきたい。しかし最近になって、人間の最後まで残る感覚は聴覚であると聞いた。やはり自分が「やりたいこと・残したいこと」と「音」の関係は不可分であることを思った。 


  人生とは続けることなのかもしれないと思い始めていて、以前のバンドを完結させた自分とは真逆の発想に至った。  



アルバムを制作しています。ぜひ聴いてください!


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