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サッカーコーチの指切断事故で見た、オランダの子供ケアの厚さ

ある水曜日の夕方、オランダっぽく細かい雨がしょぼしょぼ降る中、子供たちのサッカートレーニングは実施された。雨の日も大抵、サッカーは中止されない。コロナ対策で親は見学ができなくなってしまったため、私は子供たちのトレーニング中、近所の友人の家でおしゃべりしながら1時間を潰した。

夜7時になり、サッカークラブの出口のところで子供たちを迎えたところ、子供たちは興奮しながら口々に言った。

「トレーニング中、フランクの指がほとんど取れちゃったんだよ!」

「指がブランとぶら下がっていたんだよ!」

「顔にも血が付いていたんだ!」

指は切断された。

フランクは子供たちの親の1人。ボランティアでトレーナーを引き受けてくれている。事故の後、すぐに救急車で病院に運ばれ、もう1人のトレーナーがトレーニングを続行したらしい。

その日の夜、事情を知る親の1人が、チームのグループチャットを通じてメッセージを送ってきた。

それによると、フランクはトレーニング中に柵を超えて飛んで行ってしまったボールを取りにいこうと、柵を上って飛び降りた際、指をほぼ完全に切断してしまったという。それだけではちょっと状況がよく呑み込めなかったのだが、指が取れたと想像しただけで、腰のあたりがゾクッとしてしまった。気の毒なフランク……。

チャットでは親同士が相談して、フランクの近所に住む1人がチームを代表してお見舞いの花束を持っていくことになった。

次の日の夜、今度はフランクからグループチャットにメッセージが入った。

「皆さん、私はチームの男子たちの間で“ワイルドな話”が横行しないよう、ちょっと説明したいと思います。長い話を短くまとめると、私は昨日、指輪をフェンスに引っ掛けてしまい、そこで指がほぼ完全に引き裂かれてしまいました。病院では外科医が「指を維持するとはできない」と結論付けなければなりませんでした。それで、指は切断されました。現時点で私は大丈夫です。一般的に回復は非常に速いそうです。

すごく独特な状況なので、これが子供たちにどんな影響を与えたのか、私には正確に予測することはできません。私は今週土曜日の練習試合の後、サッカークラブのカフェテリアのテラスで、子供たちに何が起こったのかを説明しようと思います(詳細は述べずに……)。

もし、あなたがたの子供にとって、それが強烈だと思うなら、もちろんお知らせください」

短い薬指

土曜日は秋晴れの気持ちのいい朝だった。7対6で練習試合に勝利した子供たちは、みんな充実感に満ちた顔でカフェテリアのテラスに集まった。コロナ対策で両親は本来、サッカークラブの敷地内に入ってはいけないことになっているが、この時は例外的に両親の参加も認められた。

フランクは元気そうだった。彼の瞳の色と同じ、薄い水色のトレーナーを着て、「ハイ」とニコニコしながら挨拶した。ケガをした右手は始終トレーナーのポケットの中に入れたままで。

子供たちが長テーブルに着くと、ロルフが自宅から持ってきたホットチョコレートを紙コップに注いだ。そして、フランクの息子がまるで自分の誕生会のように、得意げにポテトチップスの小袋を配って歩いた。子供たちは早速、ポテトチップスとホットチョコレートを楽しみながら、フランクの話に耳を傾けた。

「みんな知っているように、水曜日に僕は事故で指をケガしてしまいました。たぶん、すごくショックを受けた子もいると思うけど、そんなに怖がることはないんだよ。今、右手の薬指はなくなっちゃったけど、僕は大丈夫。これは事故で、仕方がないことなんだ」

すると子供たちからは、

「今、指はどうなっているの?」

「指を見せてほしい」

「見たい、見たい!」

という声が次々に上がった。

フランクは一瞬躊躇したが、

「じゃあ、見たい子には見せるけど、見たくない子もいると思うから、そういう子は別の方を見ていてね」

と言って、ポケットから右手を取り出した。何人かの子供は目を伏せていた。

手はもちろん包帯に包まれていたが、薬指のところは短かった。

子供たちはひどい傷口が目の前に展開されると思っていたのかもしれないが、きちんと手当てされた包帯の手を見て安心したのか、ちょっと朗らかになった。

「くすり指でよかったよね!親指だったら、もっと大変だった」

「小指でも困るよ、鼻クソがほじれなくなる!」

子供たちのざわざわが少し収まると、フランクは「何か質問のある人?」と言った。

すると、1人が手を挙げて「実際にどうやって指が取れちゃったの?何が起こったの?」と質問した。

フランクは柵を乗り越えようとした時に、指輪が柵に引っ掛かったことを丁寧に説明した。そして、

「こんなことで指を失うのは、とても残念なんだけどね……事故だから……」

と言うと、子供のうちの1人が

「しょうがない」と続けた。

子供たちへのプレゼント

みんなが事故の真相を知って納得したところで、周りに立っていたサッカークラブの職員のおばさんが、今度はフランクに変わってしゃべり始めた。

「私は普段、あなたたちの試合を計画したり、試合場所をアレンジしたりしているスタッフです。フランクの話を聞いて、私たちも何かしたいと思いました。そこで、あなたたちへのプレゼントを考えたのだけど、おもちゃ屋さんが閉まっていたので、みんなにボールをプレゼントすることにしました」

そこで、青・グリーン・黄色が鮮やかな、カラフルな真新しいボールがみんなに1個ずつ配られた。子供たちは思わぬプレゼントにみんな驚いて、喜んだ。そしてフランクのケガのことなどすっかり忘れたように、早速、カフェテリアの脇で小さな「試合」を始めた。

両親たちはクラブのおばさんに礼を言い、何となくフランクの周りに集まった。

「子供たちに説明してくれて、本当によかったと思う。あなた、とてもよくやったわ」

「うん、子供たちは納得したと思う」

「フランク、お大事にね」

みんなはピカピカのボールを手に、それぞれ自転車や車に乗って家路についた。

フランクがケガをして、子供たちはプレゼントやポテトチップスをもらった。子供たちがこんなに手厚いケアを受け、私は少々恐縮してしまったが、同時に、オランダでは子供が本当に大切にされているんだなあ……と、深く感動もしていた。子供たちは親や地域の温かい目に見守られながら成長している。オランダの子供たちが「世界一幸せ」である所以がここにも見られるような気がした。

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