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十六日目 サバラン 

__ってなんだか強そうな名前。まるで何かの合言葉のような響き。昔の文献に書かれた"開けゴマ"が私たちに馴染み深いものになったように、もし私がサバランを使った呪文を考えたら、後世の人は使ってくれるのかしら、なんて。
「美月お嬢様」
ノックの音が響く。この時間帯は、きっと黒崎ね。
「入りなさい」
「失礼いたします」
 案の定、入ってきたのは黒崎で、ワゴンの上には、ティーセットが置かれていた。
「ほんと、一日ってあっという間ね。さっき昼食を済ませたばかりのような気がするのだけれど」
「また書き物をなさっていたのですか?」
 黒崎は、私の前にスッと茶器を置いて尋ねた。そして、何も言わずとも角砂糖を二つカップの中に溶かしておいてくれる。
「ええ、今度はファンタジーよ」
「さようでございますか。それはきっと大作になりますね」
「何笑ってるのよ?」
 私は、普段澄ました顔をしている黒崎が口の端をひくつかせているのを見逃さなかった。
「いえ、前回お嬢様がお書きになられたミステリーの筋書きを思い出しまして。殺人の動機はたしか、犯人が大事にとっておいたマカロンを被害者に食べられたからでしたっけ?」
「それ以外に動機が思い浮かばなかったのよ」
 私がそう抗議すると、黒崎はフッと吹き出した。そして「失礼」と言って、続けた。
「たしかにお嬢様はミステリーより、ファンタジーの方が向いてらっしゃるかと」
「なんかその言い方に悪意を感じるのだけれど」
「とんでもございません」
 むくれている私の前に、黒崎は皿を置いた。
「これは?」
 私が聞くと、黒崎は蓋を開け言った。
「サバランでございます」
 私は笑った。
 決めたわ、主人公は予知能力のある女の子にしましょう。

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