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それでも2020年上半期のベストソングを選ぶ

 良書『リズムから考えるJ-POP史』の著者・imdkmさんが

と呟いていらっしゃった。

 まったくもっておっしゃるとおり。2020年6月が終わらんとしている今、各所で今年上半期のベスト盤を紹介する記事を目にするが、ぼくは別に優劣を決めるために日々音楽を聴いているわけではない。

 ただ、他方で今年頭(昨年末?)からの新型コロナ禍である。ライブやCDリリースが軒並み中止・延期になるなど、ぼくらを取り巻く音楽事情(どころの騒ぎじゃない。社会情勢)は大きく変容した。それだけにこの状況にあって、ぼくはどんな音楽を聴いて多少なりとも勇気づけられたり、なにかを考えさせられたりしたのかを記したくもある。

 そこではなはだ簡単ではある上に、アイドルポップ限定ではあるものの、以下にこの1月から6月までによく聴いていた3作品を羅列しておきたい。

クマリデパート「ネコちゃんになっちゃうよ〜」

 生まれながらに根性がひん曲がったぼくは、クマリデパートが普段指向している“The 王道アイドルポップ”については心の底からはどっぷりハマれないでいた(いずこねこ、Maison book girlの楽曲も手がけるサクライケンタをプロデューサーに据えているだけあって、そのクリエイティブのレベルの高さは理解しているつもりだけど120%ノレるかというとまた別の話)。ところが、今年3月にリリースされたシングル『サクラになっちゃうよ!』のカップリングであるこの曲「ネコちゃんになっちゃうよ〜」には驚かされた。

 シンプルに因数分解してしまえば、この曲はEDM、フューチャーベース仕立てのバックトラックに、ボーカルともスキャットともつかない、かわいらしい女の子の歌声が乗っかる、まさに「アイドルポップ」だ。しかし動画をご覧のとおり彼女たちの歌割りやマイクリレーのさせかたはなんかヘンだし、ガチのダンス感の強いオケの上で、その歌声はなかなか奇妙なタイミング・リズムでカットアップされている。素晴らしいまでにストレンジだ。

 ついでに言っておくと、ぼくはラブソングや人生の応援歌のような、いわゆるメッセージソングが苦手だ。もはや46歳。立派な初老の身なれば、ぼくより年若い連中に説教じみたことや教訓めいたことなどホザかれたくない。「うるせえ、バーカ。ガキがなに言ってんの?」となる。

 その点、この曲においてクマリデパートメンバーが歌っていることといえば

昼に起きて寝坊 自己嫌悪どうしよう
ネコちゃんになっちゃうよ〜
ニャニャニャニャにゃ!
シャシャシャシャしゃ!
もうやだよ〜
カレーうどんは飛ぶし

 徹頭徹尾、無意味だ。「だからどうした」というリリックが羅列される。さらに1コーラス目、2コーラス目のサビ、大サビのド頭では

意味なんて無いよ ネコになりたいよ

 クラブ映えしそうなバッキバキのダンストラックに乗せて、自ら歌っていることに「意味なんて無い」ことを高らか宣言している。健康や医療のありよう、ひいては社会や働き方や政治のありようについて否が応でも頭を悩ませなきゃいけないご時世だからこそ、逆にこの底抜けなオケと言葉に浸りたい。

 さすがだぜ、さおてゃん

代代代『∅』

 虎の威を借る狐丸出しで非常に恥ずかしいのだが、ぼくが仲よくさせていただいている、非アイドルソング界隈の先輩音楽ライターや音楽家のみなさんも高く評価している、関西拠点のアイドル・代代代の最新アルバム。

 関西ゼロ年代界隈のバンドや、I Hate Modelsみたいないい意味で“斜め上な”ダンスミュージックプロジェクト(あとL'Arc~en~Ciel)をレコメンドしているトラックメーカー・小倉ヲージによるデジタルハードコアライクな楽曲群がたまらなく好きでけっこう長きにわたって追いかけているが、今年5月下旬にその最高到達点をマークしてくれた。

 特にぼくやその周辺で評価が高いのがアルバム収録の「ボロノイズ」。ハチロク(6/8拍子。それとも3/4?)から7/8拍子に展開しループし続ける、ありていに言えば“あたおか”、Neu!やEinstürzende Neubauten、Tool、Foetusのようなトラックに乗せて、美少女5人がエモーションに頼らない読経的な歌声を13分にわたって聴かせ続けるも、なぜかエッジィなアイドルポップとして成立している。このバランス感覚は白眉。ほかにも“間違いだらけのUnderworld”といった風情の「愛ね暗いね」や、“間違いだらけのジュリアナテクノ”「OH! HAPPY DIE」もオススメ。

 繰り返しになるが、ぼくはメッセージソングが大嫌いだ。そういう人間にとっては「愛ね暗いね」(=アイネ・クライネ[アイネ・クライネ・ナハトムジーク]のダジャレ)というタイトルや、「OH! HAPPY DIE」の

正解は問題の後で
ダモ鈴木だもん

というリリックも好ましい。

 当たり前じゃねえか。問題を出す前に答えを教えてどうすんだよ! そしてダジャレか!

 やったぜ、なむちゃん

The Grateful a MogAAAz「ナイトトリッパー・イェー!!」

 The Grateful a MogAAAz(モガーズ)の姉貴分、めろん畑a go goの中村ソゼさんがスマホ片手にバックステージから撮ったファンカム映像ならぬ“対バンカム映像”くらいしか音源(ボーカルが立ちすぎているのはご愛敬)がない曲なので、ピックするのは恐縮だが「ナイトトリッパー・イェー!!」はBO GUMBOSが1990年にリリースしたシングル曲のカバー。

 ぼくは美意識バリバリのバンドがレコ社やマーケットの要請=ゼニの力と折り合いをつけつつ(なんなら敗北して)リリースしたであろう楽曲が好きだ。電気グルーヴ「Shangri-La」とかBLANKEY JET CITY「青い花」とかSOUL FLOWER UNION「向い風」とか。「そろそろシングルヒットを」と無責任極まりないことを言いやがるレコ社と己の作家性の結節点・妥協点を求めてキャッチーたることに試行錯誤をしつつも、それでもぼくら聴き手に「さすが電気!」「さすがブランキー!」「さすがソウルフラワー!」と思わせる、そのバンドならではの矜恃をも示してくれている“売れ線楽曲”を聴くとゾクッとする。

 おそらくBO GUMBOS「ナイトトリッパー・イェー!!」もそういう楽曲だったんじゃなかろうか。ボ・ディドリー、ひいては米国南部のロックンロールへのラブ丸出し、わかるヤツにはわかる、踊れるヤツは踊れる泥臭めの音楽をやっていた彼らが、この曲においてはサウンドをソフィスティケート。音使いや歌詞の中に米国南部らしい猥雑さを残しつつも、パッと聴きは誰しもが盛り上がれるロックンロールナンバーを作り上げている。それゆえに「こんなのBO GUMBOSじゃない」とおっしゃる方も少なくない気もするが(彼ら自身、この曲をオリジナルアルバムには収録していない)、ぼくは表現欲求とビジネスの理屈のギリギリのせめぎ合いが大好物。それこそがメジャーで活動するということなんじゃないかとすら思っている。だからこそ、この曲はBO GUMBOSの中でも特に好きだ。

 翻ってサイコビリーアイドル・めろん畑の妹分たるモガーズはこの曲をいかように料理したのか?

 結論からいえば、ほかのモガーズ楽曲同様、80年代MTV的なキラキラシンセポップに仕立て直している。しかしながらギターフレーズの端々で、BO GUMBOSのメンバーにして、今は佐野元春のサポートバンドの一員などとして活躍する名うてのギタリスト&ピアニスト・Dr.kyOnのプレイを思わせてくれるなど、原曲に対するリスペクトも忘れてはいない。

 返す返すもモガーズバージョンのオフィシャル音源がいまだ存在しないのが口惜しいが、以下のオリジナル版のライブ映像などをご覧いただいて、「へえ、この曲をカバーするアイドルがいるんだ」と理解、なんとなれば「スゲーじゃん」と思っていただけるととてもうれしい。

 カッチョいいぜ、名波

 カッチョいいぜ、あみころ

 あとモガーズはこの曲をDr.kyOn、永井利充、岡地明というBO GUMBOSオリジナルメンバーをバックにプレイしてくれたらいいな。

余談

 ちなみにぼくの“本業”であるアニメソングの世界においては、今年の楽曲ではないものの、昨年末、LiSAがリリースしたシングル曲「unlasting」を今なお愛聴している。『NHK紅白歌合戦』でパフォーマンスしたこともあり、彼女といえば「紅蓮華」ばかりが注目されがちではある。しかし、音数をギリギリまでシェイプする(一番派手に聴かせたいサビにおいても、平歌では鳴っていなかった別の楽器を足すのではなく、ただただ低音部——ベースとキックを重たくするだけ)など、エモちらかした「紅蓮華」の次作としては、あまりに対照的で、かなり挑戦的かつ意欲的なこの曲でしっかりヒットを記録している。この事実はLiSAと彼女のサウンドチームがネクストフェイズに入った証拠なんではなかろうかと思っている。

 ボーカリゼーション以上にやたらと立体的なその音場で聴かせるLiSAナンバーというのはすごく新鮮だし、面白かった。

 スゲーぜ、LiSAさん!