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We All Scream For Ice cream.

 広島トリップのことを書いていたら、小学6年生の時に行った広島への修学旅行のことを思い出した。

 修学旅行の夜ってなんだかソワソワする。アニメや漫画でよくある「好きなやついる…?」みたいな秘密の会話が繰り広げられることをどうしても期待してしまう。

 今回はそんなどきどきわくわくな男の子同士の夜の話。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 修学旅行の名目はあくまでも平和学習だ。遊びに行くのが目的ではない。事前に道徳の時間を使って、戦争や広島で起こった惨劇についてみっちり学んだうえで臨んだことを覚えている。

 二泊三日のうち初日は丸一日を使って原爆ドームや平和記念資料館などを巡って戦争の形跡を学ぶ。班ごとに分かれてのグループワークは決して楽しいものではなかった。
 特に平和記念資料館では班員の男の子が、展示が怖すぎて泣いてしまい、終始僕にしがみつきながらついて回ったため、僕は見学どころじゃなかった。
 
まだまだ僕も子どもではあったが泣きじゃくるそいつに向かって「お前が泣いてどうすんねんな」と普通に怒った記憶がある。そんな感じで決して楽しいとは言えない一日目だった。

 平和学習と泣きじゃくる子の相手をしていたらとてもじゃないが疲れてしまった僕はホテルに戻ってからの「The 修学旅行の夜」を楽しみにしていた。

 ホテルのちゃっちいご飯と残念なお好み焼きにがっかりしつつ、明らかに大浴場とは名乗ってはいけないぐらい狭い風呂に皆でぎゅうぎゅうになりながら入り、あっという間に夜になった。
 

    部屋には僕を含めて6人。3人ずつのグループワークの班が合体した構成だった。
   消灯時間は22時。修学旅行の夜だ。そんな時間通りに大人しく寝れるわけがない。僕らは形式上布団に入りながらも、ソワソワしながらずっとおしゃべりをしていた。

 やれ誰のち〇こがでかかったとか、やれすれ違う風呂上りの女子がいい匂いすぎたこととか、そういう中身のない会話をしていると、同じ部屋にいた小太りのたもつ君(仮称)が申し訳なさそうに僕らに断りを入れてきた。

「おれ、めちゃくちゃ寝相悪いから一緒の部屋でごめんな。」

そんなん別に気にならんってと僕らはフォローした。小学校6年生なんだから、寝相が悪いといってもタカが知れてるだろうと僕らは思った。

まさかこいつがとんでもないモンスターだったとは思わなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 だんだん話題も尽き、6人のうち僕としゅん(仮称)以外は既に寝ているようだった。僕としゅんは家が近く、幼稚園からずっと仲が良かった。しゅんはお調子者なのでいわゆる「お前好きな子いる?」みたいな会話をノリノリでしてくるタイプだ。

    僕がそんなしゅんとそういう話題をひそひそ話していると、途中で耳障りな音が聞こえだした。

 いびきである。中年のおっさん並の馬力。とても小学生の体から想像できない音が発せられていた。いびきの主はたもつ君だった。

 僕としゅんはマジかこいつ、という目で彼を見ていた。するとたもつ君はいきなり掛け布団を蹴り上げ、ゴロゴロと縦横無尽に転がりだした。

「え、マジかこいつ?絶対起きてるやん!」僕としゅんは目の前で起きていることが信じられなかった。

   眠っている人間の動きじゃない、絶対にわざとやっているんだ。修学旅行の夜だからふざけているに違いない。しかし、彼の目はしっかりと閉じられており、動きが止まるとまた地響きのようないびきを発する。

 身の危険を感じたのか、他の寝ていた子たちも起きてしまった。最初は嘘やろ、と疑っていたが徐々に状況を飲み込んだようだ。
 僕たちは部屋の隅っこに避難して、この怪物の行動を見守った。

「いや、寝相悪いってこのレベル!?」

    こんなツッコミも彼には届かない。普段は小心者で物静かなたもつ君は、おぞましいモンスターと化してしまった。

 暴れ回るたもつ君。壁に激突して足をぶつけてしまう。なぜホテルの部屋の壁ってちょっとザラザラしているんだろう。こういう暴れ回る子どもがいたらけがをしてしまうではないか。そんなホテルへの文句なんて言っても仕方ない。僕たちは「嘘やん…何してんのこいつ…」としか言葉が出てこなかった。

 足をぶつけたたもつ君は「痛い~!」と泣き出してしまった。擦りむいたのか膝から少し血が出ていた。
 小学6年生にもなって、そんなことで泣くやつがいるのか?いや、もう常識が通じる相手じゃない。さすがに目が覚めたたもつ君に、僕らは冷ややかな目を向けながら「自分でぶつけたんやで」と言った。

 たもつ君は信じられないといった表情で「嘘やんほんま?」と言った。それはこっちの台詞である。

  「いびきもえぐかったで」としゅんが追い打ちをかけるように付け足した。
 すると、彼は本当に申し訳なさそうに「ホンマにごめん、おれ、母ちゃんにいつも怒られてるねん…」と言った。

 どうやら日常的に彼はこういう寝方をしているらしい。にわかに信じ難いがこの場限りのパフォーマンスではないようだった。
 気を取り直して僕らはみな布団に入った。流石に修学旅行の夜のテンションじゃなくなった。もう他人の好きなやつなんてどうでもいい、早く寝たい。

 しかし数分後、また地鳴りのようないびきに起こされる。しかも今度は何か寝言を言っているではないか。
「お前いい加減にせえよ!」と強めに言っても聞こえてないようだ。

 すると、たもつ君が「アイス食べたいなァ!」と大きな声で言い出した。明らかに寝言の声量じゃない。
 
    もうそういう「寝言を言うキャラ」みたいなのほんまにええから、と言っても通じない。「お母さん、アイス買ってきてよ!」と寝言が続く。

    こんなにはっきりとした寝言を聞いたのは初めてだ。寝言ってもっとむにゃむにゃ言うもんやろ。僕は彼が修学旅行だからボケでやっていると信じたかったが、どうやらそうではないらしい。
 次第に「アイス!アイスが食べたい~!」とジタバタしだした。本当に地獄だと思った。日中の平和学習のことなんてとうに忘れていますぐこいつをぶっ飛ばしてやりたかった。

 僕たちは、目の前のモンスターに対して次第に怒りよりも面白さが勝ってきた。こんな怪奇現象、そうそう出くわせるものではない。明日皆に言いふらすネタができたと、そう思いこむしかなかった。

 そんな中、しゅんがふざけて彼と会話を試みた。
「何味がいいん?」と呼びかけると、たもつ君が
「抹茶がいい…」と返してきた。寝言と会話できた世界初の瞬間を目の当たりにした。

「絶対起きてるやろこいつ!!」
僕らは笑いを堪えるのに必死だった。

 しゅんがさらにふざけて、「いま抹茶ないねんて!バニラやったらあるって!」と言うと、「バニラは嫌や~~!」と駄々をこねたところで僕たちの腹筋は崩壊してしまった。

 寝言で好き嫌いを言うな。あぁ、なんて日だ!


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 僕たちが笑い死んでいたところにちょうど先生が見守りに来てしまった。普通なら焦って隠れるところだが、僕たちは起こっていることをありのまま話した。先生も意味が分からないようすだったが、たもつくんに注意してくれた。

 先生が戻った後は、全員事切れるように眠った。

    朝起きて、たもつ君の膝にかさぶたができていたのを見て「夢じゃなかった!」と少し嬉しくなった。
 2日目の宮島ではたもつ君と別々の班だったので、彼がアイスを食べられたかどうかはわからない。


世界の平和と、もう寝相が悪いやつと同部屋にならなないこと祈って―。



おわり。

   




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