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路上ものがたり

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路上で撮った写真から物語を考えます。
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#小説

再会

夜勤の長い一晩が明けて、駅までの道を歩いているといつもの派手なゴミ捨て場に見覚えのあるぬいぐるみが居た。 たぬきのぬいぐるみ。 そうそう、どこにでも売っているものではないはずだ。彼に間違いなかった。 ぽんすけ。 僕が4歳の時、そのぬいぐるみは叔父の彼女がプレゼントしてくれたものだった。 僕はその人とは二回だけ会ったことがあって、ぬいぐるみを貰ったのは最初に会った時だった。 叔父が遊園地のストラックアウトで高得点を出して手に入れた景品だった。それを彼女へプレゼントし

幸子とはっちゃん

二人は今朝から、妙に口数が多かった。 「今日もいい天気だねぇ。雨降ると錆びちゃうからありがたいわぁ!」 「錆びるくらい何よ、向かいの看板見てご覧なさいよ割れちゃって中が丸見え、グロテスクよ。私たちって恵まれてるのよ」 「ねぇ今日何曜日だっけ」 「ねぇチー坊、どうしたのよそんなに暗くなっちゃって」 幸子とはっちゃんは、生まれてこのかた15年、いっときも離れることなくずっと一緒に居た仲間である。私たちは、3人1組のバックコーラスとしてカラオケ りっちゃんのお客さんたちを盛り上げ

スーパーモグラ登場

給湯室に置いてあったお土産の草加せんべいを見て、 「誰のお土産ですか煎餅って......渋いな。人に貰って要らないから持ってきたんじゃないですかね(笑)」 と、軽い気持ちで言ってしまったが、あれは白田さんのお土産だったらしい。 そう言われた白田さんの顔は青ざめていたし、あとで人に聞いたところ白田さんは無類の草加せんべいマニアで、なんと深夜番組にも「365日草加せんべいを食べる女」として出演したことがあるらしい。 話すきっかけを探しただけだったのに、とんでもない地雷を踏んで

都庁職員はつらいよ

※この内容は完全にフィクションです。 これで135箇所目だ。 都庁職員となって2年目の私は、今年から都内の違法広告殲滅事業のメンバーに加えられた。繁華街を中心に、電柱や使用されていないシャッターに無断で貼られる広告に対し警告を行うのが私の現在の主な仕事だ。 特に多いのは電柱だが、ガードレールや街路樹も次いでその被害に遭うことが多い。求人広告、不動産広告、迷い猫の捜索、手袋や家の鍵など落とし物がビニールに入れられて直接貼られ「落とし物、お心当たりの方お持ちください」な

「前」と「し」を集める女

角の八百屋には娘がいる。彼女は木曜日と金曜日だけ店に立つ。顔立ちがよく愛想もいい文字通りの看板娘だ。 しかし、私は必ず木曜日と金曜日を避けて野菜を買うようにしている。私には彼女の習慣がどうしても苦手なのだ。その習慣のことを思うと、まるで常人然として「今日はブロッコリーが安い」だの「八つ頭が入っている」などと野菜を勧めてくる彼女の姿が異様に思え、いや、それだけではなく野菜を買っている主婦たち、ひいてはこの街の住人全てが異様に思え、たかが野菜を買うのに余計な脂汗をかく羽目になる

野良サラリーマンを逃した

野良サラリーマンを逃してしまった。彼を見つけたのは昨晩だ。コンビニの前で横になっていたところを通りがかりのおじさんにいじめられていたので助けたのだ。おじさんはこちらが傘を振り上げると走って逃げていってしまった。 「もうつかまるんじゃないよ。ここは危ないからあっちへ行くんだよ」  どうやら彼はこちらの言葉がわかるようで名刺入れから自分の名刺を渡してきた。でも私が受け取る前に引っ込めて気まずそうにした。野良だから、いろいろあるだろうと察してそのときは何も聞かなかった。そのまま