死産後の妊娠のこと③。

月曜日。朝から先生の診察がありました。

出血はまだ続いていました。

改めて、土曜日に少し多めの水っぽい出血があったことを直接伝えました。破水じゃないかと思って心配だと。先生は何とも返答せず少し暗い顔で診察を初めました。エコーを見て顔色が変わりました。

「血が減ってます。」

エコーを見ると、金曜の夜、広範囲にあった血溜まりが半分以下になっていました。

先生は、羊水が減ってる様子はないから、水っぽい出血はここに溜まってた血液が出たんだと思います、と言いました。もしあれが本当に破水だったら、間違いなく赤ちゃんは助からなかったのだと思います。日曜日に先生が来なかったのは、妊娠14週で子宮内出血した上に破水したら…、先生にできることはなかったからなのでしょう。先生の顔色の変化を見て、そう思いました。

ひとまず不安は取り除けたものの良くない状況に変わりはないので、出血が止まって体内に溜まっている血が排出されるか吸収されて消えるまでは安静にしておいてくださいと言われ、病室に戻りました。

この後、まさかの20週まで寝たきり生活が続きます。

絨毛膜下血腫は通常であれば7~8週頃に出血して15週頃には吸収されてなくなることが多いらしいのですが、私の場合は出血したのが14週目でしたし、入院して3日後に入院直後より出血が減ったものの、そこから一向になくなりませんでした。10日間入院して、良くも悪くも変化が全く見られなかったので、小さい娘もいましたし、退院して自宅(実家)で安静にすることにしました。

この頃、私は妊娠していることを主人以外は両親と義両親、姉程度にしか話していませんでした。前回死産した時にfacebookで妊娠報告をしてとても後悔したので、もしまた妊娠したら不特定多数には本当に産んでからしか言わないようにしようと決めていました。入院中、友人から遊びに誘われることもありましたが、適当な理由をつけて断っていました。でも、とてもとても不安で心細かったので、一人だけ、信頼している友人男性にメールをしました。どうしてメールを送った相手が彼だったのかというと、彼が私の友人の中で一番冷静で、頭が良くて、正直だからです。人と人との繋がりを大事にしていて、夢に向かって真っすぐに惜しみない努力をしていて、彼の生き方をとても尊敬しています。

実際、半年前に死産した友人がまた流産しかかっていて入院中にメールしてきたら、ほとんどの人が返す言葉に困ると思うのです。異性なら尚更です。私は相手を困らせたくなかったし、困って困って捻出したであろう言葉を並べた励ましを受けたかった訳ではありません。ただ「つらい、苦しい」と聞いてもらって、ただ「大丈夫、頑張れ」と言ってほしかっただけです。私の友人の中で一番そうしてくれそうな人が彼で、思った通りそうしてくれました。彼が私の状況を知っていてくれて、「大丈夫、頑張れ」と思ってくれているだけで心強かったです。

寝たきり状態の12月上旬、娘の初めてのお遊戯会がありました。私は何ヶ月も前からそれはそれは楽しみにしていました。どうしても行きたくて、小一時間座って見てるだけだから、終わったらすぐ帰るからと主人と母に懇願しました。二人ともいい顔はしていませんでした。

当日の朝、私は当然行くつもりで、起き上がって化粧をして出かける準備をしていました。すると二人にとても怒られました。1ヶ月以上寝たきりで外にも出ず、一向に変わらない状況にストレスが溜まっていたこともあって、私は泣き叫びました。

どうしても行きたい。初めてのお遊戯会を見れるのは今日しかない。ずっと楽しみにしてたの。正直に言ってまだ見ぬお腹の子より目の前の娘の方が大事!

そんなことを言ったと思います。

すると主人が言いました。

「夏海、よく考えて。娘のは“お遊戯会”だよ。赤ちゃんは“命”だよ。」

ハッとしました。そう言われてやっと自分が口走ったことの愚かさに気付きました。「ちゃんとビデオに撮ってきてあげるから大丈夫だよ」そう言う主人を大人しく送り出し、家で一人、みんなの帰りを待ちました。

帰ってきた主人と母は「やっぱり無理して行かなくてよかったよ。人は多いし、床は冷たくて硬いし、座ってるだけでもきつかったよ」と言いました。ビデオを見せてもらうと、白いブラウスに真っ赤なスカートをはいて、ネコの耳と尻尾をつけて仔猫に扮した娘が登場しました。幕が開いて、目の前に大人たちがたくさんいたのでビックリしたのでしょう、まだ2歳ですしほとんどの子が棒立ちで踊れずにいる中、こわばった顔をしながら真ん中で一生懸命練習したダンスを踊っていました。途中、パパを見つけたのか、カメラと目が合うとニコっと笑って少し安心した表情になりました。

「上手だったね~。○○が一番上手だったよ」娘をいっぱい褒めると、得意げにビデオに合わせて目の前で何度も踊ってくれました。充分でした。

出血する前はまだ感じなかった胎動を寝たきり生活の間に感じるようになり、赤ちゃんがいる実感がわいたものの、胎動が弱いと感じる日は心配になり、不安が尽きることはありませんでした。「どうしてこんなに血がなくならないの?中から押し出してくれたらいいのに」そんなことを冗談交じりに言った日の夜、少し強めの胎動を感じ、多めの出血がありました。その数日後に検査に行くと、あんなに消えなかった血溜まりがなくなっていました。それを見て先生が「そろそろ普通の生活に戻ってもいいでしょう」と仰いました。赤ちゃんに聞こえてたのかな?

2012年が終わろうとしていました。

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