「魔王城ツアーへようこそ!」から学ぶ観光開発

2019/06/22 追記修正

(注:この記事には一部ネタバレを含みます)

突然ですが、「魔王城ツアーへようこそ!」という漫画があります。作者は「春雨」氏、芳文社まんがタイムきららMAXにて2019年1月号より連載しており、6/27に単行本第1巻発売の、いわゆる美少女系・日常系の作品です。内容はというと、とある市の観光課に勤める主人公のつむぎが、人手不足に悩む異世界の魔王の末裔メロウに召喚され魔王城で働くことになります。その世界では千年以上前に人間と魔族の戦いは終結していて、魔王城はただの住居と化しています。しかしそのために城下町は寂れ、地域経済は活気を失い、メロウ自身も城に課せられる莫大な固定資産税と銀行から融資を受けた資金の返済に苦慮しています。そこで、城を観光資源として町おこしを行い、地域の活性化と行政からの支援の取り付け、そしてメロウの家計の黒字化を目指すべく、つむぎが観光課で培ったノウハウを生かして観光開発を進める…というきらら作品にしてはなかなかマニアックで興味深い物語です。

観光開発というのは、わが国の国土と発展にとっても切っても切り離せない重要なものです。まず初めに、明治期に交通などが発展すると、日光や鎌倉、伊勢のような著名な観光地に大勢の人々が訪れるようになり、人々の移動や交流が活発になりました。さらに戦後高度成長期には箱根や伊豆、志摩などで電鉄会社が主導してその地の資源を生かしながら観光地そのものを創り上げる、観光開発というものが盛んに行われ、所得の増加も相まって旅行が文化として定着していきます。バブル期にはリゾート法による後押しもあって地方でも行政主導の大規模な観光開発事業が着手されました。そして現在、わが国は人口減少に対抗すべく訪日外国人の呼び込みを図って観光立国を目指しており、再びの観光開発ブームが訪れつつあります。このようにわが国において観光開発は、社会や人々の変遷と相互に影響しながら、国全体にとっても意味の大きなものになっています。

そうはいってもそもそも観光開発とは何ぞや?というところ。そこで、観光開発とは具体的にどういったことをするのか、というのを漫画「魔王城ツアーへようこそ!」を読みながら実例と照らし合わせながら見ていきたいと思います。


・2話:交通の確保・観光開発による町おこし


1話の内容は冒頭に述べたプロローグなので省略させていただいて、2話から見ていきましょう。2話では魔王城の観光地化に向けた課題として、実戦のため切り立った崖の上という僻地に建てられた魔王城への交通手段の確保が挙げられています。つまり、まずはそこへ至る交通手段が無いことには始まらないというわけです。
わが国における観光開発の多くは鉄道会社が行ってきた歴史があります。その理由はもちろん、観光地として成立させるにはそこへ至る交通手段が無ければならないからであり、それを担うのが鉄道だったからです。日光にしても伊勢にしても伊豆にしても、その観光地へ向かうための鉄道が敷設されてきました。鉄道そのものに収益が見込めるだけでなく、その後の観光開発を進めるにあたって、まず交通手段を用意することは極めて重要なのです。作中でも、城下町で運輸業を営んでいた翼竜と契約して城下町~魔王城間の交通を確保、観光客の増加に無事成功しました。

また、2話では城下町が寂れた理由が語られます。現実の日本の城下町は城が無くなっても寂れることはありませんでしたが、魔王城の城下町が衰退してしまったのは、この町は魔族側の兵士が各地から集められて住んでいた場所で、人間との争いが集結したことで彼らは元いた故郷へ帰ってしまったからだったのです。つむぎはそんな寂れた町の様子を見て、この歴史ある綺麗な町並みに活気を取り戻したいと思うのでした。
このように「外から集められていた人が居なくなってしまった町」というのは、実はわが国にも多くあります。―炭鉱の町です。かつて国内のいたるところで採掘されていた石炭は、海外産のものに価格面で敗れた上に石油へのエネルギー革命も生じ、ほぼすべての炭鉱が閉山しました。そして労働者が住んでいた町は働き口が無くなったことで人口が急減、極端な例で言えば軍艦島(端島)のようなもぬけの殻になってしまったのです。
しかしそんな炭鉱の中で、観光開発によって大成功を収めた所があります。福島県いわき市のスパリゾートハワイアンズ(旧常磐ハワイアンセンター)です。それまで捨てていた炭鉱内に湧き出ていた温泉に着目、観光資源として入浴施設だけでなくその熱で施設内を暖めて日本人憧れの地・ハワイを再現したこの観光施設は、見事に大勢の来場者数を獲得し、炭鉱労働者の働き口と炭鉱会社の経営の安定を確保しました。
また、歴史ある町並みを再興することで観光地化に成功した事例もあります。茅葺屋根の民家が建ち並ぶ福島県南会津の大内宿は、かつては古くて貧しいイメージを持たれた茅葺屋根を捨ててトタン屋根にしたり、道路の舗装や電柱の設置が行われたりしました。しかしその後1980年代に国の保存地区に指定されると町並みの保存活動の機運が高まり、茅葺屋根の復活、アスファルト舗装の撤去、電線の配置変更による無電柱化が行われ、江戸時代の街道の宿場町の様子を今に現す観光地として成功を収めたのです。
以上のように、一度寂れてしまった町でも、その地の「観光資源」を見誤らずに正しく生かすことで、再び人を呼び込むことができるという前例があります。魔王城の城下町もそうなってほしいと願うばかりです。


・3話:観光資源を見据える


さて、3話ではその「観光資源」について語られます。魔王城を観光地として成立させるために、魔王城にとって観光資源となるものは何か、観光客が何を求めているかを見据える必要があります。魔王城の場合は当然歴史的価値で、そのためにそうした展示物の陳列や内装の復元を図ることになります。
この「観光資源を見据える」というのは単純そうに見えて一番観光開発や町おこしにおいて重要なことです。人を惹きつけて呼び込める独自性のある魅力が無いと、観光開発はだいたい上手くいきません。そうした魅力のある観光資源を見据えずに町おこしに乗り出してしまった顕著な例が、全国各地に乱立するB級グルメやゆるキャラでしょう。いろんな町が町おこしを画策してB級グルメを売り出したりゆるキャラを生み出したりしていますが、果たしてその中で成功したと言える事例がどれだけあるでしょうか。そもそもB級グルメもゆるキャラも、つい最近になってこしらえたものがほとんどであり、地域そのものの資源を魅力として引き出せているかというと首をかしげざるを得ません。その結果として似たり寄ったりのものたちが横並びになり、さしたる効果も得られなかったという事例が数多くあります。
また作中で、来場者にお金を落として行ってもらうためのお土産コーナーの品に悩むつむぎが、「いっそ農産物コーナーを併設して委託販売…」と簡易で粗雑な案に誘惑されていますが、この誘惑に勝てなかったのが各地の道の駅であるように思います。周辺で作られた野菜や果物を売っているだけで、「観光資源を見据える」ことから逃げ、その地独自の魅力に欠ける道の駅も多い中、作中のこのシーンはそれらに対する鋭い皮肉になっているのです。
幸いにしてつむぎ達はそうした誘惑に負けることなく、魔王城の観光資源である歴史的価値を見据えて、悩みながらもその魅力を引き出していきます。ちなみに、その結果として魔王城の謁見の間に歴史的にゆかりのある品々が並べられるのですが、その様子がまさしく日本の現存天守の内部と同様なのはただの偶然ではないでしょう。


・4話:客単価の向上


前項で散々B級グルメをけなした後ですが、4話は食べ物のお話です。努力の甲斐あって来場者数の増加に成功している魔王城ですが、収入が拝観料だけであることから、返済のためのノルマにはまだまだ届きません。そこで客単価を上げるべく、お土産の充実と食堂の併設を試みます。
観光事業に限らず色々な業界で、数的なシェアの拡大ばかり注目され利益率がおろそかにされがちな風潮がありますが、本来はこのように来客数の増加策と同時に客単価の上昇策を進めるという考え方はとても大事です。作中で描かれているお土産や食堂についてはどこの観光地でも行っていることのため特に説明することはありませんが、近年のわが国の観光業界でも客単価の向上はトレンドになっています。すなわち高級志向化です。2000年代から急速に成長した星野リゾートは、一般的な宿泊施設より高価格・高品質なサービスを提供する運営で成功を収め注目を浴びました。また、最近ブームとなっている観光列車も、列車にただの移動ではない付加価値の魅力を与えることで集客と同時に客単価の上昇を目論んでいるという性格のものも多くあります。観光地としての魅力をさらに増大させることで客単価を上げるというのは、現実でも採用されている方法なのです。


・5話~6話:観光開発と銀行


5話ではいよいよ魔王城の観光開発事業に融資をしている銀行の支店長が登場です。融資継続の判断のために訪れた支店長レージュは、つむぎが用意していた経営状況の資料を確認します。魔王城では前回の食堂開設日から売り上げが伸びており、順調に行けば今月のノルマは達成できそうなところまで来ていました。レージュは感心しながらも、「町の復興という目標に対して投資したのであり、今後も返済だけで手一杯というなら(町の復興に着手されないのなら)いつでも融資は打ち切る」と釘を刺しました。
銀行!当然ですが観光開発を行うためには莫大な資金が必要であり、現実でも銀行からの融資を受けるのが前提条件。観光開発にとって銀行はとても重要な存在なのです。ただ、作中の銀行は、とても経営状態が良いとは言い難い(リスクの大きい)個人事業主に融資をしており、その理由を「町の復興という目標に対して」としています。こうした様子を見ると、この銀行は一般的な民間銀行というよりは、政府が経済発展などの政策実現のために設置する特殊銀行(政府系金融機関)に近い気がします。例えばかつてわが国には日本開発銀行という特殊銀行があり、この銀行では産業開発等の促進を目的とする長期資金の貸付を行っていました。その業務のうちで、観光開発による経済発展を目指すべく、事業主が旅館を建設しようとする場合に融資の斡旋を行っていたことがあります(昭和39年運輸白書)。つまり、観光開発は単なる民間事業に留まらず、その地域の活性化や発展といった国土政策的な意義を帯びているのです。
「魔王城ツアーへようこそ!」も、この物語の観光開発の最終的な目標は魔王城の観光地化という民間事業として完結するものではなく、衰退してしまった城下町の復興という公共的な意義の深い地域活性化なのです。6話でレージュは融資の継続を認めるとともに町の復興に向けた次期計画を立てるようにと言い残して去って行きました。


・7話:温泉開発へ


前回の終わりで魔王城の地下に地熱発電設備があることを発見したつむぎ達は、付近に温泉があることを確信、温泉を観光資源とした新たな観光開発事業に乗り出すことになります。色々あって魔王城を一日臨時休業することになったため、その間に源泉の探索調査に行くことにしたのでした。
いよいよ温泉が出てきましたね…!温泉は観光開発の花形です。温泉が観光地なのは当たり前だと思われる方も多いかもしれませんが、実際は温泉はそこにあるだけでは観光地になれるとは限らず、特に山奥にあることの多い温泉は2話の解説で述べたようにまず交通の確保がなされていないと観光地として発展するのは難しいのです(いわゆる秘湯)。つまり、有名な温泉地と呼ばれるそのほとんどは観光開発によって観光地として成立してきたと言えましょう。そして観光開発をする側にとっても、昔から温泉は非常に魅力的な存在でした。古くから数多くの温泉が湧くことで知られていた伊豆や箱根は電鉄会社たちによる熾烈な観光開発競争の舞台になりましたし、作中のように観光開発のために源泉を新たに掘った事例もあります(西武秩父駅前温泉など)。先述した常磐ハワイアンセンターのように、たまたま湧いていた温泉を観光資源として転用した事例も見受けられます。これだけ温泉がわが国の観光資源として有用なのは、もともとはひとえに日本人のお風呂好きがあるからだと考えられますが、欧州にも温泉文化はありますし、近年は訪日外国人にも温泉は人気です。作中でも魔族の人々もお風呂のリラックス効果に夢中なようで、温泉が人を惹きつける魅力は万国共通なのでしょう。どちらにせよ、温泉はその強い魅力をもって、観光開発の一大資源となり得るのです。魔王城の城下町に温泉施設ができるのが楽しみですね。

ところで、7話中でメロウが付近一帯の土地を広く所有していることが発覚したシーンで、つむぎが「色分けとかしてます…?」と漏らすのですが、この言葉には驚かされました…。というのも、現実での都市計画法に基づく用途地域の指定(計画的な都市開発のために地域ごとに土地利用の目的を定めること)を、都市計画図上で用途地域が用途ごとに違う色で塗られることから「色分け」や「色塗り」と慣例的に呼ばれているのです。作中でのこのシーンは山林部に対してなので単なる土地利用図作成のことを指している可能性もありますが、つむぎが市職員だったことを考えるとあるいは…本記事でここまで考察してきたことを鑑みても、この作品の作者は観光や行政にだいぶ明るいのかもしれません。


・まとめ


「魔王城ツアーへようこそ!」の既掲載分(2019年8月号まで)の全7話を読みながら実際の観光開発の事例と照らし合わせてきましたが、いかがでしたでしょうか。読者の皆様に少しでも観光開発の概要とこの作品の魅力が伝わっていれば幸いです。
冒頭で述べた通り、観光開発はわが国の国土と発展にとって切っても切り離せない重要なものです。単純な営利活動に留まらず、地域の活性化や人々の豊かさを生み出すという意義を持つこの高邁な産業には、その一方でつむぎ達が経験してきたような様々な苦労もあります。いま、人口減少に対抗して国を存続発展させるべく観光立国化に邁進するわが国ですが、そうした観光開発は裏側で携わる人達の努力があってこそだということを、この作品を通じて感じていただけたら嬉しく思います。


・おわりに


ここまで「「魔王城ツアーへようこそ!」から学ぶ観光開発」と題していろいろと見てきましたが、この作品の魅力はもちろん観光開発だけではありません。本文中では観光と関わりない部分はあえて触れていないのですが、その省略した内容はというと、百合セクハラのじゃロリケモノ幼女のおもらし性感帯の露出等々、作者の性癖全開な描写が繰り広げられています。むろんそれだけでなく、心温まる展開や、少女的な可愛らしさながら肉感のある画のタッチもこの作品の魅力です。この記事でもし「魔王城ツアーへようこそ!」にご興味持たれた方がいらっしゃいましたら、私にとって望外の幸せでございます。単行本第1巻は全国の書店にて6/27(木)発売です。

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