出版業界のブームに乗ってみようと思った結果、「セックス」「セックス」言いすぎてチョー怒られた話

 2000年代後半、不況の極みにあった(今もある)出版業界において「新書ブーム」なるものが起きました。文庫本や単行本に比べてなんか縦に長い判型で、中身は200ページ程度。比較的サラッと読めて、それなりに知恵がついた気になれるアレが、勝間和代らの一連の著作のヒットもあってか、もともと新書を刊行していた版元はもちろん、これを期に新書レーベルを立ち上げてその出版業界的ビッグウェーブ(世間様にしてみればコップの中の嵐)に乗ろうとした版元も入り交じり、毎月本当にたくさん出版されていたことがありました。ぼくにもその見せかけのビッグウェーブの中、初の単著を新書として出版させていただき、あっという間に絶版の憂き目に遭うという素敵な思い出があります。

 また、それに伴い、さまざまな新聞・雑誌・Web媒体において、毎月膨大に刊行される新書をキュレーションする記事を掲載するブームというものもありました。ぼくは当然それにも乗っかり「日経ビジネスオンライン」でいくつかの新書のレビューを書かせていただいたのですが(そのときの担当編集が、今、音楽ナタリーでぼくのあとを引き継いでアニメソング関係のナイスなインタビュー原稿を書きまくっている須藤輝さんなのは、なにかの縁を感じますが)、ある2冊の新書のレビュー原稿を入稿したところ、須藤さん的にはバリバリOKだったものの、テーマがテーマだけに、日本屈指(というか唯一か?)の大経済新聞の名前を冠する日経BPさん的にはアウトだったらしくボツった原稿があります。

 日経BPさんの寛大な措置により「書いた手間賃はやるよ」と原稿料はちょうだいしたのですが、たとえ拙稿とはいえ、世間様の目に触れないままでは成仏させてあげられません。というわけで、以下、ご高覧いただければ幸いです。そしてお読みいただければ「成松、なにやってんの?」「そんなん、日経BPに載せられるわけねえじゃん」ということがご理解いただけるかと存じます。

杉本彩『インテリジェント・セックス』と、穂花『小悪魔セックス』を読み比べ

 ウディ・アレンの監督作に『ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいSEXのすべてについて教えましょう』というものがある。このやたらと長いタイトルではないが、洋の東西を問わず、みんな、夜のアレコレについてなんらかの疑問、悩みを抱えてはいるものの、おいそれと他人に相談することはできないようだ。

 それだけにファッション誌や若者誌はもちろん、新書の世界においても「ハウツーセックス」は定番企画のひとつになっている。

 これまでのハウツーセックス系新書というと、心理学者や医師によるアカデミックなものが中心だった。実体験をもとに書かれたものもあるにはあるが、往年の銀座のホステス・田辺まりこなど、失礼ながら「現役バリバリでヤってます!」という感じに乏しい人物の著作ばかり。

 以前、本コーナーで取り上げられたAV男優・加藤鷹『エリートセックス』は、著者の現役感こそ十分ながら、実は、巷にあふれるハウツーやセックス幻想を否定する1冊だった。

 ところが、新書市場が爛熟期を迎えた影響か、この1月以来、ハウツーセックス系新書の著者に新たな顔ぶれが加えられようとしている。それが、現在進行形で確実にコトをイタしているであろう女子だ。 『小悪魔セックス』の穂花(ほのか)は、昨年末の引退まで不動の人気を誇っていた痴女系AV女優。『インテリジェント・セックス』の杉本彩は、言うまでもなく、テレビの向こうから妖しいフェロモンをまき散らし続ける、あの御仁である。

 1983年生まれ、今年(2009年現在。以下同じ)26歳の穂花は、

〈本来セックスは、男女が一緒に愉しむものであって、どちらかが一方的に攻める行為ではないはず〉

 という問題意識から、若い恋人たちに、女性がリードするセックスを提案し、1968年生まれで41歳の杉本は、

〈友だち以上、恋人未満の微妙な、美しきグレーな関係を楽しむのが、男女の特権〉

 とばかりに、オトナの男がスマートに不倫するためのテクニックを開陳する。

 年齢の違いからか、両書の対象読者は大きく異なるが、いずれも、その豊富すぎる経験をもとに、デートでの振る舞いかたからベッドでのお作法まで、微に入り細に入りレクチャーしている点は同じだ。

■あからさまな言い回しで暴論ぶち放題

 両書のうち、圧倒的に「面白い」のは『小悪魔』だろう。

〈女の子が言う「体の相性」と、男の人たちが言う「体の相性」とは違うのです〉

 なんでも男の語る「体の相性」には、女性の抱き心地といった意味が含まれるのに対し、〈女の子の言う「体の相性」は、お互いのアソコのサイズがピッタリ合うかどうか〉を指しているのだそうだ。米国のドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』(SATC)さながらの身もフタもない言い回しだが、穂花は「それだけ」と断言している。

 さらに、〈自分の体に興奮しているオスのシンボルを見ることは、女として至上の悦びともいえるのです〉、〈女の子はみんな「69」を愉しみたいと思っています〉と、本書の主語は基本的に「女」「女の子」で、口調はやはり断定的だ。つまり、これらの見解は、すべての女性に共通するものだというわけだ。

 また、穂花は、男の気持ちについても大いに語る。女性優位のセックステクニックのひとつとして、男の顔や性器への「唾液垂らし」をオススメするくだりを見てみよう。

〈男の人にすれば、女の子に唾を吐かれるというのは屈辱的な行為でしょう。だけど、焦らされて、体全体が快感を渇望しているときは、女の子の「シテくれる」ことをすべて受け入れてしまうのです〉

 どれもこれも、はっきりいって暴論もいいところだ。

 そして、これらの暴論を彩るのは「アソコのサイズ」「69」「唾液垂らし」のほか、「雑巾絞りフェラ」「指マン」「巨根とヤるとアソコがユルくなる?」……。新聞社の名を冠した本サイトに引用するのがためらわれるフレーズの数々。穂花は、これら、あんまりな言葉を駆使して、お付き合いしている女性を小悪魔に変身させる方法と、「小悪魔セックス」のプレイ内容を解説する。

 貧弱な恋愛経験しか持たない評者には、世の女性が、性の平等のためにベッドで唾液を垂らして男を誘惑する小悪魔になりたがっているのか、はたまた、男性は女性の小悪魔化を望んでいるのか、まるでわからない。また、世の多くの男性が『SATC』にノれないように、あまり共感もできなかったが、およそ新書のものとは思えないその語り口には、確かに笑わせていただいた。

 一方、『インテリジェント・セックス』の場合、一般論の主語が「女性」で、私見は「わたし」。文末は、たいてい「ようです」「思います」「感じがします」で締めくくられる。

〈日本の女性は、ホテルの部屋に入るとシャワーを使わせてと言うことが多いようです。意外と潔癖症の人が多かったりですね。  でもわたしはどっちかっていうと本能派〉

 当たり前の文章作法ではあるが、『小悪魔』のように「それはお前だけっ!」とツッコミたくなることは、まずない。前戯から後戯まで、理想のセックスのありようを詳細に解説するのは『小悪魔』と同じだが、露骨な表現はだいぶん抑えられている。

 しかも「わたし」の話を、単なる私見で済ませはしない。

■セックス界の勝間和代、現る!

 上記引用の直後には、〈互いに高揚してそのまま成り行きでというときに、「ちょっとすいません。シャワー浴びてきます」というのではせっかくのロマンチックな高まりを中断してしまいます〉と続いている。

 必ず、私見を「確かにうなずける理屈」で補強するため、〈視界を奪われたことによって、相手の動きに対する期待や驚きが生まれ〉、〈他の感覚機能が敏感になりますし、また愛撫に集中しやすくなる〉からと、ソフトSMや目隠しプレイを提案する項ですら、読み手に「そういうプレイもアリかもね」と思わせる。その手際はお見事だ。

 また、デートや会食のあるべきスタイルを説く「デート編」の構成も巧い。まるで勝間和代のようなのだ。

 いわゆる「勝間本」の人気の秘密に、具体的な商品名を明示する点がある。

 勝間は、勉強や仕事の武器としてノートパソコンを勧めるとき、「ノートパソコンを使えば仕事がスムーズになる」とはいわない。「パナソニックのLet's Noteを使え」と、買うべき機種を指定することで、パソコンに明るくない読者をしっかりフォローする。

 いくら、〈初デートや誕生日やお祝いの日などの記念すべきイベントのデートで無難なのは、雰囲気のよい高級店だと思います〉といわれても、雰囲気のよい高級レストランなど、まるで知らない人も多いはず。

 そこで杉本も、有楽町「アピシウス」や芝公園「クレッセント」など、実際に自身がデートに使った店名を書き添える。紹介されるのは東京と京都の店だけだが、具体的な情報があれば、他の地域の読者も価格帯や雰囲気の似た地元の店を選びやすい。さらに、巻末には、その店で飲むべきワインの一覧も載っている。

 乱暴な面白さをはらんだ『小悪魔』に比べると『インテリジェント』は、目新しさには欠けている。しかし、それは、どこまでも一面の真実、納得できるお話で貫かれているからにほかならない。半面、夜の生活のスパイスとして痴女的なプレイをオススメするのは、もちろんアリだが『小悪魔』には、もう少し「書き方」というものがあったはずだ。

 ネタ本、タレント本に真顔でツッコミを入れることほど野暮な話はないが、小悪魔 vs アラフォーのセックス対決の軍配が、アラフォーに上がったことだけは間違いないだろう。