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昔々あるところに頭の弱い女がいました《2》

前回(昔々あるところに頭の弱い女がいました《1》)からの続きです。
まだ読んでない方は、先に《1》からどうぞ



大都会・東京に浮かれてパチンコで散財し、友人から借りた金まで溶かし、
名古屋に帰る交通費を失った私は、1人、夜の歌舞伎町を訪れた。

修学旅行で歌舞伎町なんて来るわけがないので、
あの夜が正真正銘、生まれて初めての歌舞伎町だった。

子供の頃、TOKIOの松岡くん主演のドラマ・夜王を夢中で観ていた私は、
ドラマ内で映っていた歌舞伎町入り口のアーケードや、
ロケ地と思わしき街並みを見て興奮する。遼介〜〜〜!

あの頃は、大人になったらかたせ梨乃みたいな女性になりたいと思っていた。
大人になった今、かたせ莉乃の持つ品や余裕のある佇まいとは程遠い位置にいる事を、あの頃の自分にご報告致します。



今までずっと、テレビの中でしか見る事が出来なかったこの街は、
私の心を、当時流行っていた曲名よろしく「気分上々↑↑」させるには充分だった。

しかし忘れてはいけない。
私は歌舞伎町に、観光にきたわけではないのだ。

本来の目的である
「道でオジサンからお金を貰う」というミッションは達成できないままだった。

行くあてもないまま、
真っ赤なキャリーケースを引きずって歌舞伎町を練り歩く。

記憶は曖昧だが、
確かさくら通りの付近を歩いていたところを、
後ろから声をかけられた。

「あなた、1人で何してるの?」

ハッと振り返ると、
そこにはスーツ姿で眼鏡をかけたオジサンがいた。

掛けられた言葉やその風貌から、
私は昔テレビでよく見た、家出少女や少年に声かけをする“夜回り先生”だと思った。

「有名人だ!」と思ったのも束の間、
そのオジサンはヘラヘラと笑いながら、連れてる人に肩を支えられ、通り過ぎていった。


…ただの酔っ払いのオッサンだった。
今改めて夜回り先生の顔を調べてみたら、全然似ていない。なぜ一瞬でもそんな勘違いをしたのかよく分からない。


数時間 歌舞伎町を彷徨い歩いていたけれど、
エセ夜回り先生以外になんの成果もなし。

季節は冬に差し掛かろうとしていた頃で、
夜も深くなり、屋外を彷徨い続けるには寒くなってきた。

本当はもう諦めて漫画喫茶で夜を過ごしたい。けれど、お金がない。
Yとは秋葉原で別れてしまって電車もないし、借りる術もない。

とうとうどうにも出来なくなって、
「いくら都会でも道歩いてるだけでお金貰えるなんて都市伝説だったんだ…」と悟った私は、
行くあてもなく、大きなビルの下で途方に暮れた。


その場所は、今は亡き新宿コマ劇場。
今ではゴジラが顔を出してお迎えする東宝ビルへと姿を変える前の話だ。

このまま朝を迎えたら、
再びYと合流し、もう名古屋に帰りたい。

当時は今みたいにスマホなんてない。
ガラケーが主流だから、SNSも発達しておらず、mixiやモバゲーが全盛期の時代である。
YouTube片手に時間を潰すなんて事も出来なかった。

何をするわけでもなく、
ただボーッと行き交う人達を眺めていた。



小さい頃、私は歌手になりたかった。
キッカケは物心ついた頃からモーニング娘。が大好きだったから。
モー娘。になりたい。いや、完全になるものだと思っていた。

時が経ち、モー娘。への関心は薄れ、
ジャニーズや椎名林檎へと興味は移っていったけど(ちなみにモー娘。への情熱はこの歳になって再熱している。やはり病んでいる時の薬はアイドルに限る)

歌手になりたい、女優になりたいという芸能界への憧れは残ったままだった。

そういった存在になるには岩倉という小さな街にいては不可能だから、
いつか東京に行こう、東京に行けばきっと叶うと思っていた。

しかし、東京に来たからといってどうにかなるわけではない。
「東京」がやりたい事をなんでも思い通りに叶えてくれるわけではないと、
コマ劇前で過ごしたあの時間は私にそう教えてくれた。



さすがに突発的過ぎた自分の行動に、後悔の念が湧きはじめた。

落ち込む気持ちごと抱えるように膝を抱えしゃがみ込んでいると、
頭の上から
「何してるの?」と声がした。

見上げると、そこには20〜30代くらいの、
髪の毛を沸き上がる噴水のように、四方八方におっ立てた男性が立っていた。

その人は続けて「家出?」と聞いてきた。


ーー断じて家出ではない。
あくまでもこれは旅行である。

しかし帰る日にちも決めず、泊まる場所もなく、
キャリーケースを脇に抱えて歌舞伎町の真ん中に座り込んでいる女なんて、
側から見たら家出少女でしかなかった。

その時、客観的に見た自分の姿にやっと気づき、無性に恥ずかしくなった事を覚えてる。

「家出ではないです。友達と東京に来たんですけど、さっき別れて。行く所なくて…」

そう答えると男性は
「歌舞伎は初めて?」と聞いてきた。

「はい」と答えると、

「女の子1人で歌舞伎は危ないよ。安全な所まで連れていくから、ついておいで」と言う。
その言葉に素直に従い、私は男性の後を追った。

連れて行かれたのは区役所通りにある24時間営業の喫茶店・cafe AYA(現在は閉店)


男性は、
「ここなら朝までやってるから。
とりあえず朝になるまではここで過ごして、明るくなったら友達の所に行きな」

と言って、私に5,000円をくれた。

そしてもし何か困ったことあったら…と、
名刺を渡して去っていった。

その名刺にはホストクラブの店名と、
源氏名・Mと書かれていた。

改めてこうして振り返ると、
普通に事件に発展していてもおかしくない、かなり危ない事をやらかしていたなぁと感じる。
たまたまMが優しい大人だっただけで、
悪い大人に声をかけられていたら大変な事になっていた。
だからもしも私よりも若い人、特に女の子がこの記事を読んでいても絶対に真似をしないで。
私はとんでもなく頭が弱くて、奇跡的に運が良かっただけだから。


Mと別れ、5,000円を受け取った私は
そのお金で温かいカフェオレを注文し、
仕事終わりのキャバ嬢や、出勤前のホスト、終電を逃したサラリーマン、明らかに援交してそうな年の離れたカップルで溢れる店内で、
カフェオレとMの温かさに、ようやくホッと一息ついた。

先程までの寒すぎるコマ劇前とは大違い。
屋根があり、四方を壁に囲まれている環境って、なんて素晴らしいんだろう。

心の中は安堵感と共に、


「やっぱり東京ってお金貰えるんだぁ〜〜〜!!!」



で満ち溢れていた。

さっきも言ったが、
私はとんでもなく頭の弱い女だったのである。
せっかくのMの良心を、金でしか換算してないクズなのだ。


朝になり、私は上機嫌でYに電話をかけた。

「道歩いてたらお金貰えるの本当だった!
5,000円もらえたぁ〜〜!!!!
今日の夜は六本木攻めるわ!!!

Yは確か、
「いいなぁ〜」と言っていた。

今考えると、YもYでどこかズレている。
これを読んでいる皆さんは、
もしも友達がそんな事を言い出したら全力で止めてあげてほしい。


そして私は、
「東京なら道歩いてるだけでお金もらえる神話」をひたすら信じ、
歌舞伎町と同様に田舎者でも一度は聞いたことのある街・六本木を目指して、邁進しようとしていた。

そこに待つのは
Mとの携帯小説のようなラブロマンスか、
憧れの芸能界へのシンデレラストーリー、

はたまた山谷のドヤ街か。


次回の更新をお楽しみに。



《おそらく続く》

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