水と理想郷

体育館横の蛇口から流れる水を両の掌で掬い少女はまじまじと見つめた。この水を手洗いで事済ませる自分は恵まれているかと自問した。

理想郷。またの名をユートピア。それはどのようなものか、何を以って構築されるのか。
以前少女は、水が貴重な砂漠でさえ心が満ちているならば理想郷であると目にしたことがある。

半ば疑問符を掲げざるを得ないが。

さて、少女は比較的恵まれた家庭に生まれ、人に好かれる性格で、人を惹きつける容姿と能力を備えていた。

蛇口を捻れば無限のように溢れる水。人が生きるのに不可欠な水を少女はここ日本では当たり前のように口に運べる。

思考を巡らしている内に誰かが後ろから肩を叩き、声をかけてきた。その姿を認めると少女の真剣な眼差しは明るい瞳へと変化した。

「ねえ、何してるの?」
声の主は少女の友達だ。友達は少女をとても好いており、少女はその好意を受け止め、いつも笑顔を溢している。

「今ね、蛇口から溢れる水を眺めていたの。」
「どうして?」
「だって面白いでしょう。世界には水を貴重なものと扱う地域もあるのに、ここ日本では、事欠かないんだもの。」
「はあ。あんたっていつも変わったこと言うよね。」
「そうかな。当たり前を疑うことは大事だと思わなくって。」
「それはそうだけど。」

少女のペースに呑まれて友達は頷いた。友達はいつもこう思う。少女は魅力的で人を惹きつける。

人を惹きつけるから海の向こうの地域に思いを馳せるのか。もしくは逆か。

とても同じ小学五年生とは思えず、才覚に恵まれ使命を抱えているような、その小さな背中はとても大きく見えた。

「私ね、世界はもっと広いと思うの。今は小学生だから1人で行ける範囲も限られているけど、大人になるにつれて広い世界を見たい。」
「良いじゃない。」
「ありがとう。そして理想的な社会とは何なのか私は知りたい。書物や映像から届けられるメッセージが本当なのか、知りたいの。」

少女の壮言を聞いて友達は驚いた。この子はとても高い視座から物事を見ている。この子は本当に同級生なのかと疑いたくもなる。

しかし、いつまでも蛇口の水を止めないおっちょこちょいなところは年相応で可愛らしい。

「こらこら。いつまで水流すつもりなの。いい加減止めないと。」
「そうね、忘れてたわ。」
「全くこの子は。」

昼休みもあと数分で終わる。未来へ駆けるため、少女は午後の授業に遅れないよう友達と一緒に走り始めた。

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