レコードは死んだ。少なくともその一面は

Thinking Framework - 考える枠組み

補論α. レコードは死んだ。少なくともその一面は

最近ふと、近頃買ったレコードにはダウンロードコードが付いていないことに気づいた。僕はレコードで買ったものはレコードプレーヤーでしか聞かないので、ダウンロードコードを使うことは殆どなく、その小さな紙切れはレコードをジャケットに戻す時にひっかかる面倒なやつでしかなかった。

ダウンロードコードが無くなったというのはどういうことか。レコードを買う人はみんな買った音楽をレコードプレイヤーだけで聞くようになったということだろうか。いくら巣ごもりと言っても街や電車でスマートフォンで音楽を聞く人たちの多さを見るにつけ、そんなことがないことはすぐに分かるだろう。それは、当然、SpotifyやApple Musicを始めとするストリーミングサービスで音楽を聞くことが主流になったからだ。

これが意味することは、そのレコードを買った人はレコードプレーヤーで聞くとき以外はストリーミングでその曲を聞くことができるということで、レコードのプレスや流通、販売に時間がかかることを考えると、レコードで聞くよりも先に、そのレコードの内容をストリーミングで予め聞いている、あるいは聞くことができるということだ。

そのレコードの内容を聞いてから、そのレコードを買うということは、レコードはその音楽の最初のタッチポイントではなく、もはやコレクターズアイテム、アーティストグッズになっているということだろう。アーティストへ愛と感謝を表明し、部屋に飾って生活に彩りを添えるアーティストグッズ。もちろん物理的な物というのはその機能性を超えた物としての避がたい魅力があるのも確かだ。レコードを集めたり好きなアーティストのグッズとして買うことは、今に始まった訳ではなくビートルズの昔からあるわけで何も批判されるべきことではないだろう。

ただ気になるのは、内容をストリーミングで聞いて楽しめる人がどれくらいレコードを買うのだろうかということだ。初めて聞く音楽を聞くときの高揚感なしにして、人はどれくらいレコードを買うのか。たぶんストリーミングで聞いているものの中で、本当に好きなやつだけを買うというのが典型的なパターンなんだろうと思う。

最近のレコードの売れ方を見ていても同様のことを感じる。売れるレコードは発売から1時間で売り切れてプレミアが付くほど高騰する一方、レコード店に入荷するレコードの種類は減っており、売れないレコードはいつまでも売れないという極端な状況になっているように見える。つまり、最初の良い/悪い、好き/嫌いの判断はストリーミングで聞くときに既に行われており、レコードの多様性が失われているのだ。新譜の2LPが8000円なんていうレコードも出ているが、これは日本の経済成長が止まっていることや最近のポンド高というようなマクロ経済的な理由や、送料の高騰もあるだろうけど、やはり一番はレコードがよく知らないが試しに買ってみるかというメディアではなく、ストリーミングで聞いていて凄く好きだからレコードも買っておくかということなのだと思う。だから高くても売れるのだろう。内容が分かっているレア盤を買うのと同じことだ。

売れるものが集中するのは物理的なビニールの無駄がなく化石燃料の使用が減らせてSDGs的に正しいのではという向きもあるかもしれない。でもレコードは何も使ったら捨ててしまう一時的な容器や袋、あるいはエネルギーと二酸化炭素に変わる燃料とは違い、何十年も聞くことができる。また、新譜を買って好みでなかったり、聞き飽きていらなくなったら中古店に売り、それを誰かが買うというサイクルが文化を成熟させてきた。こういったエコシステムが文化の多様性を保ってきたのだ。

一方、ストリーミングがどうかというと、もし殆ど全ての現在の音楽と過去のアーカイブが検索一つでジャンルもバックグラウンドもなくフラットに聞くことができたら、それは真の多様性の達成と言ってよいだろう。そういった意味でストリーミングはレコードの少なくとも多様性という文化の根源的なものを殺したのだ。

もちろん、CDがレコードを利便さで殺したあとにレコードがしぶとく復活したように、レコードはなにかのきっかけでまた蘇るだろう。最近発覚したSpotifyのCEOが軍事企業に投資したことは大きな問題になりつつあるし、少数のプラットフォームによる独占的なサービスになりがちなストリーミングはビッグブラザー化しやすく、その価格から考えてもその多様性を維持できるエコシステムを回せるかはサービス当初から言わているように疑問が残る。

ただ、今この瞬間レコードの少なくともある一面は死んだように感じている。レコードはこれまでと同じようにブームとして売れ続けるかもしれないが、それはもう以前とはだいぶ違う形になっているのだ。


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