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うみのまち

町が海になった

海の中をさまよう
スローモーションの人影
空にはいくつもの青と黒のグラデーションが出来ていた

自然に呼吸が出来ているのは酸素ボンベがあるからだ

世の中が海になる前に
人々に配られたものだ

酸素ボンベは思ったよりも軽い

kがいつも行っている商店街の入り口には
コンビ二がある

コンビニの中には
酸素ボンベが積み重なっておいてあった。

酸素ボンベには
ピンクと青があった
それを耳につけるのだ

いやカーフのようになっていて
それをつけることで
水中での呼吸が楽になる

kはピンクと青色を買った

酸素ボンベがなくても
何とか息は出きた

スローモーションで歩くこともできる
しかし走ることはできない

多くの人が酸素ボンベを耳につけていた

町はいつも青かった
kは青色が好きだ
その青い町をいつまでもみていた

時が止まったかのように辺りはしーんとしている
音が響かないのだ
この静寂をkは好ましく思った

今まで色んな音がしていた
工事の音や電車の音、鳴り響く音楽
水道の音や笑い声、怒鳴り声
あとジーと常に鳴り響く音
色んな音は我慢できたのだけど
ジーという音だけはkにはどうしても我慢出来なかった

いつまでも耳にまとわりつき
どこにいっても鳴り響いていた
唯一何かに集中しているときには忘れることが出来た

今になって思うと
あの音を聴く度に
少しずつkは欠けていった

海になった町にはプランクトンがそこら中に漂っているせいか
皆ご飯を食べなくなってしまった

kの中からは
色んなものが淘汰され
残ったものはウイスキーと珈琲の香りだけだった

町から音が消え
話し声はなくなった

kは気が済むまで
町を歩いてまわった
走りたくなれば走った

一番好きな時間は世界が青く染まる前の
薄暗い明け方の時間だった

まだ誰も起きていない時間に起き
町を歩いてまわった

空をみると
ぼんやりと月が出ていた
月の明かりは水の中でゆらゆらと揺らめいている
青は消え去り
町は濃い藍色をしていた

kは近くの山を登ることことにした
間違うと転びそうなほど急な傾斜の坂道を
kは一歩一歩登っていった

山の頂上に着くと
月は届きそうな距離にあった

kは高台にあった大きな望遠鏡で月を覗いた
月は少し欠けている
望遠鏡の上に上がり
手を伸ばした
すると月がつかめた
kの伸ばした先には空気があった
月が触れた手は温かかった

kは自分の手を見つめてみた
手はキラキラときらめいている
月のくずはkの手を輝かせていた

kは手くついた光の粒をなめてみた
味はない

kの体が少し輝きだした

今度は多めになめてみた

すると体中が発光しだした

自分の発光した明かりで月明かりがかすんで見えた

kはもう一度手を伸ばし月をつかんだ
望遠鏡を一蹴りし
kは海を出た
まるで誰かが抱きかかえてくれたかのように
ポンッとkは海を出て
月に座った
見下ろすと一面海だった
海は少しずつ明るくなって
青に染まっていった

気がつくとkは月になっていた
k自体の意識はあるのだけれど
月との差が分からないくらいに
kは発光し
月の一部となっていた

イルカが跳ね上がる
鯨が大きく呼吸をする

クジラのしぶきを浴びながら
kは月になった自分も悪くないと思った

ウイスキーと珈琲の香りを
遠い彼方と書かれた箱にしまい、時間の隙間に隠した

果てしない永遠の中
クジラがくしゃみをした

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