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枝分かれ

育った環境で性格が決まるけど、
知り合って出会った環境で性格を変えられる。
変えたいと思えば変えればいい。
このままでいいならこのままでいい。
それをどうしたいか、どうするかは自分の気持ち次第。

気付けること、そこを大切にしたい。

自分がどれほどに未知だったか(今でも未知の世界)


親の教えが全てじゃないし、先生の教えも全てじゃない。

自分自身にとって当たり前化しているとそれが当たり前に。
けどそれが当たり前じゃないことに気付かされたとき世界が大きく変わる。
自分の中の当たり前なだけで、
他の人の当たり前もあるんだと。



親に、先生に、友達に、職場の人に、パートナーに、何を言われようとも
自分が気づかないと変わらないし、変われない
自分がやろうと思わないと、やる気もでない
自分を正しいと思うから苛立つ 


自分と真逆の人に出会って
「おっと、私と真逆で全然思考が合わないじゃん」と、思ったとしよう
そこで合わないから会うのをやめるのか
「え、私とこんなにも違う思考なんだ」と興味を持つのか
その選択で全然違う
もしかしたらその人の思考が自分の影響力、やる気にさせてくれるかもしれない可能性があること。知らない世界に入れる楽しさと面白さもあるかもしれないこと。
知り得た部分を自分に活かせたりと、
もちろんそれを知るには学びも必要だ。
けどその学びを一緒に共有できる同士がいることが幸せだったり心の拠り所だったり、強さにもなる。

昔(過去)は痛々しい性格だったとしても
今(現在)が自分の気づきによって変わればいい
他人に過去を言われていたとしても過去のこと、してしまったこと、すぎたこと、巻き戻せない。
今(現在)を進んでいけば、「あ、あの人変わったな」と気づいてくれるひとはいる。
そんな人たちと一緒にいたい。

誰かの文句や噂話だったり、パートナーの愚痴だったり、そうゆう集まりの場に時間を費やすより
自分のしたいこと、目標のために、同じ同士の人たちと笑い合いながら互いに向上することに費やしたい

だってそれが未来ある世界の道だから

「つまらないな」と思うのであれば離れなさい

人生って木の枝のようにたくさんの選択があって、責任感を持って選択して、そして自分色の道を拓く。

想像したらワクワクするね。

毎日が選択の連続で、枝が折れる時もある。
そしたらまた違う枝に進むだけ。
間違いもやってみないと気づけない。
やってみたからこそに気付けることがあるんだよ。

ひと枝進んだ事に意味がある。



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