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曇りのち雨(第二稿)

※オーディオドラマ用の台本です。
これで決定稿にするのでこれから録音したりBGM付けて、その内noteにオーディオドラマとしてあげます。
待っててね。


変な特技があった。
私が通り過ぎた後に雨が降る。つまり、私は雨に濡れない。でも、私の後に来た人は、土砂降りの雨に降られる。
私はきっと曇り女。せっかくなら、曇りじゃなくて晴れ女なら良かったのに。

―「結構降ってる。まあ、天気予報で午後から雨って言ってたもんね。・・・あれ?」
同じクラスの男子が、恨めしそうに空を見ていた。雨が降って、今は帰れねえやって感じじゃなくて、なんだか雨に対して文句があるみたいな顔に見えた。
「あ」
目が合ってしまった。
なんとなく、お辞儀する。
その男の子、吉野くんは、険しい顔をふっと緩めてにっこりしてお辞儀した。
彼は見た目は怖いけど、どうもとてもいい人らしいのだ。

―「きゃっ、ごめんなさい」
「いえいえとんでもない。それより、大丈夫ですか?」
「えっ、だ、大丈夫です」
「それは良かった」
教室に入るときにぶつかっただけだけど、吉野くんがいい人なのはすぐにわかった。
ちょっと悪そうなグループにいるし、てっきり怖い人なのかと思っていた。
でもよく見ていると、クラスのみんなのちょっとした困りごとみたいなものを見つけたとき、さりげなく手を差し伸べていた。
(うん!私も)
私はロッカーに引き返し、さっきロッカーにしまった折り畳み傘を取り出した。
本当は今日はこっちの傘を持ってきたのだけど、雨がひどいので、置き傘していた大きな傘に切り替えたのだった。
「あ、あの、吉野くん」
「はい?あ、綾川さん。」
「これ、よかったら使って」
「えっ、そんな、いいんですか?」
「うん。私はこっちがあるから」
「いや、悪いです!・・・でも、今日はお言葉に甘えて。ありがとうございます。何かお礼しますね」
「いいっていいって!」
「いえ、必ず。では、すみませんがお借りします。失礼します」
「うん」
吉野君は私の渡した折り畳み傘を開いて走っていった。
「・・・よかった。地味な紺色の傘で。」
吉野君は大股でぐんぐん進んで、すぐに視界から消えていった。
「いいことできたかも。ふふ」
雨の中スキップしちゃうような軽やかな気持ちで、私は家に帰っていった。

―次の日
「綾川~、つぎ4限目家庭科ー、行っくよー」
「うん、先行っててー」
次の授業の準備をしていると
「あの、綾川さん」
「あ、吉野君。」
「昨日はありがとうございました。お礼はまだ用意できてなくて、もう少しお待ちを」
「え~、いいって」
「いえいえ、そんなわけには。お礼は必ず。とにかく、傘お返しします。助かりました。じゃ、また」
吉野君はいつものグループに戻っていった。私に何の用事があったんだと聞きたそうにニヤニヤしている男子がいたけど、そういうちょっかいを許さないみたいで、さらりと流してまたみんなで騒ぎ出した。
私は折り畳み傘をカバンにしまい、家庭科室に向かった。
(人の困りごとはさりげなく助けるのに、自分が何かされたときは「お礼は必ず!」って、ちょっと面白い。律儀だなあ。)


―偶然というのは、何度起これば必然になるの?
その日の学校の帰り道、母親に「今日はご飯作りたくなーい」との指令を受け、私は駅前の商店街をふらついていた。
「代わりにごはん作ろうかなあ、うーん、お惣菜でいいか。何買ってこうかなー」
いつも地元のおじちゃんでいっぱいの焼き鳥屋さんの前を通りかかった。
店先には元気にお客さんを呼び込む

・・・吉野君がいた。

「ヘイらっしゃいー焼き鳥いかがっすかー!」
頭には店名の入った白い手拭い、ちょっと汚れた紺の前掛けエプロンがすごく馴染んでいる。
「お安くしときますよー!・・・あ、こ、こんにちは綾川さん」
私を発見し、気まずそうにお辞儀する。
「こんにちは吉野君。バイト?」
「ああ、そうなんだ。今日から」
「おい」
店先で焼き鳥を焼いているおじさんが睨んでいる。
「あっ、すんません!」
「バイト今日からなんだ!じゃあ、せっかくだから何か買っていこうかな」
「え、ありが・・・いや、まいどありい!」
「ふふ」
威勢はいいけどまだぎこちない吉野君に焼き鳥を見繕ってもらい、ついでにおまけもしてもらった。
「いいのにー」
「いや、綾川さんには恩があるから」
「何それ、傘貸しただけだよ」
「い、今仕事中だから、それはまた今度!」
おじさんが焼き鳥を包みながら
「お嬢ちゃん、綾川さんとこの子だろ?久しぶりだねー。お母さんによろしくね」と笑顔を向けてくれた。
「はい、伝えておきます。じゃあ、吉野君またね!」
「また学校で!」



「ただいまー」
「おかえり。ありがとう~、晩ご飯何買ってきてくれたの?え、とりはなさんとこ行ってきたの?わあ、うれし~い」
そこの焼き鳥屋さんは昔からおいしいと評判で、母もよく買ってきている。私も小さい頃は一緒について行ったが、今は母と買い物に行くこともそれほどないし、地元のおじさんばかりのお店は敷居が高くて、一人で行くことは全くなくなっていた。
「ほ~んと、おいしいのよね~。この鳥皮最高!晩御飯作らなくてよかった~」
母は上機嫌だ。
父も、母のストレスが溜らなくてよかったよかったと、楽しそうに仲良くビールをのんでいる。
私も焼き鳥をいただきながら、
(いつか吉野君もこのおいしい焼き鳥を焼けるようになるのかしら。
それにしてもあの格好、似合ってたなあ・・・ふふ。
あれでも、うちってバイト禁止じゃなかったっけ?あまり触れない方がいいかな。)

「吉野君、うちの学校ってバイト禁止じゃなかったっけ?」
「はあ、うるせえよ!」
クラスが一緒になってすぐの頃は、吉野君はこういうことを言う人なんだろうと思っていた。
たまに教室で大きな声でがははと笑ってて、迫力があるので、それは今もちょっとびっくりする。
(もうそんなこと言う人じゃないってのはわかったんだけどね。)
『吉野くんはなかなか見た目で損をしているかもしれない』なんて、自分も誤解してたのにその日はそんなことを考えた。

―次の日のお昼休み。
「あ・や・か・わ~、今日のお弁当なになに?」
「え、普通だよ」
「いや、綾川の普通は普通じゃないから!ねえあれ、あれ今日ある?あのコーンあげたやつ!」
「はは、ゆかちゃんそろそろ食べたいかと思って作ってきたよ。」
「ありがとうーーー!私のとこからなんでも持ってっていいから!」
「じゃあ交換ね」
「あたしも~!」
「はいはいー、今日も多めに作ってきておりますよー」
「わーい!」
私のお弁当はいつも手作り。みんなからおかずリクエストが入ることがあるので少し多めにタッパーに入れたおかずも持ってきている。その日も楽しくみんなでお弁当を食べた。

「あー、おいしかった。学校来る楽しみの一つとなりつつあるな。綾川弁当」
「もうゆかちゃーん」
「体育祭とか楽しみだわー。さぞ気合い入れたの作ってくれるんだよね!」
「もお、ゆかちゃんのお母さんじゃないんだよー」
「あはは」
「あの、すみません、綾川さん」
「えっ!・・・吉野君。はい、なんでしょう」
「ちょっと、外に」
「あ・・・はい、ちょ、ちょっと行ってくる」
「・・・う、うん」
みんなといるときに声をかけられるのは初めてなのでびっくりしてしまった。
教室の外に出た吉野君は、そこでは止まらずにずんずん進んで行った。
(あれれ?)
後ろをついて廊下を進む。
吉野君は背も高い。すらりと伸びた腕や足。そして・・・背中から見ても怖そうだw
廊下にいる生徒がなんとなく道を開けると、吉野君は「すんません」と会釈する。
後ろからだと顔は見えないけど、きっとにっこり笑ってるんだろう。
あのギャップが、最初は受け入れられないんだよなあ・・・。

どこまで行くのかなと思いつつ歩いて行くと、あまり人目につかない体育館裏まで来た。
吉野君は立ち止まって振り返り、
「あの、これ・・・お礼になるかわからないんですが」
と、かわいらしい紙袋を取り出した。
「え、そんなわざわざ、ほんとに?」
私はそれを受けとる。赤いチェックの紙袋で、うさぎのシールで留めてある。
(えっ、めっちゃかわいい・・・中身はなんだろう)
私は中身がとても気になった。
「かわいいラッピングだね!・・・開けてもいい?」
「え、いや!
・・・はい、どうぞ」

「・・・これ、吉野君が買ったの?」
プレゼントの中身は、蓋のところにマカロン柄がプリントしてあるピンクのお弁当箱だった。
「いや、姉ちゃんがいるので、選んでもらって」
「そうなんだ。かわいいね、ありがとう!友達におかずあげたりするから、これあると助かる!
あれ・・・もしかして、それでお弁当箱?」
「綾川さん、いつもお友達の分も用意されてるみたいなので。」
「うん。わーー、すごい素敵なプレゼント。ありがとう!」
「いや、とんでもない。喜んでもらえたみたいでよかったです。」
「吉野くんって本当にやさしいよね。いろんな人のことちゃんと見てるよね」
「いやそんな。助けられたのは俺の方で・・・」
「え?」
「・・・あ、あの、綾川さん!」
「はいっ!」
突然大きな声を出されてびっくりしてしまう。
「この間傘貸してもらった日、バイトの面接だったんです。採用してもらったの、綾川さんのおかげで、俺、こんなだし、うちの学校バイト禁止だし、それにうち貧乏だから、担任に直談判して、バイトすることやっと許してもらったんだけど、ずぶ濡れで面接行ったんじゃ、なんていうか、カッコ悪いっていうか・・・だから、傘貸してくれたおかげで何とかなったんだ。だから、ありがとう!」
吉野君は恥ずかしいのか、ところどころ早口すぎて口が回っていなかった。
見た目は怖いけど、律儀でいい人だ。
こうやって照れている表情を見るとかわいいとさえ感じる。
そんなことを考えていると、じゃあと背を向けて吉野君が歩き出した。
(あれ、今、大事なタイミングな気がする)
もっと彼のことを知りたいと思った。
「あ、あの!!」
「はい?」
「お弁当箱ありがとう!」
「はい。」
「あの、この、お弁当・・・箱で、お弁当食べませんか!ここで!」
「えっ?」
「・・・」
「・・・」

(やらかした!!)
顔から火が出るとはこのことか!今私はめちゃくちゃ赤い顔をしているんだろう、吉野君に見られていると思うと、目も開けていられない。両手を頬に当てる。顔が熱い。私は真っ赤になって動けないでいた。
「・・・」
「ははっ。・・・あーーーじゃあ、明日、晴れたら。」
「えっ」
驚いて吉野君を見る。
「明日晴れたら、ここで弁当食いましょう。」
吉野君は優しく微笑んでいた。
「・・・うん、晴れたら」
私の返事を聞くと、吉野君はひらひらと手を振って校舎へ戻っていった。

晴れの定義とは。
次の日の天気は、今にも雨が降り出しそうなくもりだった。私はとりあえず天気はおいておいて、お弁当を食べようと言ったはいいが、吉野君の分のお弁当を作るべきなのかどうか悩んだ。二人分のお弁当を作って「はい、食べて♡」と言うのも恥ずかしいし、一緒に食べようと誘っておいて作ってなければなんでだよと思われるかもしれないし、という板挟み状態を自分で生み出してしまい、途方に暮れた。
結局早起きして、吉野君の分もお弁当を作った。

せっかくなら晴れ女になりたかったな。
これは雨かなあ、折り畳み傘をカバンに入れて家を出る。
空には重たい雲。でも雨は降っていない。
くもりのままならどうすればいいのか。
額の上に雨粒が落ちた気がした。でも気のせいだろう。
私の額には曇りでも快晴でも、神様に祝福されてるのかなってくらい不思議に雨粒が落ちてくる。
ぽたぽたっ
虫か鳥でも通っておしっこをひっかけられたんじゃないかと思って空を見る。
今日も何もない。
ぽたぽた
ぽたぽたっとまた落ちてきた。
(これは・・・今日は本当に降るのか。)
通学路を足早に進む。幼稚園のそばを通った時、みゃあみゃあと小さな声が聞こえた。声のする方を見てみると、道路脇の草むらに大きな段ボールが置かれていて、その段ボールを、女の子が覗き込んでいた。
「ねえママ、この子達、捨てられたの?かわいそう」
「そうね。誰かが拾ってくれるかな。うちはね、だめだからね。ほら、行くわよ」
その子が名残惜しそうにその場を離れると、ダンボールの隙間からさっきより大きな声で泣く子猫達が見えた。
(うちもマンションだから飼えないんだよね。ごめんね。)
私は学校へ急いだ。しばらく歩いていると雲行きがいよいよ怪しくなった。
(これは・・・来る!)
私は走った。
校門をくぐったあたりで、雨がぱらぱらと降り出し、校舎に入った途端に、滝のような雨が降り出した。
ザーーーーーーピカっゴロゴロゴロ・・・
(雷まで・・・しばらく降るぞ。)

ロッカーで靴を履き替えていたら、ふとさっきの子猫が気になった。
大きな段ボールに子猫が何匹も。7、8匹はいたんじゃないかな。きっと生まれたばかりで自分たちじゃまだ何もできないだろう。
(いや大丈夫、きっと誰かが助けてくれるだろう。
・・・で、でも、もし誰も助けなかったら?)
さっきの女の子がわんわん泣くイメージが浮かぶ。
(いやいやいや・・・)
ザーーーーーーーーー!!
記録的短時間大雨情報でも出そうな猛烈な雨が降り出す。
(これは・・・)
ザザァッ!
その時、吉野君がずぶ濡れになって現れた。
傘はさしていたがぼろぼろで、色んなところがひん曲がっている。
「はーーーー!くそっ、なんでなんだよ!」
「あ」
目が合って、吉野君が照れ臭そうにお辞儀をしようとした。
そのときわたしは
「ねこ・・・」
「え?」
「ねこがね」
「ねこ?」
「うん・・・ねこを、ね、助けたいの」
「・・・」
「・・・」
(やだもお、意味わかんない!!昨日に続いて何言ってんのよ、私のバカ!!)
「助けましょう」
「・・・え?」
吉野君は何かを察したのかきりりとした表情になった。
「どこですか?」
「つ、通学路にある幼稚園のそばの草むらで」
「幼稚園、俺の家の方じゃないな。学校出てまっすぐですか?」
「そう。一緒に行ってくれる?」
「いや、わかります。俺行きます」
「えっ」
ザーーーーーー
そう言って吉野君は傘もささずに雨の中を走って行った。
私は呆けた顔をしていたと思う。
「綾川さん!」
吉野君が振り向いて叫んだ。
「ちゃんと後で報告するんで、教室行ってください。じゃあ!」
そういうと、大股で駆けて行った。
(よ、吉野君、吉野君!わたし、何も言ってないのに。)
伝わったかもわからない。でも胸がドキドキした。
もし私も雨に打たれてたら、体の表面と内側の温度差できっと風邪をひいていただろう。


―始業のチャイムが鳴っても、吉野君は戻ってこなかった。
彼が帰ってきたのは、一限目の途中だった。
ガラッ
「吉野、遅刻か」
「はい、すんません。」
「びしょ濡れだなあ。傘なかったのか」
「いや、あ・・・はい。」
「タオルかなんかないのか」
「あ、はい。」
「あ、あの、・・・風邪ひくから保健室に!」
「ん?綾川どうした」
「保健室に連れていきます!」
道理が通ってるんだか通ってないんだかわからないことを口走りながら、もしものためにタオルも入れてあるカバンを持って、吉野君と保健室に向かった。
バタバタバタッ
「あ、綾川さん」
「・・・」
「あの、綾川さん」
「・・・」
「ちょっといいですか!!」
「ひっ!」
強い口調に驚いて手を離した。
「あっ」
(私は吉野君の手を引いていたのか!)
途端に顔が赤くなる。
「あ、すんません。」
「いや、こっちこそ、ごめんなさい。
・・・あ、あのタオルあるので、どうぞ!」
カバンを開けてタオルを取り出し、吉野君の前に突き出す。
「あ、はい、すんません。」
吉野君はそっとタオルを受け取って、濡れた髪を拭う。
「ありがとう」
「いえ」
「あの、保健室は大丈夫なんで、タオルだけお借りします。洗って返します」
「いや、だいじょぶだから」
「いえ、洗って返します!」
「はっ!・・・はい。」
また強い口調で言われて素直に頷いた。
「あ、俺声でかくて。怖いですよね」
「だ、大丈夫だよ。吉野君が怖くないのはわかってるんだけど、大きい声出されると驚いちゃう、ごめんね」
「いえ、気を付けます。あ、あの・・・
猫ですが、大丈夫でした。」
「っぷ」
猫ですが、からを小声で言われて、脅かさないように小さい声で言ってくれたんだと思うと笑ってしまった。
「ご、ごめんね笑っちゃって!ねこ無事だったのね!」
「はい。猫もそうですが、小さい女の子が一人でいて、その子が猫を連れて行こうとしてて、あそこ道狭いから、危なかったです。綾川さんが教えてくれてよかった」
「え?あの子かな、そうだったんだ、良かった!」
「女の子も猫も幼稚園に預けてきたけど大丈夫かな・・・。とにかく、無事でよかったです。」
「うん、よかった!」
「はい、綾川さんも無事で」
「え、わたし?」
「お一人で行ってたらもしかしたら何かあったかもしれないし、俺が行けて良かったです。」
「そ、そんなこと」
「いや、よかったよかった。ははは!おっと、あまり大きな声はだめですね、みなさん授業中だ。」
「あははは、ふふふ」
吉野君たら、自分の声のボリューム調整ができてないとか、かわいい。
「・・・あの、綾川さん」
「ん?」
「ちょっと話しませんか」
「え?」
「い、いやちょっと・・・いやなんでもないです!すんません」
「い、いやいや、ちょっと話そう!」
「あ、はい。じゃあ・・・ここで」
そういうと、吉野君はすぐそばの部屋にするりと入っていった。
「え、そこ大丈夫なの?」
「いんじゃないすか、ちょっとなら」

ガララ・・・パタン

そこは社会科の準備室みたいで、地図やら歴史の教科書が棚にたくさん積まれていた。ちょうど先生は授業で出払っているみたいだ。
「ここ、座っても問題ないと思うから」
「あ、はい」
ちょこん。二人でソファーに座った。
吉野君は私のタオルで、濡れた髪や服を拭っている。
吉野君の髪はいつもぴんぴんしてるんだけど、雨に濡れてぺたんとしちゃってるのがアンバランスで、それもかわいかった。
それにしても、よくわからない部屋に躊躇なく入るとか、たまに不良っぽいというか、ガンガン行くところにびっくりしてしまう。
「ん?なんかついてます」
「い、いえ」
いつの間にか吉野君のことを見てたみたい。
「・・・」
「あ~その・・・話しましょうって言ったんですけど、すんません、思いつかないですね」
「いいよ!大丈夫!
・・・あ!もらったお弁当箱、早速使わせてもらってるよ。」
「弁当・・・」
「そう、お弁当!」
「それは良かったです。
・・・あ、雨ですね、今日」
「うん、そうだね」
二人分のお弁当が入ったカバンがここにある。
「今は雨だけど、止むかも」
「そうですね」
「あの・・・お弁当、作ってきちゃった!ほら、かばんパンパン!」
「え、本当ですか!うれしいです」
「や、大したもの入ってないけど」
「じゃあ食べましょう」
「うん、晴れたらね」
「いえ、晴れるかわかんないし、今食っていいですか?」
「えっ・・・いま?」
「はい。なんか腹減っちゃって。あれ?二人分あるんですよね。」
「そうだけど」
「早弁はだめですか」
「いやっ、そういうわけじゃ、早弁・・・やったことないけど」
「そうなんすか!」
「うん、じゃ、じゃあやってみるかぁ!」
「はい!」
お弁当を取り出す。吉野君からもらったお弁当箱と、今日だけ借りた、お父さんの二段のお弁当箱。
「おお、それは、二段!いいですね!ありがとうございます、いただきます!」
吉野君はお弁当箱を受け取り、包みを解いて、おおーー!とかいって中身を眺めた後、
「いただきます!」
と、手を合わせてもう一度言って、おかずに箸を滑らせた。
卵焼きを口に入れ
「うん、甘いやつだ!いいっすね!」
ウィンナーをつまみ
「これは、カニ?!カニさんウィンナーだ!タコ以外もあるんすね!」
「なんだこれ?コーン?ん、うまい、綾川さんなんすかこのコーンミートボールみたいなやつ!」
「おお、下はのり弁だー!のりの下はおかか!完璧!」
吉野君はどんどんスピードを上げて食べていく。
教室でも男子がご飯を食べるのは見てたけど、吉野くんのたべっぷりは間近で見ると迫力だ。
おっきな口を開けてもぐもぐ噛んで、すごい勢いで食べ進めていく。
「あ、自分ばっか食っちゃってすんません。綾川さんもどうぞ。うまいっす、ありがとうございます」
「へへ、よかった」
私も食べ始める。吉野君はいちいちコメントしながら、でもすごい速さで食べていく。おいしそうに食べてもらえると、早起きして作ってよかったなって思える。

「ごちそうさまでしたー!あ、すんません、先に食べ終わっちゃいました。綾川さん、料理上手ですね。」
「そんなことないよ」
「いや、ほんとにうまかったですよ。実はちょっと食べてみたかったんです。弁当のおかず交換してくれとか言われてたじゃないすか。そんなにうまいのかなって」
「そ、そうなの?うん、ご飯作るの好きなんだ。」
「うまかったっす。どれもうまかったですけど、コーンのやつが。あ!あとカニさんウィンナーは初めて食べました」
「どっちもまだあるよ、食べる?」
「いえいえそんな」
「いいって、どうぞ。」
「いえいえ」
「わたしはいつでも作れるから」
「大丈夫ですよ」
「もう!」
―ほら、あーん

・・・私は、何をやっているのだろう。
気づけば吉野君にあーんしてカニさんウィンナーを食べさせようとしていた。
「・・・は、はずかしいっす。」
「ごめん。」
ぽろり
おはしの隙間からカニさんが落ちる。
「もったいない!」
すかさず吉野くんが手を伸ばす。しかし間に合わず、カニさんは床に一度バウンドし、吉野君の手のひらに収まった。
「落ちちゃいました。・・・でも」
といたずらっぽく目じりを上げて、口に持って行く。
「ダメだよ!」
「大丈夫ですよ」
「だめだめーー!」
私は必死に手を伸ばす
「おっと」
吉野君は空いている手でいとも簡単に私の手を掴まえ、
「うん、やっぱうまいっす」
床に落ちたカニさんウインナーを食べてしまった。
「やだーーー!落ちたのにーーー!」
「こんくらい大丈夫なんで」
「だめだよーー!ほら、もう一個あったのにー。もーー、落ちたもの食べないでよーー!もーーー。」
私は悲しくて泣きそうになった。
せっかく食べてもらえるんだから、ほんとにおいしいのだけを食べてほしかった。
「え、そんなにですか?」
わたしはお箸を置いて、空いた右手で吉野君の胸をぽかぽか叩く。
「もお、ばかぁーーー!」
「綾川さんは心配性ですね。ちょっと落ちたくらい、俺大丈夫なんで
・・・って、あいたた、ちょっと」
私の右手もすぐに掴まり、さっき掴まえられた手と合わせてまとめられ、吉野君の膝の上にはりつけられた。
「やだー、離してよー!」
「じゃあ、ぶたないでくださいよ。・・・あと、あんまり大きい声はマズイです。」
「やーーだーー!」
「綾川さん」
「やーー」
「こら」
「っ」
吉野君の空いていた手が私の背中に回って、ぐっと引き寄せられた。
「・・・ ・・・」

バッ!!
「すんません!」
引っぺがされた私は、真っ赤になって固まっていた。
「お、おれ・・・」
吉野君はすっくと立ちあがり、
「すんませんでした!」
というと部屋を出て行った。

(な、何今の、は、はずかしいいいいいーーーー!
やだもうどおしよう、ああ、このまま保健室にいってベッドに潜ってさぼりたい!ああ、教室なんて戻れない!もう吉野君になんて会えない!)
ガラッ!
扉が開いた。
吉野君が、立っていた。
(えっ!戻ってきた!?)
吉野君はまだ乾かない髪をくしゃくしゃさせる
「あの・・・綾川さん、すんません。その、なんであんなことしたのか。
でも、このまま帰っちゃだめだっていうか・・・」
「ふ・・・う、うん」
さっきからのことで顔が赤い、もうなんだかわからなくなってきた。
「本当にすみませんでした!」
深々と頭を下げる。
大丈夫だよと言いたいけど、言葉がでない。
それどころじゃない、抱きしめられたのを思い出すと顔がドンドン熱くなった。
「・・・」
「あ、綾川さん?」
吉野君が恐る恐る顔を上げる。
「・・・う、」
「綾川さん・・・大丈夫ですか?」
「・・・う、あ」
言葉が出ない、胸が苦しくてカニさんみたいに泡でも吹いてしまいそうだ。
「だ、大丈夫ですか?」
そろそろと吉野君が手を伸ばす。
「っ!」
私はすごい速さで吉野君の手を掴まえていた。
「わっ!」
そのまま手だけでなく吉野君の体も掴まえる。
ぎゅーーーー
「ええ?」
ぎゅうーーーーーーー
力の限りで掴まえたけど、明らかに彼には効いていない。
「なんですか?」
ぎゅうーーーーーーーーー
「・・・ぷはぁー」
びよーんと私は力尽きて反り返る。
「おっとと!」
吉野君に抱き留められる。
反動で彼の顔がぐっと近づいた。
「よ・・・よしのくん」
「はい」
「・・・よしのくん」
「はい、大丈夫ですかっ!!」
「わあ!・・・こわいー」
「あっ・・・すんません」
「ううう・・・」
「(困った)・・・」
私はシクシクと泣き出してしまった。
吉野君はごめんなさいごめんなさいと私の頭を撫でた。
頭を撫でてくれる手は優しくて、私はゆっくりゆっくり落ち着くことができた。

「よしのくん、ありがとう」
「落ち着きましたか?」
「うん。ありがとう。」
「いえ、本当にすみませんでした。俺が悪いんです。
もう、絶対しませんから。」
「・・・ぅ」
「すみません、ほんとになんて言ったらいいか」
「びっくりして、死にそうだった」
「そうですよね。すんません」
「うん。でも・・・撫でられてたら、落ち着いた」
「それは、よかったです。けど、驚かせたのも俺なんで」
「吉野君」
「はい?」
「お弁当、おきっぱなしにしたら、乾燥しちゃう」
「あ、そうですね」
「おいしくなくなったかもしれないけど、カニ、どうぞ」
「えっ!」
「(じー)」
「あ、はいいただきます。ぱく。うん、うまいっすよ。ちゃんと蓋しときましょうね」
「コーンも」
「うっ、はい。うん、やっぱこれうまいっすね!」
「・・・わたし、またお弁当作るから、くすん」
「え?」
「お弁当作るから、また食べて、くすん」
「そ、それは、うれしいですけど」
「落ちたものは食べないで」
「あ、はい。それはやめます」
「いっしょにたべよ」
「はい・・・って、え?」
「だめなの?」
「い、いや・・・だめじゃないっす」
「・・・よかった。へへ」
「・・・」
吉野君が私の頭を撫でていた手を止めた。
「綾川さん、かわいいっす」
「え?」
「いや、恥ずかしがってるときとか、真っ赤になってかわいいっす。だから思わずさっき、抱きしめてしまいました。すんません」
そういうと、吉野君は自分の髪をくしゃくしゃさせる。
あ、吉野君の顔が赤い気がする。
「わ、わたしは、吉野君が思ったより強くて」
「は?」
「その、すぐ掴まえられちゃうし」
「そ、そうすね」
「抱きしめられた時は、どきどきしたけど、でも、撫でてくれてるときはすごく安心した!」
「・・・そ、それは良かったです」
「へへ」
「はは」
「・・・ ・・・」
「綾川さん、・・・あ、あの、弁当、できれば毎日食べたいです」
「え?」
「そ、その、綾川さんと、もっと話したいっていうか」
「いいよ!」
「ほんとすか」
「うん!」
「・・・ ・・・」
(あれ?毎日お弁当ってどういうこと?気軽にいいよっていうところじゃなかった?え、どういう意味だったの?)
改めて考えなおして、また恥ずかしくなってくる。
「綾川さん、すぐ赤くなるんですね」
「え!」
「いや、ほんとかわいいなあって。」
「やだ」
「すんません。でも、そういうのも見たいんですけど、もっと綾川さんの笑ってるとこみたいです。綾川さんが笑ってると、なんかこっちもうれしくなるっていうか」
「・・・ほんと?」
「はい」
「わたしも、吉野君がみんなに優しくしてるの見て、素敵だなっていつも思ってた!」
「え?そんなことないですよ」
「ううん。見た目怖いのに、やさしい!」
「ははは、見た目はそうですねえ。怖いかも」
「でもすごい気配りとかできるし、律儀だし、丁寧だし、さっき頭撫でてもらったとき、すごく安心した。」
「そ、そっすか。」
「手おっきいねえ」
「そうかな?」
「そうだよ。あ、指が長いのかな!」
吉野君の手を見せてもらう。思った通り長くてきれいな指だった。
「やっぱそうだ!ふふ」
「へへ」
「あの、お弁当、毎日食べるの?」
「えと、綾川さんがよければ」
「う、うん。いいよ。でも、そ、それって・・・どういう」
「・・・」
「やっぱ、ちゃんと言わないとだめですね。」
「え?」
吉野君がソファーに座りなおして私に向き直る。
「綾川さん、俺、綾川さんのことまだよく知らなけど、もっと知りたいって思いました」
「わ、わたしも!」
「ありがとうございます。だから、えと、お友達から、お付き合いしてもらえませんか?」
「お、おつきあい・・・」
「はい」
「う、うん!」
「いいんですか」
「うん。わたしもね、吉野君のこと、もっと知りたいって思ってたの!」
「ほんとですか。うれしいです。じゃあ、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
吉野くんはにっこり笑う。私もつられて笑顔になる。
さっきまでのどきどきとは違う、むずむずしてあったかい気持ちが胸の中に広がった。

「・・・毎日お弁当作るなら、吉野君もわたしになんかしてよね」
「え?・・・確かに、そうですね。えーーと、じゃあそのうち焼き鳥を・・・」
「ぷっ、あんなにおいしく焼けるようになるの?」
「なります!・・・そのうち。まだ店番しかできないですけど、でもそいつかやらしてもらえるようにがんばります!」
「ふふ、期待してる。」
「はい、そしたら毎日の弁当に加えましょう」
「ははは、そうだね」
その時、薄暗い社会科準備室の窓に、そっと光が差し込んだ。
「あ、もう晴れるみたい。」

もし内容を気に入ってサポートしてもいいなと思ったらお願いします。今後の自分の活動全般に活かします。ありがとうございます。