老婆の休日
だから、平和とコストの続き書けよ!!!(セルフツッコミ)
えー、ようこそおいでくださいました。
まあ、我々が生きているからには父の体内から母の体内に移って、この世に誕生した訳でして、そうであるなら最大の政(まつりごと)は結婚や子育てということでございます。
翻って我が身を省みるに女っ気は未だなく、父からも「お前いい加減良い人は居ないのか」と言われる始末。とりあえず「誘っても断られそうでさぁ…」と生返事してみたはものの、さらに戻って来た返事は「巨人戦のナイターに誘ってみてはどうか?」でした。
昭和の男です。
話が逸れました(笑)
で、一旦夫婦になりましたからにはやはり夫婦円満、子供が産まれれば家族円満が幸せが1番の幸せでございましょう。
最近は子供どころか結婚件数自体も下がっているそうですが、昔は旦那さまが奥さまを呼ぶときに「オイ!」と呼ぶ方も多くあったそうです。
こういう方の奥さまになりますと、ここで引っ込んでいるようなお人ではございません。「なんだい、ヤイ!」ってな返しを言いまして。
「オイと呼びヤイと答えて20年」なんてもんがありまして。これも、夫婦円満の秘訣ではないかと思っております。
えー、さて、どんな夫婦でも新婚当時は「結婚できて嬉しい」「好きな相手とずっと一緒にいれて嬉しい」の気持ちが先行しているのでありまして、お互いがお互いの喜ぶことを探し合っている状態ですな。
ところがお古く夫婦をやっていると、「そのぐらいは分かってよ!」「分かれよ!」で殴り合うことが最大の意思疎通になるようでして、口にはしなくても「亭主元気で留守が良い」などと奥さま達の井戸端会議で言われてしまうのであります。
こうなると、「オイ」「ヤイ」の関係が何とも羨ましい。
で、あのう、仲睦まじい時期や罵りあった時期も乗り越え、長く連れ合った旦那さまに先立たれた奥さまがおりました。
このご時世連れ合いが亡くなった時の役所関係の手続きが大変多くございます。
しかし、この奥さま、年相応に腰は曲がり、膝は伸びず、眼にも耄碌が来ちまったような御年で、そんな方に役所の小さな文字や堅苦しい表記は難く、役所までやって来たはものの「役所前 私は何を する人ぞ」などと途方に暮れておりました。
そこでハタと奥さまの目に入るものがあった。
「これは良いものがあった。老人へのサービスもしっかりしてる」とばかりに、「みなさまのお声をお聞かせください」と玄関に設置された箱に、
「おーい、おーい!」
と、呼びかける。当然、何も起こりはしません。
奥さまは「声が小さかったかな」と思い、気を取り直して、
「おーい!おーい!!」
「おーい!誰かー!!!」
「おーい!!おーい!!居ないのー!!」
「だーれーかー!いーまーせーんーかー!!」
奥さまは腹に力を入れて叫び続けますが、まわりに人は集まって来たものの、誰も関わろうとしません。
それなりに叫んで一息ついたところで、「なんだい、いったい」と集まってきていた野次馬の中から、ダルそうにした中年男が、
「おい婆さん、何を騒いでいる?」
と、役人らしい横柄な態度で声をかけます。や、今の御時世、声をかけるのはまだマシな方の部類なのかもしれませんが、それはまた別の噺。
「やいお役人さんよ、この箱に『みなさまのお声をお聞かせください』って書いてあるのに、何も返事が無いじゃないか。お婆をひとり叫ばせとくなんて、なんて殺生なことをするんだい」
「なにを言いやがる。この箱は意見を書いて投書するモンだ。電線も何も付いてない箱じゃねえか」
「それなら受付に誰かを立たせて迷っている人がいたら案内するようにしたら良いじゃないか。薄情だねえ」
と、奥さまは大げさに泣き真似するような仕草。お役人は呆れたように、
「受付はあそこにいるだろ」
「あの人かい?」
「ああ、あいつは守衛だ。受付はあそこ」
「分かりにくいねえ。不親切だねえ」
「不親切も何もあそこの掲示板に書いてあるじゃねえか」
「見えやしないよ、あんな小さな文字。それになんだい? あの『すぐやる課』ってえのは。そんな組織作っても、困っていたって、助けひとつ来ないじゃないか」
「その課があるのは、隣の県の役所でここじゃねえよ!!」
と、お役人は苛立ち紛れにキツめに声を張る。だが、奥さまも負けていない。
「お? たらい回しかい? たらい回すのかい?? せっかくここまで来たのに隣の県まで行けというのかい?」
「……おい婆さんよ。ちょっとテレビで聞いたことがある程度の言葉を振りかざすんじゃねえ。で、一体、役所に何の用だ?」
「爺さんが亡くなってしまったんだけど、手続きは『すぐやる課』に行けば全部教えてくれるのかい??」
連れ合いが亡くなったと聞いて、バツが悪そうにしているお役人。周りの野次馬の目も気になるところ、ちょいと一呼吸、声のトーンを落ち着かせて、
「それをはやく言え。あとそれとうちには『すぐやる課』は無いって…。で、死亡届や死亡診断書、税金や社会保険や年金の関係の手続きもあるな。復姓はその歳でしないだろ?」
「この通帳は?」
「それは銀行に聞いてくれ。銀行に聞いたら『除籍票を出してくれ』と言われるかもしれないから、そしたら戸籍住民係にも行ってくれ」
「よく分からないねえ。大体、爺さんを亡くしたお婆にそんな細かい手続き、冷酷だとは思わないのかい」
「権限が分かれているせいで部署も役所も異なるから、それは政治家に言ってくれ。オレに言われても困る」
「責任逃れっぽい発言だねえ。できないことを熱弁するより、できることを話そうと思わないのかい」
「実際問題権限が無いからな。で、婆さん、とりあえず税金だけでも手続きしていくかい? 国税や市町村民税は所管の役所に行ってくれよ」
「とりあえず、そこに行って話だけでも聞いてくるかね」
「分かった。じゃぁ、内線で担当を呼び出してやるから、婆さんの名前を教えてくれ」
「わたしゃ、小池百合子だよ」
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「老婆の休日」は桂文珍師匠が同じタイトルで演じておりまして、タイトルだけ拝借しました。
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最初、サゲを高橋はるみにしようと思っていたのを、「知名度が無いな」と思い直して変更したので、東京都なのに市町村民税がかかる有り様になっておりますが、そこはちょっと大目に見てください。
一息に書いたので、現代劇なのに時代劇口調とか、口調が一致しないとか多いと思います。そこもひとつ頼むー。
あと、会話パートが長すぎて読むのダルくなりそうだな、と思った時に情景描写をカットインさせて改行するという小技を覚えました。
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