秘密

食べたら気持ちが悪くなってきて、薬を飲んだ。
次第に眠くなってきて、私はいつの間にか意識を放棄した。


「…大丈夫?」
優しい笑み。差し伸べられたその手を、私は躊躇しながらも抗わずに握って立ち上がった。
「…大丈夫です。すいません…」

こんな所、行きたくなかった。
こんな、閉鎖的な「学校」という場所に。
誰も私に興味を持たないし、私も誰にも興味無い。

私は屋上に行こうとしていた。別に意図はない。いつもの場所。そこへ通ずる階段で躓いた。そこへ彼がやってきて、手を差し伸べたのだ。

私は、彼を知らなかった。彼も私を知らなかった。
その日から、屋上で秘密に会うようになった。
お互い名乗りすらせず。

私はその時間を楽しみに生きるようになった。
しかし、それはそう長く続かなかった。

「…俺、今度転校することになったんだ。」
「…そう、なんだ。」
それ以上お互い何も言わなかった。


「……う、」
目が覚めた。いつの間にか、外は真っ暗になっている。
自分の身の回りは、ゴミやら洗濯物やらで散らかっている。
私はあれから再び生きる気力を失くしていた。
でも、死ぬ勇気も無かった。

できるなら、彼にもう一度会いたい、会いたい、会いたい…。
私は、最後の日に彼に貰った、熊のキーホルダーを、あれから鞄に肌身離さず付けている。

居ても立ってもいられなくて、鞄だけを持って私は外に飛び出した。
訳もわからず知らない道を歩き続けた。踏切で立ち止まった時、
私の目の前の人。リュックに私と同じキーホルダーを付けている。

"…これ、あげるよ。俺も同じものを鞄に付けている。いつか、このキーホルダーを目印に逢おう。"

「…あの。」
私は声をかけた。
彼は振り向いた。
その顔は、あの時より随分大人っぽくなっていたが、面影が十分にあった。
しかし、その顔は、あの時のような朗らかさはなく、そこに生気は宿っていなかった。

「…やっと逢えたね。
………………もう、これで思い残すことは無いや。」
「……え?」

電車がすぐそこまで来ていた。
彼は、死んだ川の魚の顔をして、何かに引き摺られるように線路に立ち入った。

「……………」

私は言葉も発さず、彼の背中に飛びついた。

電車が過ぎ去った後は、夏の噎せるような風が、この静かな空間を祝福するように音を立てていた。


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