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瓶の蓋

「蓋を開けてもらえない?」

そう声をかけられたあの時、わたしはその問題の重大さをあまり感じなかった。
それもそうだ、まだ20代だったし、身体のどこも痛くなかったし、多少寝なくても好きなことをやる元気もあったし、朝ごはんを食べずに急いでバイトに行ってもモリモリ働くことが出来たのだから、、、。

輸入雑貨店で品出しに夢中になってるわたしに声をかけてきたのは、ついさっきイタリア産の瓶入りトマトソースを買ったお客さんだった。
70代くらいの、小柄な女性。
いつもこのトマトソースを買うのだが、使う時に蓋を開けられなくて困ってしまう、一人暮らしで開けてくれる人もいない、だからここで開けてくれないか、と。

ダンボールを切るためのカッターの刃を仕舞い、軍手を外し、難なくその瓶の蓋を開けたわたしは、持って帰る時に零したりしないかと心配しながら渡したが、目の前の女性客は笑顔でありがとう助かったと言い、商品でひしめく店の通路を出口に向かって歩いて行った。
そのお客さんの後ろ姿を見送りながら、瓶の蓋を開けられない大変さを想像してみたが、なんとなく未来の自分は大丈夫な気がしたので想像するのをやめ、エプロンに仕舞った軍手をし、カッターの刃を出し、仕事に戻った。

あの時から20年が経った。

わたしは今、目の前のジャムの瓶の蓋とにらめっこしている、、、。

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