『大切なもの』探しの時間

洸太が通う小学校は少しばかり特殊だ。上級生とみなされる五年生の秋になると、午後の二時間を使って『大切なもの探し』を行う。

1時間使って校舎から半径2km以内を探索し『大切なもの』を探す。残りの1時間ではどのような『大切なもの』を見つけたか、グループごとに発表する。

彼ら五年生はそれを今日のお昼休み明けに行う。楽しみにしている児童、早く終わって欲しい児童と様々だ。

昼休みの時間、カーテンが風を受けて優雅に踊る。その優雅さを打ち消すかのように洸太の友達、俊は面倒くさい感情を露呈した。
「洸太、この後の二時間面倒くさいよな。一緒にサボらねえ?」
「どうやってサボるのさ。一時間は校内から外に出て、一時間は校内に戻り発表だ。サボろうにもバレる。」
「お前真面目だな。何とでも誤魔化しようがあるだろ。」

俊は学年の中、と言っても20人強の中ではトップクラスに学力が高い。驕りが生まれている。

「バカ言ってんじゃないよ。何でこの二時間が設けられているのか分かってるの?」

眉まで前髪が届く、聡明な目付きの少女が割って入った。他の女子児童が三原色を合わせた快活な色合いの服装に対し、その少女の服はいささか地味だ。

「げっ、咲織かよ。」
俊の一声に賢い咲織が頬を膨らませて、怒りの様相を呈した。
「げって何?私を見て、げって言う理由とその根拠を教えて。」
「はいはい。その面倒くさいところですよ。」
「ああ、そう。ホント男子ってお子様ね。」

その二人のやりとりを見て沈黙を貫くのが洸太の定番の態度だ。
「全く、洸太は真面目に受けるのよね。」
「うん、そうだよ。こんな授業、親に聞くとウチの学校だけだって聞くし。ちゃんと受けようかなって。」
「洸太は偉いね。俊、あんたも見習いなよ。」
「へーい。」

俊の不真面目な態度と沙織の生真面目な態度。水と油。反発するのは結果を見なくても明らかだ。

そして今回の二時間、洸太と俊、咲織の3人でグループを組む。グループを組むのにも理由がある。

50分間もの間、児童が半径2km以内の範囲を自由に回る。その間に下手なことが起きないよう、警備会社に協力いただき見守ってもらう。

グループ三人と前もって決めることではぐれた児童がいないこと、誰か一人でも見落とす確率を減らすことにつながる。

グループを組むのは良しとして洸太からすると、犬猿の仲の二人が一緒で『大切なもの』が見つけられるのか、疑問符を掲げてしまう。

「これから50分間かけて校外を探索します。2km以上先には行かないこと、グループ単位で行動すること。以上を守って行動してもらいます。それでは始め。」

先生の合図でそれぞれのグループが動き出した。洸太も行動に移そうとしたが、不仲な二人が遮る。

「私はね、信号機を渡った先の道なりを探索したいの。」
「何言ってるんだよ。いつでも行けるじゃないか。それよか、山奥を冒険しよう。」
「何言ってるの。危険でしょ。もう少し後先のこと考えてから言ってよね。」

頭の良い二人のあどけないやりとりを見てまとまらないなと思い、頭をポリポリ掻く洸太。半ば傍観者だ。
「洸太はどう思う?」
俊と咲織の声が重なって彼に向けられた。
「うーん、俺平日の昼間にまじまじと木漏れ日を見たいんだよね。」
「木漏れ日?」
また同時に水と油の二人が声を発した。
「変わったこと言うのね、洸太。俊と比較したらまともだけど。」
「どこぞのインテリガールよりは変わり者じゃないよ、俺も。」

いがみ合う二人。このやりとりにうんざりして洸太はひとまず歩きたい気分になった。
「正門を出て右に曲がって坂道を歩くと大きな木があるんだ。そこに向かいたい。」
「おお。」
「了解。」

三人は無意識なのか、歩幅を合わせて目的地へ向かい始めた。道中、木の枝が落ちていて、剣よろしく俊は枝を片手に口笛を吹き始めた。

「随分上機嫌ね。」
「普段の俺はこんな感じよ。なあ、洸太。」
「そうだな、いつも通りだよ。」

洸太の同意を受けて咲織はバツの悪い顔を浮かべた。十数秒間沈黙が続く。その間、昨日の雨により出来上がった水たまりを跳んで裂けたり、石ころを蹴っ飛ばしたりして間を持たせた。

「そう言えばさ、この『大切なもの探し』が始まったきっかけ知ってる?」

咲織の問いかけに男子二人は首を横に振った。
「なんでもね、昔、五年生の間でクリスマスプレゼント交換をしたんだって。その中には札の現金があって。それを見て当時の担任の先生は意気消沈して、児童に大切なものとは何なのか伝えたいと思い、クリスマス前の秋に行うようになったんだって。」
「へーえ。」
俊が反応すると洸太も「知らなかった。」と呟く。

『大切なもの』とは小学生男子にとっては聞くに耐え難いほど、小っ恥ずかしい言葉だ。それを淡々と言える咲織。

男子二人は咲織がさりげなく口にするから悔しくなった。俊もこの時ばかりは何も言い返す気になれなかった。

俊は普段より強めに石を蹴飛ばした。ふと空を仰いだら目的地の大樹まで辿り着いていた。

「立派な木ね。」
「洸太チョイスいいじゃんか。」
「だろ。この木の木漏れ日が見たくってさ。」

大樹は三人の評価通り、荘厳で歴史を感じさせる美しさを備えていた。枝と枝の隙間からは陽光が差していた。
「少し眩しい。だけど綺麗ね。木漏れ日かあ、勉強ばっかりで私、じっくり見たことないかもしれない。」
「咲織。」

俊の声が届いて咲織は反対方向を向いた。洸太はまじまじと集中して木漏れ日とその周辺に意識を傾けた。

「どうだ洸太、大切なものは見つかりそうか。」
「何か分かる気がするんだ。あと少しで。」

そう言って洸太は木漏れ日に近づくそぶりか、手をかざした。
「私も何か掴めそう。光を掴めるはずないんだけど、洸太の真似しよう。」

咲織も洸太と同様に空へ手を伸ばした。
「へへ、じゃあ俺も。」
俊も後に続いた。小学生三人のその手の動きは客観的に見て、年齢も相まってか、可愛らしく見える。

その状態から洸太は言葉を発した。
「分かったかもしれない。大切なものが何か。」

その声のトーンは普段より幾分低かった。

「それは何?」
咲織の人柄がよく表れた、知的好奇心ゆえの無邪気な声に洸太は受け答えした。

「木漏れ日ってさ、綺麗だと思うんだ。」
「そうね、綺麗だと思うわ。」
「その木漏れ日は見える時期や条件があるでしょ。」
「そうだな、晴れてなければ見えないしな。」

俊が同調した。
「木漏れ日を『大切なもの』だと考えてさ。俺は『大切なもの』は大切にできる時間が限られてると思う。だから見つめられる時には大事にすべきだと思うんだ。」

洸太の真っ直ぐな眼差しと発言は、俊に口笛を吹かせて咲織は無意識に拍手した。

「洸太素敵な考えよ。」
「ああ、洸太にしては良い考えじゃねーの。」
「あんた上から目線なのよ。」

じゃれる二人。笑う洸太。秋の木漏れ日に射抜かれて少年少女達は『大切なもの』を見つけられた。

前半50分の探索が終わって皆、教室に戻った。10分休憩の間にガヤガヤと声が飛び交う。「大切なもの」とは何か皆伝えたいのか、匂わせ発言してハードルを上げる児童がちらほら。

休憩が終わり、担任の掛け声で後半戦が始まった。
「それでは後半の発表に移ります。起立。」
「礼。着席。」

日直の声に合わせて動き、すぐに席に着いた。
「じゃあまずは黒板に近いグループから。」
指名されたグループは前に立って『大切なもの』とは何か説明する。

発表が難しい理由は『大切なもの』を見つけても、発表用の原稿を作っていないからスピーチがままならないところだ。

スラスラと言えない発表者。それでも何とか振り絞ってクラスメイトと先生に伝えきった。拍手の音が教室に響く。

三番目の発表者が洸太のグループで三人は前に立って一礼した後に発表を開始した。

「僕たちは『大切なもの』は大切にできる時間が限られているからこそ、大事にすべきだと考えました。」

洸太が先陣切って語り、後続を咲織が補足する。
「この考えに至ったのは木漏れ日の光です。木漏れ日はいつでも見ることは不可能です。時間帯や天気など、条件が揃った時にだけ木の隙間から光が差します。」

抑揚の効いた透明な声が教室中に届く。
「僕たちのグループは木洩れ日を『大切なもの』と考えました。木漏れ日を『大切なもの』、綺麗なものと思える感性も永遠ではないかもしれません。」
俊が主張したい理由をさらに強調しさらに続けた。

「木漏れ日が限られた条件で姿を現すように、綺麗だと思える自分も永続するとは限りません。だから『大切なもの』には今現在、溢れるばかりの愛情を伝えるべき、伝えたいと結論つけました。」

三人はお互いの顔をチラッと見て頷いた。
「これで発表を終わりにします。ご清聴ありがとうございました。」

残りの発表者もつつがなく終えた。この50分は児童期特有の恥ずかしさを振り払い、各自の考えを共有し、誰かしら綺麗な心に向き合う勇気を得られた。

とりわけこの三人は。
「俺さ、ビックリして。」
俊が切り出す。
「何によ。」
「意外と綺麗事を言えるんだなって。」
俊の黄昏混じりの言葉が夕方のカーテンの踊りと見事に調和した。

「何言ってんだよ。子どもだから綺麗事を恥じらいもなく言えるじゃないか。」
「洸太。」
「そうよ。洸太の言う通りだわ。私たちは綺麗事に向き合える季節を生きてるの。不良ぶって社会の反逆を語るのは数年早いわ。」
「いや別に不良にならないし。」
「不良になっても俺は友達だからな。」
「だからならないって。」

三人の少年少女の声が誰もいない放課後の教室を飛び交った。

彼らは今日、『大切なもの』は永遠ではないと知った。だから大事にすると学んだ。

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