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アルバムレビュー:Arctic Monkeys 「The Car」

はじめに

このアルバムを聴いた感想/レビューについて、つらつら書いていこうと思います。
Arctic Monkeysは中学生の頃からずっと聴き続けているバンドのうちのひとつで、毎回リリースを楽しみにしています。
そんな過度な期待をしながらも、毎回、最高傑作と言えるアルバムをリリースしてきます。

今回はそんなArctic Monkeysの新作、「The Car」について一曲ずつレビューしたいと思います。個人的な曲の評価を5段階の☆マークでつけています。

レビュー

1. There'd Better Be A Mirroball

★★★★★
このアルバムからの1stシングルとしてリリースされたこの曲は、アルバム全体の方向性を示しています。
イントロからストリングスとピアノが素晴らしく、まるで劇場の幕が上がっていっている情景を連想させます。今年リリースされた大好きなFather John Mistyの新譜にも通ずる部分があり、漏れなく心にブッ刺さりました。
ミドルテンポでスローな曲ながら、アレックスのボーカルワークもあり、非常に情熱的なナンバーとなっています。
後半のストリングスが入ってくるところからピークを迎え、アレックスのファルセットが心地よく響き、アウトロではパーカッションが効いており、エキゾチックな雰囲気でこの曲は終わります。
歌詞は別れを連想させるもので、アルバムの中でも一番解釈がしやすいかなと思います。
"Mirrorball"というのも"Dancefloor"を連想させるもので、なんだか初期曲との対比を感じてしまいます。今作では、バンド結成20周年ということもあり、過去に対して書かれたであろう歌詞が所々で見受けられます。
新作を引っ提げたツアーでもこのミラーボールがステージデザインのモチーフになっていたり、この曲が今のArctic Monkeysを1曲で表すにふさわしい楽曲だと思います。

2. I Ain't Quite Where I Think I Am

★★★★★
このアルバムの中で、一番最初にLive Debutした曲。その理由も納得できます。
ライブではファンク色が非常に強く感じ、ワウギターという今までArctic Monkeysが使ってこなかったツールを全面に押し出しています。
前曲のアウトロでパーカッションが効いており、そのエキゾチックな余韻のまま、この曲でもパーカッションが活かされています。歌詞でも海岸から見える島の様子が出てきたりと、どこかエキゾチックな雰囲気が曲全体で漂っています。
Arctic Monkeys(作曲者:Alex Turner)の大きな特徴でもありますが、リズムの前後に自由自在に動くアレックスのボーカルと、それとはズレて進行していくギターとベースがこの曲でも非常に表されており、今のロックバンドでこんな曲を書くのはArctic Monkeysだけなんじゃないかと思ってしまいます。
そして、前作(The Last Shadow Puppetsでも)から多用されているストリングスもライブバージョンより全面に出ており、ブリッジでのリズム隊がフェードアウトしていく部分は本当に圧巻です。コーラスワークについても、アルバム全体のなかでも最も美しいものとなっています。

車を走らせていて、どんどん情景が移り変わっていくように、この曲もファンクからバラック調に、そしてまたファンクに…というようにイメージが移り変わっていくのが車窓を眺めているのと同じように楽しく、興味深いものにさせています。

3. Sculptures Of Anything Goes

★★★★★
さまざまな媒体からこの曲に関するレビューが事前に出ていましたが、総じてAMのようなダークな雰囲気を醸しつつも、今までのArctic Monkeysにはなかったような曲、と評していました。
本当にその通りだと思います。
何といっても作曲にギターのJamie Cookが加わっているのが、それを大きな要因とさせていると思います。
Jamie Cookのギターサウンドは、重くのしかかってくるような音が特徴的ですが、そのサウンドが非常に活かされています。
曲のサウンドや構成も非常に特徴的で、音数が少なく、低音で、なおかつ壮大な仕上がりとなっています。
雰囲気としては、Leonard Cohenの遺作である『You Want It Darker』に通ずるものを感じました。
後半からは、素晴らしいストリングスが曲をさらにダークでスケールの大きいものにしています。

また、アルバムを通して聴いたときに、良い意味でこの曲の異質さが際立ってきます。Arctic Monkeysの作品には、次回作につながるヒントがアルバムの中に隠されています。前作ではOne Point PerspectiveやFour out of Fiveのアウトロがそれにあたると思いますが、今作ではこの曲が次回作への"リハーサル"となっている可能性は高いなと感じました。
今作の中でも非常にお気に入りな一曲です。

4. Jet Skis On The Moat

★★★★☆
これも大好きな曲です。世界最速試聴イベントではじめて聴いたときは、あまりの良さについニヤけてしまいました。
こういうスローテンポのバラードはかつてもあったものの、ワウギターの効いたブルージーなバラードは無かったんではないでしょうか。
今作で特徴的なささやくような悲しげなアレックスのボーカルワーク(まるでフランクシナトラ)は、静かでブルージーな雰囲気に非常に合っています。今作で特徴的なストリングスも、この曲では鳴りを潜めています。
この曲は一貫して音数が少なく、ストリングスの代わりに裏で鳴っているオルガンも、その哀愁感に繋がっていると思います。たまに入ってくるハイハットも絶妙です。
後半からのスライドギターも絶品でした…
いやぁ〜、良いなぁ…

余談ですが、タイトルのMoat(お堀)でジェットスキーというシチュエーションがシュールですね笑

5. Body Paint

★★★★★
ここまで来るともう圧巻です。
シンセが前作のようなSF感を引き立てているものの、基本的には地に足着いた生音を中心としたバンドサウンドです。
そして中盤からはもう圧巻です。
ビートルズを連想させるようなストリングスにコーラスワーク。こんなん良いに決まってますよ、アレックスさん。。。
"I'm keeping on my costume"という歌詞がアレックスらしくてフフッてなりました。
そして、アウトロ。紛うことなきDavid Bowieのあのサウンド。そう、ミックロンソンです。
あのギターソロをはじめて聴いたときは『おお!!??』と思わず声が出てしまいました。
BeatlesとDavid Bowieが大好きな私にとって、この曲は最高ですね。。。
この曲には脈々と受け継がれている伝統的なロックミュージックに対するリスペクトと自分たちがそれを背負っていくんだという強い意志が見え、本当にこのバンドを好きで良かったと思えました。
BeatlesやDavid Bowie、Leonard Cohenの意志は確実に受け継がれています。

6. The Car

★★★★★
タイトルトラックなだけに期待していた曲。
(追記:リリースから1ヶ月経ちましたが、繰り返し聴いていたらこの曲がとてもお気に入りになりました笑)
印象としては、Leonard CohenやBurt Bacharachのようなアコースティックでオーケストラ主体のバラックポップ。
B面のオープニングトラックに相応しく、A面のオープニングトラックと同様、このアルバムの方向性を決定づける一曲だと思います。
A面では所々でブルージーなギターサウンドが多用されていましたが、B面はプログレッシブなギターがフィーチャーされている印象で、この曲でも後半でそのようなギターソロが登場してきます。
歌詞も今作の中では最もポエトリックなものになっており、意図的にイギリス英語の"fetch"を使ったり、"You can arrive at 11 and have lunch with the English" とあるように、Britishな印象を強く受けました。
歌詞から解釈するに、主人公(イギリスが故郷なのかな)はおそらく幼少期に慣れない地(おそらくフランスやイタリアか)での休日を家族と過ごしているのかな、と感じ取りました。
単純に80年代にイギリスで生まれたアレックスターナーが生まれてもいないのに、こんなにも曲調や歌詞から60年代のヨーロッパを連想させるイメージを作れるのが本当にすごいなと思いました。もしやアレックスターナーはタイムトラベラー…?

7. Big Ideas

★★★★☆
先日のStudio Brusselにて初披露されたこの曲。
あまりライブバージョンとは変わらない印象で、ただただストリングスのアレンジが美しく、展開がアツい曲でした。
後半でのギターソロもおそらくFour out of fiveと同じくトムローリーによるギターソロかなと思いますが、本当に彼のギターはプログレッシブで良いですね。(特にあの半音ずつ上がっていくあのパート!)

また、この曲は歌詞からもあるように、現在のArctic Monkeysについて言及しています。
どうしても大衆の多くは1stや2nd、5thをフェイバリットに挙げる人が多く、中々ここ最近のArctic Monkeysの目まぐるしい進化に理解しきれていない印象があります。Arctic Monkeysとしては、今作のような方向性にシフトしていきたいが、ライブでは1stや2ndのような曲を求められる。そんな心の中の葛藤を赤裸々に告白しているように思えます。
私は、Arctic Monkeysについては、決して過去と同じ道は辿らない進化しつづけるバンド(もう過去のアルバムは別バンドの作品とすら思っています)だと認識しています。
自分自身も飽きっぽい性格なので、あんなに高校生のころに聴いていたAMですらくどく聴こえることがあります。ましてや、1stや2ndは聴いていて少し疲れを感じてしまうほどです。
"The ballad of what could've been" とあるように、もうライブではやらなくなってしまった曲を引き合いに出し、今作でのターゲットリスナーが過去作のものと大幅に変化していることを示しています。故に過去作でArctic Monkeysにハマって、その価値観のままでいるリスナーには、前作や今作はあまりピンとこないのかもしれません。
結成当初の10代であったアレックス本人も2022年にこんなバンドになっていることを想像できなかったでしょう。あの頃夢見たロックバンドの形とは全く異なるもの(オーケストラに取り込まれている)になっていることに対して、バンド結成20周年という節目を迎えて結成時に思いを馳せようとしますが、あの頃の自分には決して戻れない不可逆的なものを感じているのだと思います。
今作もライブでのパフォーマンスという観点を抜きにして、どれだけ”良質な音楽”を作れるかを重視して、ストリングスのアレンジをふんだんに用いていることからも、いつの日かビートルズのようにスタジオミュージシャンになってしまうかもしれないな… と考えてしまいました。
私はArctic Monkeysがどんな方向性に進もうが、その時点での彼らを最大評価しますし、それを受け入れていく強い意志を持って、彼らの作品を聴き続けていきたいと思います。

8. Hello You

★★★★☆
このアルバムで最初にデモが出来上がったというこの曲。Arctic Monkeysらしいギターリフと今作での大きな特徴であるストリングスとシンセサイザーが奏でるハーモニーが非常にゴージャスな印象を与えるナンバーです。
このアルバムのなかではアップテンポの部類に入るこの曲ですが、1stや2ndのような青々しいものではなく、かつ3rdのようなダークかつ凶暴なものでもなく、4thや5thのようなロックンロールなものでもなく、円熟味を増した新たな方向性を示しています。
The Kinksの"Two Sisters"やスコットウォーカーのようなバロックポップに、AMのようなギターリフをのせてくるあたりが本当にこれこれ…!という気持ちにさせてくれます。(前作ではFour out of Fiveがそのような立ち位置だった) そのためAMなどをよく聴いているリスナーには非常に刺さったのではないでしょうか。
だだそのギターリフが前面に押し出されているわけでもなく、ギター、ストリングス、シンセ、ピアノ、パーカッションがそれぞれ素晴らしい塩梅で構成されており、シングルカットされていてもおかしくないくらい聴きごたえのある一曲でした。
この曲では転調が多用されていますが、それも違和感無くスッと聴けるのが何だかジョンレノンみたいだなぁ…と思いました。
海外のリスナーの多くもこの曲をフェイバリットに挙げてるのも頷ける至極の一曲です。

9. Mr Schwartz

★★★★☆
展開は変わり、アコースティックな一曲。
先月行われたBrooklynのKings TheaterにてLive Debutしており、現地からのリポートではアレックスとトムローリーの弾き語りが基調だった様ですが、スタジオバージョンではベースとドラムもレコーディングされており、タイトルトラック同様にLeonard CohenやBurt Bacharachを彷彿とさせます。
これまでArctic Monkeysの楽曲ではフィンガーピッキングを用いたものがあまりありませんでしたが、今作ではそれも多用し、新たな可能性を模索していたのが伺えます。(ワウも同様)
ただ、歌詞においては"dancing shoes"や"velteteen suit"から1stの青々しい時期や5thの時期の着飾ったステージ衣装を連想させます。
個人的な解釈ですが、これは過去の自分を突き動かしていた得体の知れない原動力をMr.Schwartzという架空の人物に例えているのかなと感じました。バンドの音楽の方向性や身に纏う衣装まで、このMr.Schwartzがプロダクションに関わっているように解釈できます。
さきのBig Ideasで出てきましたが、1stの頃からの大きな変化に対する『なんでこうなったんだっけ?』という答えのない問いに、自分の中に複数の人格を持たせることで無理矢理に答えを出そうとしているもどかしさが伝わってきます。
(リリース前は、この"Mr.Schwartz"というのは、詩人のデルモアシュワルツのことかと思っていました)
この曲もアレックスの内省的な部分を色濃く反映させた一曲なのかなと聴いていて感じました。

話は変わりますが、Spotifyで『Del Schwartz』というプレイリストがリリース前から存在しており、音楽の方向性からも巷ではアレックス本人によるプレイリストなのでは?と話題になっていましたね。(先日のインタビューで否定していましたが、プレイリストを知ったときのアレックスのリアクションが面白かったです笑)

10. Perfect Sense

★★★★★
今作で最もお気に入りな曲です。
この曲によって、Arctic Monkeysはもうガレージロックバンドではなく、バロックポップバンドだということを知らしめたことでしょう。そして、前曲からの流れが本当にPerfect Senseです。
エンディングにふさわしいこの曲は、往年のウォールオブサウンド、バロックポップに名を連ねても全く遜色ないと思います。
一曲目などはピアノを主軸に曲が書かれている印象でしたが、この曲はアレックスのアコースティックギターによる弾き語りを素晴らしいストリングスアレンジでビルドアップしていった印象を受けました。
曲の雰囲気やドラムからも、私も大好きなDionの"Born to be with you"に収録されている"Only You Know"への多大なるリスペクトを感じ、アレックスがどれだけこの曲を愛しているかがヒシヒシと伝わってきます。
もう本当にこの曲のストリングスは泣かせにきてますね…
アルバム内の他の曲では、アウトロでさらに大きく展開し、どんどんスケールアウトしていっていましたが、この曲はそういったこともせず、曲の長さが3分以内におさまっています。それ故に、曲が終わってしまったときの余韻がとても引き立ちます。
歌詞では、15世紀イングランド王室の一員であるリチャードプランタジネットがオープニングアクトを楽しんでいたり、数百万円単位の大損をしてしまっていたりと、彼が我を見失って引き際を見誤ってしまっている様子が描かれています。
自分の中で区切りをつけて終わらせればいいものの、制御が効かない自身に対して助言をしてくれる相手を探しています。(ただ、世間ではそういった方とは距離を置くような人も多く、この登場人物はそこに悩みを抱えているのかなと思いました)
前述しましたが、それとは対照的に曲自体がとても短く終わってしまう点に一種の諦めを感じているように思えました。
 

おわりに

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
このアルバムはArctic Monkeysのなかでも最高傑作だと確信しています。(次作がリリースされたら、またその作品が最高傑作と感じていると思いますが…笑) なんと言ってもこのスケールと濃度で40分以内におさまっているのが本当に驚きです。
細部にまで拘り尽くされたサウンドや、毎度のことながら様々な解釈ができる歌詞、伝統的なアーティストに対するリスペクトなど、本当に圧巻です。
これからもArctic Monkeysは自分にとって欠かせない存在です。
来日してくれることを願っています。

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