窓と心臓

夜の住宅街が苦手です。夕暮れ時のカレーライスの匂いも、それと同じ理由で苦手です。「苦手」というと言葉足らずのような、あるいは言い過ぎのような気もします。だけどいま、より適切な言葉の手持ちがありません。

不安なんだと思います。

感情が不本意に揺さぶられる感じがしてしまうのです。カーテンの隙間を抜けて夜道に漏れる明かりから、帰り道どこかの家から漂うカレーライスの匂いから、顔も知らない、だけど自分と決してそう違わない誰かの、幸福な生活を想像して、いつも勝手に傷ついています。

およそ19年間生きてきて、自分の感情さえ把握できていないのです。おてあげ、です。わたしは逆上がりもクロールもできないし、19年の間にまともに習得したと自信を持って言えることは二足歩行と日本語の扱いくらいでしょうか。だけど実際のところこのふたつさえあれば、夜道を歩いて、窓明かりに心臓をぎゅっと締め付けられるような気がして、それを伝えたい誰かに伝えようとすることはできてしまいます。それができれば充分です、いまは。


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