2010年代SF重要作家・重要作品名鑑

今月発売のSFマガジン6月号に英語圏SF受賞作特集の一環として「2010年代重要作家・重要作品名鑑」という記事を寄稿した。

名鑑とか大層な名前になっているが、一口解説リストみたいなものである。内容は実物を参照していただくとして、ここでは選定基準など備忘がてら書いておく。

まず、受賞作特集の一環ということなのである程度SF賞を意識しつつ作品を選定した。一方でSF賞で代表できないものとして、ベストセラーリスト的なもの、あるいはGoodreads的な読者コミュニティの人気というものも加味した。それから年代を代表する個別のトピック、たとえば個人出版であるとか、非英語圏SFであるとか、アフロフューチャリズムであるとか、そういったことにもいくらか目配せした。最終的に、英語圏のSFとその周辺ジャンルの新刊に興味のある読者であれば、読まないまでも聞いたことはあったり積読に入っているだろうというリストになったのではないかと思う。月並みともいう。

振り返ってみるといくらか後悔もある。ヤングアダルトや主流文学への言及は紙幅の都合上弱くなった。『アメリカン・ウォー』とか『西への出口』とかかなり早々に訳されてすげえと思っていたのだが。YAは『レッド・ライジング』だけでも入れておこうかと思ったが、一作だけだと浮いてしまった。SFと産学官の提携(企業発アンソロジーみたいなやつ)も個人的には興味のあるトピックだったが、代表作品という点で悩んでしまったので除外した。今にしてみると、作家と作品を半々ではなく作品の比重を高めた方がよかったかもしれない。ただ作家の方も2010年代の新人を優先していたら、中堅どころに割く余裕がなくなってしまった。ストロスとか……(2010年代の新刊は続刊が多かったから……)。

結局、作家数も書籍数も膨大な昨今で10年間を概観しようとしたら、ひたすら作家と著作を列挙したリストとそれを何らかの分析軸でその都度可視化できる手法などが必要なのかもしれない。この名鑑では筆者個人の視点から切り取った2010年代ということでご容赦いただければ幸いである。

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さて、記事を書くために2010年代に出た本をつらつら見ていたら、重要でもなんでもないがふと思い出した本がいくつかあった。読みかけのもあったりして個人的な紹介ルールに反するが、こういう機会でもないともう言及しないだろうから、ついでに書いてみる。

・The Brotherhood of the Wheel by R. S. Belcher

普段アーバン・ファンタジィなど読まないのだが、「かつて聖地への巡礼を守護していたテンプル騎士団の末裔が、現代アメリカで長距離トラックやタクシーの運ちゃんの秘密結社として邪悪な存在と日夜戦っている」という設定がなんだかウケた。話はほとんど覚えていないが、トラックの運転席にじゃらじゃら下がっててるシルバーアクセが実は護符だったとか、大型トラックバトル(スピンさせてコンテナ部分を叩きつけ合う)とか、そういう細部が面白かった気がする。

・Kings of the Wylds by Nicholas Eames

これは映像化権も売れていてとっくに有名かと思うが、バンド=傭兵団と見立てて伝説のロックバンド再結成ものをエピック・ファンタジィを舞台にやってみたやつ。かつての精悍な仲間がブヨブヨのダメ中年になっていたとか笑いどころが多いのだが、殺伐とした戦闘シーンなんかはやはりグリムダークを通過したファンタジィなんだなと思ったり(ファンタジィは詳しくないので適当にいっている)。

・The Rig by Roger Levy

これは以前マガジンのN&Sレビュウでも取り上げた(2019年2月号だったか)。宗教カルトに支配された惑星での少年たちの奇妙な友情、辺境の惑星で起きた残虐な通り魔事件、宇宙に平和をもたらした人工来世システムといった要素が緊密に組み上がっていって、これでこの半分の長さだったら70年代英国SFの快作!とか取り上げられたのだが、残念ながら600ページあるしそもそも70年代の作品ではない。

結局、しょうもない作品の方が印象深いということが往々にしてあるわけで、2020年代もしょうもないSFを読んでいくぞ!

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