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路上ものがたり

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路上で撮った写真から物語を考えます。
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#短編小説

ある日。

ある日、私は自宅の家の壁に針金で縛りつけられていた。 そこから毎日、家の前で遊ぶ子供の姿、買い物へ出かける妻の姿、そして、何の用があるのか、朝だったり夕方だったり、家を出入りしている自分の姿を眺めていた。 こういうことがあった。 子供がチョークで地面に絵を描いているとき、近所の少年たちがやってきて何を描いているのかと尋ねた。 「父ちゃん」 そう答えた子供は、立ち上がると、地面に描いた横たわる白い棒人間の絵を少年たちに見せた。私もそれを見た。 少年たちが、お前の父ち

再会

夜勤の長い一晩が明けて、駅までの道を歩いているといつもの派手なゴミ捨て場に見覚えのあるぬいぐるみが居た。 たぬきのぬいぐるみ。 そうそう、どこにでも売っているものではないはずだ。彼に間違いなかった。 ぽんすけ。 僕が4歳の時、そのぬいぐるみは叔父の彼女がプレゼントしてくれたものだった。 僕はその人とは二回だけ会ったことがあって、ぬいぐるみを貰ったのは最初に会った時だった。 叔父が遊園地のストラックアウトで高得点を出して手に入れた景品だった。それを彼女へプレゼントし

幸子とはっちゃん

二人は今朝から、妙に口数が多かった。 「今日もいい天気だねぇ。雨降ると錆びちゃうからありがたいわぁ!」 「錆びるくらい何よ、向かいの看板見てご覧なさいよ割れちゃって中が丸見え、グロテスクよ。私たちって恵まれてるのよ」 「ねぇ今日何曜日だっけ」 「ねぇチー坊、どうしたのよそんなに暗くなっちゃって」 幸子とはっちゃんは、生まれてこのかた15年、いっときも離れることなくずっと一緒に居た仲間である。私たちは、3人1組のバックコーラスとしてカラオケ りっちゃんのお客さんたちを盛り上げ

スーパーモグラ登場

給湯室に置いてあったお土産の草加せんべいを見て、 「誰のお土産ですか煎餅って......渋いな。人に貰って要らないから持ってきたんじゃないですかね(笑)」 と、軽い気持ちで言ってしまったが、あれは白田さんのお土産だったらしい。 そう言われた白田さんの顔は青ざめていたし、あとで人に聞いたところ白田さんは無類の草加せんべいマニアで、なんと深夜番組にも「365日草加せんべいを食べる女」として出演したことがあるらしい。 話すきっかけを探しただけだったのに、とんでもない地雷を踏んで

待ち合わせの相手

ネットで最近、やりとりしている人がいる。 ハンドルネームは「も」さん。以前、女性限定のトークイベントに参加した時に同じ会場にいた人で、共通の趣味は酒場巡り。留学生だそうなので、おそらく同世代。行動範囲も似ているので、今度日の出町で一緒に飲みましょうということになった。 当日を迎え待ち合わせ場所に着いたが、「も」さんはまだ来ていないようであった。 五分過ぎた。 DMを見るとメッセージが来ている。 「もう着いてます!黒いコートですか?」 「そうです!もさんどこいらっし