先回り先回り


先回り先回り。

先回りは良いことだ。

だけど。

歯医者の受付をしていると、子供がたくさんやってくる。
小児歯科、矯正歯科もしているので、いろんな年齢のいろんな子供がやってくる。

しっかりと挨拶をするコ、人懐っこくすぐに駆け寄ってきて話しかけてくれるコ、無言で診察券を出してなにも言わないコ、小さい声でぽそぽそと話すコ、恥ずかしそうに学校の歯科健診でもらってしまった"虫歯があります"の紙を差し出すコ、お母さんに抱えられて入口から大泣きしているコ。

もうほんと、いろんな子供がやってくる。

でもどのコにも優しく、優しく。
わたしは変わらず挨拶をする。

子供の成長はすごい。だいたい4、5ヶ月ごとに定期検診に来てもらっているけれど、毎回毎回成長する。このコは前は挨拶ができなかったのにコンニチハって言えたね。あのコは前は大泣きして椅子にすわるのにも大暴れして抵抗してたのに自分で座れたね。え、君は今日はお母さんの付き添いなしにひとりで来たんだね。え?もう高校生?え?身長抜かされた?

みたいな。


ある日、気になる親子がやってきた。上品な服装の綺麗なお母さんが受付に身を乗り出した。

「あの、息子が歯が痛いと言うんです。」

そうなんですね。

ちらりと後ろをみると、ぼんやりと床を見つめる中学生の息子。

こんにちはーと息子に挨拶をすると少しだけ驚いたような顔でこちらを見て、微妙に、びみょーーーーうに頭をぺこっと下げて、そしてまた床を見つめた。

どこの歯がいたいですか?

「あのあの、左上です!」

お母さん、身を乗り出して答える。

えーと、それはいつからで

「一昨日の夕食の時におかずのトンカツを噛んで、痛いと言い出したんです!」

転んだり、ぶつけたりはしていないですか?

「してないよねっ!?」

お母さん……

そして息子は無言。

もう、えっと、誰が患者……でしたっけ?と言いたくなってしまう。

中学生は、自分が痛いところくらい言えるはず。

その後、お母さんがトイレに消えたあと、彼はしっかりとこちらを見て、「痛かったのは昨日のトンカツのときからじゃなくて3日前からです。」と。

言えんじゃん。
ちゃんと喋れるじゃん。

先回り、先回り、でも待つのも大切かも?






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