「陰性証明」はできないのか?

新型コロナウイルスに感染していないという証明はできません。たとえPCR検査を受けても一定の割合で偽陰性が生じますし、検査を受けたあとに感染するかもしれません。原則として、陰性証明を求めて検査を受けるのは医学的にはあまり意味がありません。とはいえ、社会的に「陰性証明」的なものが必要とされるのはわかります。

ちょいアクロバット的ではありますが、「検査で陰性だったという証明」は可能です(実際に感染しているかどうかはともかく)。最近は少ないですが、以前はインフルエンザについて以下のような外来受診事例がたまにありました。


「こんにちは。今日はどうされました?」。
「会社にインフルエンザの陰性証明書を持ってこいと言われて受診しました」。
「今何か症状はありますか?咳があるとか、熱があるとか、関節痛とか」。
「何もないです。元気そのものです。ただ、妻が看護師で病院勤務なんです。いまインフルエンザが流行しているでしょう」。
「ご家族がインフルエンザにかかったんですか?」
「今のところは何も」。
「じゃあ、検査の必要はまったくないですね」。
「私もそう思うんですが、なにぶん上司が陰性証明書を持ってこいって言っているんです」。


ここで臨床医は判断をせまられます。医学的に正しくふるまい「陰性証明はできない」とつっぱねるか、何か陰性証明書っぽい書類を書いてあげるか。診察室内では目の前の患者さん(この場合は厳密には「患者」ではないですが)の利益になるようにふるまうのが原則だと私は考えています。「陰性証明はできない」理由を滔々と述べたところで患者さんの利益にはなりません。なので、もろもろ十分にご説明した上で検査を行い、以下のような診断書を書くわけです。嘘をつかずにそれっぽい診断書を書くのも臨床医に必要なスキルです。


#1 インフルエンザ迅速試験陰性

頭書の者、上記の通り診断する。また、インフルエンザ迅速試験陰性はインフルエンザではないことを完全に証明するものではないものの、本症例は呼吸器症状や発熱に欠け、〇月〇日時点において、インフルエンザに罹患している可能性はきわめて低いと判断する。以下余白。


もちろん自費です。ただ、自費診療とは言え医療資源の浪費になりますし、陰性証明目的の受診でかえってインフルエンザに罹患する可能性も増しますし、とにかく社会全体からはマイナスです。ただそれを診察室内で解決することはほぼ不可能という、よくあるジレンマです。私が断ったところで「陰性証明書」を書いてくれる別の医師にかかるだけですから。診察室内では目の前の患者さんに、公的な発信では社会全体に利益になるようにふるまいます。

インフルエンザ迅速試験は比較的コストが安いので上記のような運用が一応は可能ですが、新型コロナウイルス感染症だと難しいですねえ。フル防護で検体採取したり、無症状なのに胸部CTを撮影したりするのはさすがにコストに見合いません。どうしたものやら。キットの抗体検査や唾液の抗原検査をやって陰性証明書を乱発するクリニックがあったら儲かりそうです(倫理的には血液クレンジングと同レベル)。


※本記事は■《陰性証明》とは - Interdisciplinaryへのコメントを一部改訂して再掲した。

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