KPOP暴論・ITZYの”何か”とは何か



ITZYが気になっている。
好きとかじゃなく気になっている。いや本当に、好きじゃなく気になっている。気になっていることはただひとつ、
”ITZYはいつか、ちゃんと見つけられるだろうか”
何を、とは言わない。いや、言えない。
だって、彼女たちが一番その”なに”が分かってないから。



まずデビュー曲DALLA DALLA。ITZYは私は違う、とずっと言い続ける。
「あの子たちと私は全然違うの」「あんたとは全然違うの」
なぜなら、
「私は特別だから」
なんで特別?昔の泥船とは違う、今のJYPからデビューできたから?と突っ込みたくなるけどまあそれも無理ないであろう。そりゃTWICEの妹グループとして華々しく扱われ、デビュー曲で1位取りまくればそう思っても仕方ない。いやでもそれはこの曲が出てからの結果だ、じゃあデビュー前の彼女たちはなぜ自分たちを特別だと思ってるのか。どこがいったい他のGGと違うのか。
それに対する回答は、
「他の人とはどこか違うの」
どこかかい!何かわかってないんかい!
私は由緒正し…くはない北日本の生まれである、だけどこれはエセ関西弁でツッコむだろう。どこか、である。自分でもわからない、でも他の子より絶対に自分には価値がある、と迷いなく歌う彼女たち。
笑ってしまう、もう笑うしかないけどでも心底これを笑える人間なんてそういないと思った。だって皆、自分が中高生の時、絶対一度くらいは自分はほかの子より優れていると思ったことがあるに違いないからだ。中高生なんてこれは絶対自分が(今振り返ればめちゃくちゃ狭い世界で)一番だと思ったり、自分には価値がないと思ったり、そんな揺らぎの中で大人になっていくものだからである。そこには根拠なんてない、でも絶対自分は何かが違う、特別な存在になるんだと信じていた。確かに私は思ったことがある、
「あの子たちと私は全然違うの」「あんたとは全然違うの」
突き刺さる。あの感情そのままだし、こんなに上手くその感情を写し取った歌を浅はかながら私は知らない。
餅ゴリことパク・ジニョン社長は彼女たちと直接話し、それを歌詞にしたという。その会話の中できっと餅ゴリだって同じように感じたに違いない、そして彼女たちにある意味宿題を出したのである。
どこが違うのか。なぜ特別なのか。それにいつか答えられるようにならなきゃいけないんだよ、と。



宿題は置いといて、
「私は特別だから」
これはITZYの大きなテーマである。この上から目線満載な曲が次のICY


「みんな馬鹿みたい」「ずっと同じことばっかり言ってる」
私の偏見であろうが、10代・20代で大金を稼ぐ(そしてどこかで失敗をする)ひとたちはよくこんなこと言ってる気がする。大学進学とか校則とか画一的すぎてやってらんない、みたいな。そして次に言い出すことも同じ。

WANNABE登場。
「誰になんといわれても私は私」「無理してほかのだれかになる必要はない」「ありのままの自分でいる時が最高だから」
言うと思ったー。自分は特別という歌詞を歌う子が言わない訳ないのだ。他の子と何が違うかはよくわかんない、けど私は特別だから他の誰かになる必要はない、と。これだけ抜き出すととてもいい印象は受けない。けれど彼女立ちのこれが偽らざる気持ちであろう。それに説得力を持たせるのが大人の仕事だ、鼻持ちならなさをかわいさで覆い隠して努力を前面に出させる。今のところは成功中。
あとこれだけちょっと気になるんだけども、英語で言うとwannabeってうわべだけ真似したいヤツ、みたいな良い意味で使われる言葉ではない。それは考えなかったんだろうか、考えたうえでなら今の彼女たちの現状を見るにわりと皮肉なタイトルだよなとはちょっと思う。



そして次の曲でITZYは新たなテーマを見つける。恋、そう10代は恋をしなきゃいけませんよね。

NOT SHY
でもあれ待って待って、DALLA DALLAでこう歌ってませんでした?
「恋なんかに左右されない」
って。まあいいか、言ってることが昨日と今日で変わって許されるのも10代の特権だから。次曲のMafia in the Morningも同じく恋愛テーマの歌なのでしばらくこの路線で行くのだろう。そうなら私のITZY観察もしばらくお休みなんだけれども、
でもいつか。ITZYが”なにか””どこか”を見つけられるまで眺めていたいな、と思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?