見出し画像

鳥の亜種をどう書くかの考察

ここでは大学の野鳥サークルの記録を整理する上で、亜種の記述について思ったことを書きます。どう書くかといっても、一般化せずにサークルの記録を踏まえることにします。

亜種とは何か

2021年の会誌に、こんなことを書きました。

【亜種】生物の分類上の単位。広い意味では同じ種に含めるが、同じ種に属する他のものとはやや隔たりが認められるもの。

[新明解国語辞典]

簡単には、言語で言えば「方言」で、朝鮮語と日本語は明確に区分できるが、方言はそれぞれ違うのに明確に区分できないよね、という感じ。亜種は方言と同様に地理的区分によるものが多い。方言は交流の乏しい地域間で次第に言葉の違いが生じるものである。亜種も遺伝的交流の小さい地域間において、ゲノム変異がそれぞれ独立に進行することにより、別種にならないまでも“地域性”が生じる。
これを考えると、同じ場所に生息すれば地域性がないため、地域性のある亜種は分布域から推定できる。例えば北海道ならミヤマカケス、本州ならカケスである。しかし鳥の場合、渡りがあるために同所的に複数亜種の存在が可能になる。

鳥の亜種はややこしいです。
たとえ繁殖分布が分かれていたとしても、その境界が接していれば移動の結果として容易に交雑を起こします。
種レベルの交雑では "タイミルセグロカモメ"と呼ばれるカモメがいます。こちらは関東でよく見られるカモメで、宮城では稀にしか見かけません。なぜ、わざわざ引用符を付けて書いたのかと言うと、このカモメがセグロカモメ 𝘓𝘢𝘳𝘶𝘴 𝘷𝘦𝘨𝘢𝘦 𝘷𝘦𝘨𝘢𝘦 とニシセグロカモメ 𝘓𝘢𝘳𝘶𝘴 𝘧𝘶𝘴𝘤𝘶𝘴 (𝘩𝘦𝘶𝘨𝘭𝘪𝘯𝘪) の交雑個体群とされていて種や亜種の区分と区別しているためです。
本個体群の繁殖地は両種の中間的な位置にあります。越冬地はセグロカモメが日本や朝鮮半島に越冬するのと似ており、日本や東シナ海辺りです。対して、ニシセグロカモメはアラビア海や紅海に越冬します。

"タイミルセグロカモメ"の場合は交雑個体群として識別されるのですが、亜種間の交雑となると識別が困難です。
例えばカワラヒワ 𝘊𝘩𝘭𝘰𝘳𝘪𝘴 𝘴𝘪𝘯𝘪𝘤𝘢 は、カムチャツカで繁殖する個体群が大きく、本州で繁殖する個体群が小さいと知られます。カムチャツカで繁殖するものはオオカワラヒワと呼ばれ、羽根の色やさえずりも異なります。しかしながらサハリンや北海道で繁殖するものは両者の中間的形態となり、またオガサワラカワラヒワの論文を見る限りでは遺伝的な差異があまり無いようです。

こんな調子で、鳥の亜種ははっきりと区別できない場合があります。
区別できないにせよ、オオカワラヒワらしき個体がいたらカムチャツカで繁殖する個体群である可能性が高いことから、それぞれの特徴を見る価値が無くなるわけではありません。

記録を集計した時の考え

サークルの記録集計には「種に基づき、亜種は区別しない」という規定を設けていました。
これは妥当だと思っています。なぜならここで集計している観察地の記録には、明確にそれと識別できる亜種が出てこないからです。

当地で観察される種の中で、鳥類目録第7版に基づいて東北に複数の亜種がいそうなのは次の4種です。
ダイサギ :半分以上は識別可能
アカハラ :違いは連続的?
カワラヒワ:違いは連続的?
ウソ   :識別できるか微妙

識別できるか微妙な種を無理に識別しようとすると、間違える確率が大きくなるのでやめたほうが良いと思っています。
集計時は種にしていますが、2022年の春の渡り観察ではダイサギの亜種を区別して記録し、各亜種の見られる時期を知ろうとしました。このように、必要に応じて亜種を区別することはあると思います。
当地での亜種については、既にサークル会誌に書きました。

集計するときに、基本的に種にしよう、というのは亜種の識別が困難だからです。
一方で、亜種の区分が明確な種のうち、普段とは異なる亜種が飛来したら亜種を書いておくべきです。例えば(残念ながら当地の観察例は無いのですが)ハチジョウツグミ 𝘛𝘶𝘳𝘥𝘶𝘴 𝘯𝘢𝘶𝘮𝘢𝘯𝘯𝘪 はツグミ 𝘛. 𝘦𝘶𝘯𝘰𝘮𝘶𝘴 と明らかに見分けがつきます。鳥類目録第8版ではこの2亜種をsplitするとのことで、亜種を記述しておけば、すぐに目録の変更に対応することが可能です。
※ splitとは人間がAとBは別種だ!と分けること。進化の過程でAとBが別種に分かれることは種分化(speciation)という。

もちろん、区別できないとはいえ、亜種によって分布や行動が異なるので、全部一緒くたに考えるのはやりすぎです。でも、間違える可能性があるぐらいなら、種に留めておくべきで、そのほうがましだと思います。

伝わる亜種の記述

亜種はややこしいです。一時期、自転車で海方面に行った時の鳥あわせに、ダイサギ 𝘈𝘳𝘥𝘦𝘢 𝘢𝘭𝘣𝘢 の亜種を分けて書いていたら、他の人もオオダイサギやチュウダイサギと書くようになり、結果的にその識別が間違っていることもあるという事態ががありました。亜種を書く場合は、より正確さが求められるように感じました。

どう書くのが最善、という答えは今のところ見つけられていないのですが、個人的には次のような書き方と捉え方をするようになっています。
ダイサギ(Eurasian, Australasian):括弧内に英名
ダイサギ(亜種alba, 亜種modesta):括弧内に亜種小名
チュウダイサギ:種和名と亜種和名が異なるとき
ダイサギ(チュウダイサギ):種を基準にしたい時
オオヒシクイ、ヒシクイ:別種として扱っている

ここに挙げた書き方も、数年後には「いやこれはだめだ気持ち悪い」と思っている可能性があるものの、少なくとも今思っていることは2つです。
・ どの個体群を指すか明確にせよ
・ 識別していない亜種は細かく書くな

はっきりと言ってしまえば、学名を使うのが一番正確に伝わります。
なぜなら学名は種小名と亜種小名が分かれており、過去のsynonymが整理されているからです。
私は文中でニシセグロカモメの学名を 𝘓𝘢𝘳𝘶𝘴 𝘧𝘶𝘴𝘤𝘶𝘴 (𝘩𝘦𝘶𝘨𝘭𝘪𝘯𝘪) と書きました。敢えて亜種小名に括弧をつけたのは、括弧を外すと和名がヒューグリンカモメなどと変わってしまうからです。だったら亜種小名を書かなければ良い、セグロカモメの亜種小名も括弧を付ければ良いなどと思うところはありますが、ひとまず学名を見ればセグロカモメという和名は種としてではなく亜種を指したこと、ニシセグロカモメの和名は種を指そうとしたことが伝えられます。

鳥のことについて書く文章であれば、和名が出てきた一番最初に学名を並記し、以後その意味を貫くことが求められます。この操作はどの個体群を指すか明確にするのに不可欠で、探鳥の記録に亜種を書く場合は(学名を使わなくとも)なるべく意識したいものです。

結論

亜種を見るなら、その種について勉強してからにすべきでしょう。
基本的には無理に識別しようとする必要性はなく、集計も基本的には種レベルで良いです。そして書くのであれば正確に。
区別できずとも種より細かい分類がわかるのは、その個体をよりよく知ることになるのでおもしろいです。気づいたこと、わかったことは積極的にメモしておきます。細かいところに注目して初めて見えることがあるはずです。

ところでヘッダーの写真はダイサギの冬羽です。宮城ではほとんどオオダイサギ(左)しか越冬していないので、東京でチュウダイサギ(右)のきれいな冬羽を見かけて嬉しくなりました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?