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時には昔の話を(元Flash職人の思い出話)

2020年12月31日、AdobeがFlash Playerのサポートを終了しました。
Flashから動画制作から離れて既に久しいのですが、2chのFLASH・動画板が第2の青春時代だったといっても過言ではなく感慨迫るものがありますので、記念として思うことなど文章に留めておくことにいたしました。


Flashのおもいでばなし

ほぼ独学でもFlash作品を作れる敷居の低いツール/他アプリケーションとの高い親和性

Flashのすごいところは、ほぼ独学でも作品を作れる敷居の低さと他アプリケーションとの親和性でしょう。

インターフェースの分かりやすさは群を抜いておりました。レイヤーがあってタイムラインがある。タイムラインに配置していくだけでひとまず作品ができる。
それができるようになったらライブラリを使ったり、ActionScriptを覚えると更に凝った作品が作れるようになる。

流行りのAAを使用した2chネタフラでも、ビットマップ画像に変換する人、テキストのまま使用する人、手描きでイラストにおこす人、さまざまな作り方をしていて表現が多彩でした。

皆、独学が過ぎているので制作者同士で情報交換をした際に「えっ?えっ?」となることも多くて面白かったです。

Flashで映像作品、ゲーム(ツール)どちらも作れる

「これがあれば何でも作れる!」
ActionScriptを使ってゲームやツールを制作できるのはもちろんですが、動画作品にギミックを仕込めるのが何より面白かったです。
隠し要素をクリックすると分岐するストーリー、おまけコンテンツなど夢中になって探しましたし、作品制作の際は気づいてもらえるかな?とワクワクしながら設置していました。
MG(PV)系の人たちの意匠をこらしたローディング、再生ボタンのカッコ良さにはしびれましたし、ActionScriptでどこをどうやったらこんなの作れるの??というゲームや便利なツールを提供してくれる職人さんは憧れでした。yossyさんや無精髭さんなど絵も描いてデザインもASも使えるとんでもない人たちもいました。

作品発表の際、出力したswfファイルをhtmlファイルに張り付けるところまでがセットでしたので、ページ全体の色や構成を作り手がコントロールできたのも面白かったです。作品にふさわしい色、フレーム、作品配置とhtml自体もどんどん進化していきました。

見ていた画面を越えてキャラクターがhtmlページに飛び出してくる仕掛けのアニメ作品、1度目と2度目の再生で物語のエンディングが変化するストーリー、作品鑑賞中にゲームをクリアしないと先が見られないギミックなど、単なる映像表現ではないインタラクティブで自由な発想の作品作り。

「見た人を驚かせてやる!」という気概に武者震いしつつ、負けたくないと頭をバリバリ搔きながらアイディアを練ったものでした。

FLA板のおもいでばなし

やはりflashのことを語るのに2chのFLA板のことは抜きにして語れません。
Flash制作者でもそうでなくても祭りに参加できるし、できることがあるというのは幸せなことでした。

来るもの拒まず

Flash制作者でもそうでなくても祭りに参加できるし、できることがあるというのは幸せなことでした。私がFlash職人として参加したのは俗に「FLASH黄金時代」と呼ばれる時期の後半、2002年の末頃で、すでに有名職人と言われるような花形の作り手さん達が大活躍しておりました。
それでも新しい作り手を歓迎して受け入れてくれる空気感、作ってみようかなという呟きを後押してくれる書き込み、タイムリーな発表の場があり、新しい職人さんがどんどん生まれてきました。

現在プロの映像作家さんとして活躍されている方も多く、時折クレジットに懐かしいお名前を発見して「おおっ」とびっくりすることがあります。

オンラインイベントの自主開催

FLA板には有志による自主的なオンラインイベントがいくつもありました。そのイベントに合わせ企画やアイデア出しのスレッド、運営進行のスレッド、感想スレッド、2次会スレッドと活気に溢れていました、モチベーションを高めたり、交流を楽しみました。
初めて作品を作り、誰かの「ワロタ」の感想にすっかり舞い上がって嬉しくなって制作にのめり込んでいったのを覚えています。

紅白FLASH合戦、MM-壮大な萌えFLASH大会などは参加制作者として、Flash・動画文芸祭、子供の日 Flashゲーム大会などはいち視聴者として名無しで感想を書き込んで楽しんでおりました。

「紅白FLASH合戦」で本線で対戦相手だった千葉Qさん、同じイベントでデビューした流星星野さん、自身の作品に私の作品のキャラクターを登場させてくれた肛門の臭いさん(今見てもすごいハンドルネームです)、萌え大会にお誘いくださったひかげさんなど、まだお名前を憶えています。今もまた違った形で作品作りをされているでしょうか。
個人製作が当たり前だったからこそ、参加者全員で作るイベントエンドロールを眺める時の感動は格別でした。

作り手と受け手の丁々発止のやり取り

一つの作品に対しての熱量は視聴者側も決してひけをとるものではありませんでした。作品が投下されるとものすごい勢いでスレッドが進み、感想や考察、時にこちらの意図を超えるような解釈が書き込まれる、血沸き肉躍る世界。仕込んでおいたギミックを見つけてもらえるとこちらも嬉しくてニヤケが止まらずPCにかぶりつきで追っていました。

ぴろぴとさんのスレッド(狂気と幻想系Flashのスレッドかもしれません)で作品が公開されるつど swfファイルを分解して検証するファン、それを予測していたかのように再生映像には出ていない隠し画像が入っているのが発見される流れなどは追っていて鳥肌が立ちました。

また、スレッド外でも作品のレビューを書いてくださる個人サイトや、白眉たる作品をとりあげて紹介するようなキュレーションサイトがあって、作品を発表した後は自分の作品が取り上げられていないか感想を探し回ったものでした。

制作者が上位でも観客が上位なのでもなく、あくまでも対等にそれぞれのできることでしのぎを削って投げかけあうことで界隈を盛り上げていたと思います。

研究スレッドの多さ

文章系、アニメ系、制作ジャンルやスタイル、テーマに沿ってさまざまなスレッドがありました。私はベクターデータ・ベジェ曲線を扱うスレッドに常駐しておりました。

ASを扱うのに数学の図形の公式がつかえると聞いて参考書を引っ張り出してきたり、海外の優れた作品や素材の配布サイトを教えてもらい英語を一生懸命読んだり、翻訳してくれる人にお礼を言ったり絶えず交流がありました。
勉強するのが楽しくなるような誘導術は見習いたいものです。

また、PV系、文章系といった分類やその定義について、イベントの在り方について、職人についてなど喧々囂々意見が交わされ、自分の創作についても考えさせられる場面が多くありました。

オフラインでの交流

オフライン上映の機運が高まっていた時期に、作品を取り上げていただいたお陰でクリエイターの方々と実際にお目にかかることができました。
創作関連で人と交流することがほとんどなかった私にとって、初めて交流の場で創作について語る人々を見たときは、座に居る人がみな少女漫画のような薔薇とキラキラのエフェクトを背負っているように輝いて見えました。

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大体こんな感じ。


それぞれが作品作りにこだわりや信念をもち、数pxの移動やコマの処理にどれだけ頭を悩ませたか、そんな話を聞くのは本当に楽しかったです。正直、今でも(いつまでも)聞きたい。

flash★bombではスタッフや売り子として参加させていただいた経験も忘れられません。
音楽に合わせて手拍子しながら作品を見る一体感、オンラインとオフラインでは全く異なる作品の印象や評価、みやかけおさんの作品が1000人ホールの会場を笑いで揺るがすのに居合わせたことなど、その場でしか味わえない体験がありました。
おそろいのタンクトップを着て売り子をしたのも、実現に向けて汗や涙を流したことも、まるで学園祭のような青春の一ページとして深く刻み込まれています。
主催のflash50さんはオンラインイベントからオフラインイベントまで次々と成功に導きながらも「自分は作り手ではないから」と自身は決して表に出ない不思議な方で、そうはおっしゃってもオーラがすごかったです。雑踏の中でもはるか向こうからやって来るのがわかるような覇気の使い手。

オフラインイベントには個性的なメンバーがたくさんいて、ギラギラして、勢いがあってまぶしかったです。

大人になってもこんな気持ちになるんだなあと思えるような出来事でした。


おしまいに

通信環境は格段に向上し、swfのような特殊なデータでなくとも動画を手軽にみられる環境が調い、ニコニコ動画、youtubeへと制作や発表の場は移っていきました。

Yahoo!ジオシティーズが終了し無料のホームページサービスが順番になくなり、大半の作品がネットで見られなくなり、作り手もその名義での活動をやめてしまったり、新たなフィールドで活躍されていたり、すいぶんと縁遠くなりました。

公共料金さん、namidaさん、赤木虫大さん、
まぼろさん、とろっこさん、nnmさん、

大勢の尊敬する職人さんや素敵な、大好きなflash作品がありました。
2度と見られない作品でも記憶の中にはずっと残っています。

私自身は記録にも残らないような泡沫の作り手の一人です。
自身の作品も今では手元に残っていません。

それでも黄金期を下支えした一員という自負はどこかにあるようで、「FLASH黄金時代」という言葉を聞く度、ちょっとだけ誇らしいような、くすぐったいような気持ちになります。

あの時代にFLA板やFlashに関わった人は有名無名コテハン匿名に限らず、もはやFlash職人であろうとなかろうとも、同じような誇りがあるのではないでしょうか。

作り手と観客がネット上でありながら近しい位置で創作というものに関わることができた稀有な時代でありました。

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