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曇りのち雨。(第一稿)

変な特技があった。
私が通り過ぎた後に雨が降る。つまり、私は雨に濡れない。でも、私の後に来た人は、土砂降りの雨に降られる。
私はきっと曇り女。せっかくなら、曇りじゃなくて晴れ女なら良かったのに。

―「結構降ってる。まあ、天気予報で午後から雨って言ってたもんね。・・・あれ?」
同じクラスの男子が、恨めしそうに空を見ていた。雨が降って、今は帰れねえやって感じじゃなくて、なんだか雨に対して文句があるみたいな顔に見えた。
「あ」
目が合ってしまった。なんとなく、お辞儀する。
その男の子、吉野くんは、さっきまでの険しい顔をふっと緩めてにっこりしてお辞儀した。
彼は、見た目は怖いけど、どうもとてもいい人らしいのだ。

―「きゃっ、ごめんなさい」
「いえいえとんでもない。それより、大丈夫ですか?」
「えっ、だ、大丈夫です」
「それは良かった」
教室に入るときぶつかっただけだけど、吉野くんがいい人なのはすぐわかった。
ちょっと悪そうなグループにいるし、てっきり怖い人なのかと思っていた。
でもよく見ていると、クラスのみんなのちょっとした困りごとみたいなものを見つけたとき、さりげなく手を差し伸べていた。

(うん!私も)
私はロッカーに引き返し、さっきロッカーにしまった折り畳み傘を取り出した。
本当は今日はこっちの傘を持ってきたのだけど、雨がひどいので、置き傘していた大きな傘に切り替えたのだった。
「あ、あの、吉野くん」
「はい?あ、綾川さん。」
「これ、よかったら使って」
「えっ、そんな、いいんですか?」
「うん。私はこっちがあるから」
「いや、悪いです!・・・でも、今日はお言葉に甘えて。ありがとうございます。何かお礼しますね」
「いいっていいって!」
「いえ、必ず。では、すみませんがお借りします。失礼します」
「うん」
吉野君は私の渡した折り畳み傘を開いて走っていった。
「・・・よかった。地味な紺色の傘で」
吉野君は大股でぐんぐん進んで、すぐに視界から消えたいった。
「いいことできたかも。ふふ」
私は雨の中を帰っていった。

―次の日
「綾川~、つぎ家庭科でしょー行っくよー」
「うん、先行っててー」
次の授業の準備をしていると
「あの、綾川さん」
「あ、吉野君。」
「昨日はありがとうございました。お礼はまだ用意できてなくて、もう少しお待ちを」
「え~、いいって」
「いえいえ、そんなわけには。お礼は必ず。とにかく、傘お返しします。助かりました。じゃ、また」
吉野君はいつものグループに戻っていった。私に何の用事があったんだと聞きたそうにニヤニヤしている男子がいたけど、そういうちょっかいを許さないみたいで、さらりと流してまたみんなで騒ぎ出した。
私は折り畳み傘をカバンにしまい、家庭科室に向かった。
(人の困りごとはさりげなく助けるのに、自分が何かされたときは「お礼は必ず!」って、ちょっと面白い。律儀だなあ。)

―偶然というのは、何度起これば必然になるの?
その日の学校の帰り道、母親に「今日はご飯作りたくなーい」との指令を受け、私は駅前の商店街をふらついていた。
「ごはん作ろうかなあ、それともお惣菜?何買ってこうかな・・・」
いつも地元のおじちゃんでいっぱいの焼き鳥屋さんの前を通りかかった。
店先には元気にお客さんを呼び込む・・・吉野君がいた。
頭には店名の入った白い手拭い、ちょっと汚れた紺の前掛けエプロンがすごく馴染んでいる。
「ヘイらっしゃいー焼き鳥いかがっすかー!
・・・あ、こ、こんにちは綾川さん」
私を発見し、吉野君が気まずそうにお辞儀する。
「こんにちは吉野君。バイト?」
「ああ、そうなんだ。今日から」
「おい」
店先で焼き鳥を焼いているおじさんが、睨んでいる。
「あっ、すんません!」
「バイト今日からなんだ!じゃあ、せっかくだから何か買っていこうかな」
「え、ありが・・・いや、まいどありい!」
「ふふ」
威勢はいいけどまだぎこちない吉野君に焼き鳥を見繕ってもらい、ついでにおまけもしてもらった。
「いいのにー」
「いや、綾川さんには恩があるから」
「何それ、傘貸しただけだよ」
「い、今仕事中だから、それはまた今度!」
おじさんが焼き鳥を包みながら
「お嬢ちゃん、綾川さんとこの子だろ?久しぶりだねー。お母さんによろしくね」と笑顔を向けてくれた。
「はい、伝えておきます。じゃあ、吉野君またね!」
「また学校で!」


「ただいまー」
「おかえり。ありがとう~、晩ご飯何買ってきてくれたの?え、とりはなさんとこ行ってきたの?わあ、うれし~い」
そこの焼き鳥屋さんは昔からおいしいと評判で、母もよく買ってきていた。私も小さい頃は一緒について行っていたが、いつからか母と買い物に行くことはなくなり、地元のおじさんばかりのお店は、私には敷居が高くて最近は全く行けていなかった。
「ほ~んと、おいしいのよね~。この鳥皮最高!晩御飯作らなくてよかった~」母は上機嫌だ。
父も、母のストレスが溜らなくてよかったよかったと、楽しそうに二人仲良くビールをのんでいる。
私も焼き鳥をいただきながら、
(いつか吉野君もこのおいしい焼き鳥を焼けるようになるのかしら。それにしてもあの格好、似合ってたなあ・・・
でも、うちってバイト禁止じゃなかったっけ?あまり触れない方がいいかな。)
「吉野君、うちの学校ってバイト禁止じゃなかったっけ?」
「はあ、うるせえよ!」
クラスが一緒になってすぐの頃は、吉野君はこういうことを言うんだろうと思っていた。
たまに教室で大きな声でがははと笑ってて、迫力があるので、それは今もちょっとびっくりする。
もうそんなこと言う人じゃないってのはわかったんだけどね。
『吉野くんはなかなか見た目で損をしているかもしれない』なんて、自分も誤解してたのにその日はそんなことを考えた。

―次の日のお昼休み。
「あ・や・か・わ~、今日のお弁当なになに?」
「え、普通だよ」
「いや、綾川の普通は普通じゃないから!ねえあれ、あれ今日ある?あのコーンあげたやつ!」
「はは、ゆかちゃんそろそろ食べたいかと思って作ってきたよ。」
「ありがとうーーー!私のとこからなんでも持ってっていいから!」
「じゃあ交換ね」
「あたしも~!」
「はいはいー、今日も多めに作ってきておりますよー」
「わーい!」
私のお弁当はいつも手作り。お料理が趣味なのだ。みんなからおかずリクエストが入ることがあるので少し多めにタッパーに入れたおかずも持ってきている。その日も楽しくみんなでお弁当を食べた。

「あー、おいしかった。学校来る楽しみの一つとなりつつあるな。綾川弁当」
「もうゆかちゃーん」
「体育祭とか楽しみだわー。さぞ気合い入れたの作ってくれるんだよね!」
「もお、ゆかちゃんのお母さんじゃないんだよー」
「あはは」
「あの、すみません、綾川さん」
「えっ・・・吉野君。はい、なんでしょう」
「ちょっと、外に」
「あ・・・はい、ちょ、ちょっと行ってくる」
「・・・う、うん」
みんなといるときに声をかけられるのは初めてなのでびっくりしてしまった。
教室の外に出たが吉野君は、そこでは止まらずにどんどん進む。後ろをついて廊下を進む。吉野君は背も高い。すらりと伸びた腕や足。そして・・・背中から見ても怖そうだw
廊下にいる生徒がなんとなく道を開けると、吉野君は「すんません」と笑って会釈する。
どこまでいくのかなとついて行くと、あまり人目につかない体育館裏まで来た。すると
「あの、これ・・・お礼になるかわからないんですが」
かわいらしい紙袋を取り出した。
「え、そんなわざわざ、ほんとに?」
と言いつつ紙袋を受け取る。赤いチェックの紙袋で、うさぎのシールで留めてある。
(えっ、かわいい・・・中身はなんだろう)
「かわいいラッピングだね!開けてもいい?」
「え、いや!
・・・はい、どうぞ」
中身はお菓子の柄のピンクのお弁当箱だった。
「・・・これ、吉野君が買ったの?」
「いや、姉ちゃんがいるので、選んでもらって」
「そうなんだ。かわいいね、ありがとう!友達におかずあげたりするから私一人分じゃ足りないときがあって、これあると助かる!」
「喜んでもらえたみたいでよかったです」
「うん、ありがとう」
「・・・あ、あの、綾川さん」
「ん?」
「一昨日、傘貸してもらった日、バイトの面接だったんだ。採用してもらったのも綾川さんのおかげで、俺、こんなだしさ、うちの学校バイト禁止だし、それにうち貧乏だから、担任に直談判してやっと許してもらったんだけど、ずぶ濡れで面接行ったんじゃ、なんていうか、カッコ悪いっていうか・・・だから、傘貸してくれたおかげで何とかなったんだ。とにかく、ありがとう!」
吉野君は恥ずかしいのか、ところどころ早口すぎて口が回っていなかった。
見た目は怖いけど、律儀でいい人だ。
こうやって照れている表情を見るとかわいいとさえ感じる。
そんなことを考えていると、じゃあと背を向けて吉野君が歩き出した。
(あれ、今、大事なタイミングな気がする)
もっと彼のことを知りたいと思ったー
「あ、あの!!」
「はい?」
「お弁当箱、ありがとう!」
「はい。」
「あの、この、お弁当・・・・・・箱で、お弁当食べませんか!ここで!」
「えっ?」
「・・・」
「・・・」

(だめだ!!やらかした!顔から火が出るとはこのことか!今私はめちゃくちゃ赤い顔をしているんだろう、吉野君に見られていると思うと、目も開けていられない)
両手を頬に当てる。顔が熱い。
私は真っ赤になって動けないでいた。
「・・・」
吉野君に絶対に見られている!そう思うともっともっと熱くなる。
「ははっ。・・・あーーーじゃあ、明日、晴れたら。」
「えっ」
吉野君は優しく笑っていた。
「明日晴れたら、ここで弁当食いましょう。」
「・・・うん、晴れたら」
私の返事を聞くと、吉野君はひらひらと手を振って校舎へ戻っていった。

晴れの定義とは。
次の日の天気は、今にも雨が降り出しそうなくもりだった。私はとりあえず天気はおいておいて、お弁当を食べようと言ったのはいいが、吉野君の分のお弁当を作るべきなのか悩んだ。作っていっても恥ずかしいし、一緒に食べようと誘っておいて作ってないとはなんだと思われるかもしれないという板挟み状態を自分で生み出してしまい、途方に暮れた。
結局早起きして吉野君の分もお弁当を作った。
せっかくなら晴れ女になりたかったな。
これは雨かなあ、折り畳み傘をカバンに入れて家を出る。
空には重たい雲。でも雨は降っていない。
くもりのままならどうすればいいのか。
額の上に雨粒が落ちた気がした。でも気のせいかもしれない。
私の額には曇りでも快晴でも、神様に祝福されてるのかなってくらい不思議に雨粒が落ちてくる。
でも空を見上げても、空があるだけであった。
ぽたぽたっ
実は虫か鳥でも通っておしっこをひっかけられたんじゃないかと思って空を見る。
今日も何もない。
また、ぽたぽたっと落ちてきた。
(これは・・・今日は本当に降るのか。)
早く学校に行かなきゃと、通学路を早足で進んだ。幼稚園のそばを通った時にみゃあみゃあと小さな声が聞こえた。道路脇の草むらに大きな段ボールが置かれている。そしてその段ボールを小さな女の子が覗き込んでいる。
「ねえお母さん、この子達、捨てられたの?かわいそう」
「そうね。誰かが拾ってくれるかな。うちはね、だめだからね。ほら、行くわよ」
その子は名残惜しそうにその場を離れるとさっきより大きな声で泣く子猫達が見えた。
(うちもマンションだから飼えないんだよね。ごめんね。)

しばらく歩いていると雲行きがいよいよあやしくなった。
(これは、来る!)
私は走った。
校門をくぐったあたりで、雨がぱらぱらと降り出し、校舎に入った途端に滝のような雨が降り出した。
ザーーーーーーピカっゴロゴロゴロ・・・
(雷まで、しばらく降るぞ。)
ロッカーで靴を履き替えていたら、ふとさっきの子猫が気になった。
大きな段ボールに子猫が何匹も。7、8匹はいたんじゃないかな。きっと生まれたばかりで自分たちじゃまだ何もできないだろう。
いや大丈夫、きっと誰かが助けてくれるだろう。
(・・・で、でも、もし誰も助けなかったら?)
さっきの女の子がわんわん泣くイメージが浮かぶ。いやいやいや・・・
ザーーーーーーーーー!!
記録的短時間大雨情報でも出そうな猛烈な雨が降り出す。
これは・・・
ザザァッ!
その時、吉野君がずぶ濡れになって現れた。
傘はさしていたがぼろぼろで、色んなところがひん曲がっている。
「はーーーー!くそっ、なんでなんだよ!」
「あ」
一瞬固まったが、吉野君が照れ臭そうにお辞儀をしようとした。そのときわたしは
「ねこ・・・」
「え?」
「ねこがね」
「ねこ?」
「うん・・・ねこを、ね、助けたいの」
「・・・」
「・・・」
(昨日に続いて何言ってんのよー!やだもお、私のバカ!)
恥ずかしくてうつむいていると
「助けましょう」
「・・・え?」
吉野君は何かを察したのかきりりとした表情になった。
「どこですか?」
「あ、つ、通学路にある幼稚園のそばの草むらで」
「幼稚園、俺の家の方じゃないな。学校出てまっすぐですか?」
「あっ、そうそう、一緒に行ってくれる?」
「いや、わかります。俺行きます」
「えっ」
ザーーーーーー
そう言って吉野君は今度は傘をささずに雨の中を走って行った。
私は呆けた顔をしていたと思う。
「綾川さん!」
吉野君が振り向いて叫ぶ。
「ちゃんと後で報告するんで、教室行ってください。じゃあ!」
そういうと吉野君は大股で駆けて行った。
(よ、吉野君、吉野君!わたし、何も言ってないのに。)
伝わったかもわからない。でも胸がドキドキした。
もし私も雨に打たれてたら、体の表面と内側の温度差できっと風邪をひいていただろう。



ー始業のチャイムが鳴っても、吉野君は戻ってこなかった。
彼が帰ってきたのは、一限目の途中だった。
ガラッ
「吉野、遅刻か」
「はい、すんません。」
「びしょ濡れだなあ。傘なかったのか」
「いや、あ・・・はい。」
「タオルかなんかないのか」
「あ、はい。」
「あ、あの、・・・風邪ひくから保健室に!」
「ん?綾川どうした」
「保健室に連れていきます!」
道理が通ってるんだか通ってないんだかわからないことを口走りながら、もしも雨に降られたときのためにタオルも入れてあるカバンを持って、吉野君と保健室に向かった。
バタバタバタッ
「あ、綾川さん」
「・・・」
「あの、綾川さん」
「・・・」
「ちょっといいですか!」
「ひっ!」
強い口調に驚いて手を離した。
「あっ」
(私は吉野君の手を引いていたのか!)
途端に顔が赤くなるのを感じる。
「あ、すんません。」
「いや、こっちこそ、すみません。
・・・あ、あのタオルあるので、どうぞ!」
カバンを開けてタオルを取り出し、吉野君の前に突き出す。
「あ、はい、すみません。」
吉野君はそっとタオルを受け取って、濡れた髪を拭う。
「ありがとう」
「いえ」
「あの、保健室は大丈夫なんで、タオルだけお借りします。洗って返します」
「いや、だいじょぶだから」
「いえ、洗って返します!」
「あっ
・・・はい」
また強い口調で言われて素直に頷いた。
「す、すんません俺声でかくて。怖いですよね」
「だ、大丈夫だよ。吉野君が怖くないのはわかってるんだけど、大きい声を出されると驚いちゃう、ごめんね」
「いえ、気を付けます。
あ、あの・・・
猫ですが、大丈夫でした。」
「っぷ」
猫ですがからを小声で言われて、脅かさないように小さい声で言ってくれたんだと思うと笑ってしまった。
「ご、ごめん笑っちゃって!ねこ無事だったのね!」
「はい。猫もそうですが、小さい女の子が一人でいて、その子が猫を連れて行こうとしていて、あそこ道が狭いから、危なかったです。綾川さんが教えてくれてよかった」
「え?あの子かな、そうだったんだ、良かった!」
「女の子も猫も幼稚園に預けてきたけど大丈夫かな。とにかく、無事でよかったです。」
「うん、よかった!」
「はい、綾川さんも無事で」
「え、わたし?」
「お一人で行ってたらもしかしたら何かあったかもしれないし、俺が行けて良かったです」
「そ、そんなこと」
「いや、よかった。ははは、はははは!おっと、あまり大きな声でわらっちゃだめですね、みなさん授業中だ」
「あははは」
吉野君たら、自分の声のボリューム調整ができてないところがかわいい。
「・・・あの、綾川さん」
「ん?」
「ちょっと話しませんか」
「え?」
「い、いやちょっと・・・いや、なんでもないです、すみません」
「い、いやいや、ちょっと話そう!」
「あ、はい。じゃあ・・・ここで」
そういうと、吉野君はすぐそばの部屋にするりと入っていった。
「え、そこ大丈夫なの?」
「いんじゃないすか、ちょっとなら」

ガララ・・・パタン
そこは社会科の準備室みたいで、地図やら歴史の教科書が棚にたくさん積まれていた。ちょうど先生は授業で出払っているみたいだ。
「ここ、座っても問題ないと思うから」
「あ、はい」
ちょこん。二人でソファーに座った。
吉野君は私のタオルで濡れた髪や服を拭っている。
吉野君の髪はいつもぴんぴんしてるんだけど、雨に濡れてぺたんとしちゃってるのがアンバランスで、それもかわいかった。
「ん?なんかついてます」
「い、いえ」
いつの間にか彼のことを見ていたみたい。
「・・・」
「・・・」
「あ、その、話しましょうって言ったんですけど・・・すんません、思いつかないですね」
「いいよ!大丈夫!・・・あ!もらったお弁当箱、早速使わせてもらってるよ。」
「弁当・・・」
「そう、お弁当!」
「それは良かったです。・・・あ、雨ですね、今日」
「うん、そうだね」
ー二人分のお弁当が入ったカバンがここにある。
「今は雨だけど、止むかも」
「そうですね」
「あの・・・お弁当、作ってきちゃった!ほら、かばんパンパン!」
「え?本当ですか、うれしいです」
「や、大したもの入ってないけど」
「じゃあ食べましょう」
「うん、晴れたらね」
「いえ、晴れるかわかんないし、今食っていいですか?」
「え、いま?」
「はい。なんか腹減っちゃって。あれ?二人分あるんですよね。」
「そうだけど」
「早弁はだめですか」
「いやっ、そういうわけじゃ、やったことないけど・・・」
「そうなんすか!」
「うん、じゃ、じゃあやってみるかぁ!」
「はい!」
お弁当を取り出す。もらったピンクのお弁当箱と、今日だけ借りた、お父さんの二段のお弁当箱。
「おお、それは、二段!いいですね!ありがとうございます、いただきます!」
そう言うと吉野君はお弁当箱を受け取り、包みを解いてお弁当を開け、おおーー!とかいって中身を眺めたあと、
「いただきます!」
ともう一度言ってからおかずに箸を滑らせた。
卵焼きを口に入れ
「うん、甘いやつだ!いいっすね!」
ウィンナーをつまみ
「これは、カニ!カニさんウィンナーだ!タコしか食べたことないっす!うちの母ちゃん料理下手なんすよ」
とウィンナーをぽいぽい口に入れ
「なんだこれ?コーン?ん、うまい、綾川さんなんすかこのコーンミートボールみたいなやつ!」
「おお、下はのり弁だー!のりの下はおかか!完璧!」
吉野君はどんどんスピードを上げて食べていく。
教室で男子がお弁当を食べるのは見てたけど、間近で見ると迫力だ。
「あ、自分ばっか食っちゃってすんません。綾川さんもどうぞ。うまいっす、ありがとうございます」
「ふふ、よかった」
私も食べ始める。吉野君はいちいちコメントしながらすごい速度で食べていく。いい食べっぷりとはこのことか。こんな風に食べてもらえると、早起きして作ってよかったなって思える。

「ごちそうさまでしたー!あ、すんません、先に食べ終わっちゃいました。綾川さん、料理上手ですね」
「そんなことないよ」
「いや、クラスでも昼休みほかの女子からおかず交換してくれとか言われてたじゃないすか。そんなにうまいのかなって、実はちょっと食べてみたかったんです」
「そ、そうなの?うん、ご飯作るの趣味なんだ。」
「うまかったっす。とくにコーンのやつ、初めて食べました」
「あ、私のまだあるよ、食べる?」
「いえいえそんな」
「いいって、どうぞ」
「いえいえ」
「わたしはいつでも作れるから」
「大丈夫ですよ」
「もう!」
ーほら、あーん


・・・私は一体何をやっているのだろう。
気づけば吉野君にあーんしてコーンミートボールを食べさせようとしていた。
「・・・は、はずかしいっす。」
「ごめん」
ぽろり
おはしの隙間からコーンが落ちる。
「もったいない!」
すかさず吉野君が救出しようと手を伸ばす。しかし間に合わず、コーンミートボールは床に一度バウンドし吉野君の手のひらに収まった。
「落ちちゃいました。
・・・でも」
といたずらっぽく目じりを上げて笑って、口に持って行く。
「あっ!ダメだよ!」
「大丈夫ですよ」
「だめだめーー!」
私は必死に手を伸ばす
「おっと」
吉野君は空いている手でいとも簡単に私の手を掴まえた。そして
「うん、やっぱうまいっす」
「やだーーー!落ちたのにーーー!」
「え?こんくらい大丈夫なんで」
「だめだよーー!ほら、もう一個あったのにー。もーー、落ちたもの食べないでよーー!」
私は泣きそうになった。せっかく食べてもらえるのに、
ほんとにおいしいのだけを食べてほしいかった。
「え、そんなに?」
「ばかぁーーー!」
今度は空いている手で吉野君の胸をぽかぽか打つ。
「綾川さんは心配性ですね。ちょっと落ちたくらい、俺大丈夫なんで
・・・って、あいたたた」
吉野君はまた私の手を簡単に掴まえて、さっき掴まえた手とまとめて膝の上にはりつけられた。
「やーだー、離してー」
「じゃあ、ぶたないでくださいよ。あ、あと、大きい声はマズイです。」
「やーーだーー」
「綾川さん」
「やーー」
「こら」
「っ」
吉野君の空いていた手が私の背中に回って、ぐっと引き寄せられた。
吉野君の手は大きくて力強くて、引き寄せられたときに触れた肩のあたりは思ったより筋肉質だった。
「・・・ ・・・」
バッ!!
「すんません!」
引っぺがされた私は、真っ赤になって固まっていた。
「お、おれ・・・」
吉野君はすっくと立ちあがり、お弁当箱を片付けてきれいに包んで、
「すんませんでした!」
というと部屋を出て行った。

(な、何今の、は、はずかしいいいいいーーーー!
やだもうどおしよう、ああ、このまま保健室にいってベッドに潜ってさぼりたい!ああ、教室なんて戻れない!もう吉野君になんて会えない!)
ガラッ!
扉が開いた。
吉野君が、立っていた。
(えっ!戻ってきた!?)
吉野君はまだ乾かない髪をくしゃくしゃさせる
「あの・・・綾川さん、すんません。その、なんであんなことしたのか。
でも、このまま帰っちゃだめだっていうか・・・」
「ふ・・・う、うん」
さっきからのことでずっと顔が赤い、もうなんだかわからなくなってきた。
「本当にすみませんでした!」
吉野君は深々と頭を下げる。
わたしは・・・
(気にしないで、大丈夫だから)
言いたいけど言葉がでない。言葉どころか息をするのさえなんだか難しい。
沈黙が続き、吉野君が恐る恐る顔を上げる。私と目が合う。
私は吉野君を見つめて、何と言っていいかわからず、それに何も言うことができず口がふにゃふにゃする。
「ふ、ふあ」
「綾川さん・・・大丈夫ですか?」
「・・・ふあ」
何も言えなくて、ずっとどきどきどきどきして、なんだかまた泣いてしまいそうだ。
「大丈夫ですか?」
そろそろと吉野君が私に手を伸ばした。
私はそれをすごい速さで掴まえる。
「わっ」
そのまま手だけでなく吉野君の体を掴まえた。

ぎゅーーーー
「ええ?」
ぎゅうーーーーーーー
力の限りで掴まえたけど、明らかに彼には効いていない。
「なんですか?」
ぎゅうーーーーーーーーー
・・・ぷはぁ
びよーんと私は力尽きて反り返る。
「おっとと、綾川さん!」
吉野君に抱き留められる。
反動で彼の顔がぐっと近づいた。
「・・・」
「よ・・・よしのくん」
「はい」
「よしのくんー」
「はい、大丈夫なんですかっ!」
「わあんー、こわいー」
「あっ・・・すんません」
「ううう・・・」
「(困った)・・・」
私はシクシクと泣き出してしまった。
吉野君はごめんなさいごめんなさいと私の頭を撫でた。
しばらくしてやっと落ち着いたころ

「よしのくん、わたし、またお弁当作る、くすん」
「え?」
「お弁当作るから、また食べて、くすん」
「そ、それは、うれしいですけど、いいんですか」
「落ちたものは食べないで」
「あ、はい、今後はやめます」
「いっしょにたべよ」
「あ、はい・・・って、え?」
「だめなの?」
「い、いや・・・だめじゃないっす」
「よかった。へへ」
「・・・」
吉野君が私の頭を撫でていた手を止めた。
「綾川さん、かわいいっす」
「え?」
「いや、恥ずかしがってるときとか、真っ赤になってか、かわいいっす。だから、思わずさっき、抱きしめてしまいました。すんません」
そういうと、吉野君は手のひらで自分の顔を覆う。
恥ずかしがってる吉野君を見てると自分が逆にすーっと落ち着いてくるのを感じる。
「わ、わたしは、吉野君が思ったより強くて」
「は?」
「その、すぐ掴まえられちゃうし」
「そ、そうすね」
「抱きしめられた時は、どきどきしたけど、でも、すごく安心した!」
「え、・・・そ、それは良かったです」
「へへ」
「はは」
「・・・ ・・・」
「・・・あ、あの、弁当、できれば毎日食べたいです」
「え?」
「そ、その、綾川さんと、もっと話したいっていうか」
「・・・うん、いいよ」
「ほんとすか」
「うん」
「・・・ ・・・」
せっかく少し落ち着いたのに、改めて『毎日一緒にお弁当』と想像してまた赤くなる。
「綾川さん、かわいいっす」
「え」
吉野君に掴まえられる。
「ちょ、だ、だめっ」
「あ、すみません」
ぱっと離される。
「・・・吉野君のばか」
「はい、すんません。調子に乗りました」
「バカ」
「はい、もうしません」
「やだ」
「だから、もうしません」
「やだー(泣)」
「あの、どうしたら・・・」
「・・・毎日お弁当作るなら、吉野君もわたしになんかしてよね」
「え?・・・確かに、そうですね。えーーと、じゃあそのうち焼き鳥を・・・」
「ぷっ、あんなにおいしく焼けるようになるの?」
「なります!・・・そのうち。まだ店番しかできねえけど、でもそのうちやらしてもらえるようにがんばります!」
「ふふ、期待してる。」
「はい、そしたら毎日の弁当に加えましょう」
「ははは、そうだね」
その時、薄暗い社会科準備室の窓に、そっと光が差し込んだ。
あ、もう晴れるみたい。

もし内容を気に入ってサポートしてもいいなと思ったらお願いします。今後の自分の活動全般に活かします。ありがとうございます。