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熊上 崇教授 2024年5月7日参議院法務委員会(参考人に対する質疑)

田中議員
自由民主党の田中昌史です。4名の参考人の皆様方、今日は大変ありがとうございます。今お話を聞いていてDV、虐待、それから子どもの強奪、こういった事例はできるだけ早くなくしていかなきゃいけないと、心の痛む事例をお聞かせいただいて、強く思った次第であります。
今回の改正案の中で、社会一般あるいは国民全体の共通理解は非常に大事だというふうに私は思っております。で、今回の改正案の附則でもですね、親権の決め方や、あるいは急迫な事情のあり方、あるいは監護や教育のあり方等については、法の趣旨も含めて国民への周知を図るというふうになっているんですが、その前提として、この家族のあり方ですとか子の権利、 あるいは親の義務、こういったことについて、現状日本社会での理解っていうのはどうなってるのかっていうのは、それぞれ4名の参考人、どうお感じになってらっしゃるかっていうのをまず伺いたいと思います。

熊上参考人
本法案が国民に周知されてるかっていうことなんですけども、3月に署名を内閣府に、この法案をやめてほしいというのを6万通ぐらい出しに行きました。衆議院の議論があって23万人に増えました。ようやく国民もこういう法案なんだと。
つまり、どういうことかっていうと、例えば双方の合意がないと子どもと一緒に転居できないんだとか、 特別支援学校入るのに事前の双方の許可がいるんだとか、そういうことをやっと、つい最近になって衆院の議論があって増えてきた、国民の周知もやや高まってきた。まだまだ十分ではないです。
国会議員の方ともお話ししますが、地方議員の方にレクチャーすることがあります。地方議員の方も知らない方が多いです。
離婚後もパパもママも関与できるからいいよね、選択できるからいいよね、それは間違いではない、選択もできるわけなんですけども、合意してなくても家庭裁判所が決定することもあるんですよとか、先ほど言いましたように、双方の合意がないと子どもと転居できませんよということを言いますと、地方議員の方も非常に驚かれます
まだまだ国民への周知というのは十分ではないというふうに思っております。

福島議員
立憲社民共同会派、社民党の福島みずほです。今日は、4人の参考人の皆さん、本当にありがとうございます。
まず、午前中でもあったんですが、非合意型共同親権の問題で、合意できないっていうのはもう基本的にやっぱり話をするのが難しいのではないかと思っています。子どもの教育方針を巡って2人が言い争いをする、紛争が起きてる。離婚してそれがうまくいくっていうのは本当に考えられない。
そこで、熊上参考人にお聞きをいたします。合意できないケースで共同を命じられた場合の子どもの心理や問題点、あるいは、なかなかそれが本当に紛争激化していくということについて、いかがお考えでしょうか。

熊上参考人
合意できないケースで家庭裁判所が共同親権を決定した場合、子どもはどうなるかというと、 僕はこの高校行けるのかなとか、俺は別居してる親の許可を得なきゃいけないんじゃないかとか、許可得られなかったら高校とか行きたい学校行けないんじゃないかとか。手術もそうですけどね、この病院で手術受けたいんだけど、大丈夫なんだろうかと、ものすごく不安になると思います。
じゃあそれは家裁で単独行使が可能かどうか決定できるという立て付けになってるんですけども、 家庭裁判所の調停はやはり申し立ててから何か月もかかりますし、合意がそこでできなければ審判ということで、さらに時間がかかると。
子どもにとって宙ぶらりんな状態が数ヶ月、1年近く続く。高校行けるのかどうか、手術するのかどうかと。すごく子どもは諦めちゃうと思います。もう僕は、私は自分の好きな勉強できないんだなとか、 手術できないんだなとか。はい。海外の研究でも同じこと言われてます。
常に卵の殻の上を歩いている状態だなんていうふうに言われますね。
対立している、合意のないケースで共同親権を認めることで、子どもが宙ぶらりんになり、不安になり、諦めてしまう。これは非常に危惧していますね。

福島議員
はい。単独行使できる場合と、共同親権で共同でやらなくちゃいけない場合の区分けって、実はなかなか難しいと思います。で、両方に問題がある。
単独行使だと、例えばよく言われるお母さんはこうプールに入れていい、お父さんはダメと、キャンセル権を例えば別居親が行使する。
共同でやらなければならないケース。例えば、パスポートの申告や、それから中絶をする場合の同意ですよね。でも今はあまり共同親権ではあるものの、あまり社会的には意識されておらず、中絶の場合の親の同意やそれからパスポートの申告も、どっちかの親が書けばいい。 スマホの契約とかですね、どっちかの親が書けばオッケーだったのが、これから変わってしまうんじゃないか。病院側もこれは共同の合意事項が必要だから、1人の合意ではダメだと紛争を恐れたらなってしまうので、時間がかかってしまう。
で、一緒に住んでたらまだ話ができる。でも、離れていて、離婚していて、電話やメールや様々なことで合意を取る。同意を取る、むしろ許可を取るっていうのはすっごく大変でストレスだろうと思うんですね。
昔じゃないけど、「お父様に聞いてみないとわからないですから」みたいな、なんか戦前かっていう話で、結局、家父長制に基づく父権介入。
監護で、あるいは養育費をちゃんと払って子どものことを愛情を持って見守るっていうよりも、共同親権がむしろ介入権として登場するんじゃないか、それは大変恐れるのですが、いかがでしょうか。

熊上参考人
今までも、別れても子どものこと2人で相談できる制度にはなってます。
で、今回の法案では、双方の合意がいるっていう制度ですから、非常に拒否権になってると思いますし、また日常の問題に対しても、プールを入る入らないとかでもですね、僕はプールに入れるのか、私は入れないのかって、非常にこう、日常生活でも不安定な状況になるということで、子どものメンタルヘルスに及ぼす負の影響っていうのは大きいものではないかなというふうに思いますので、 やはり一定程度のことはですね、監護者が決定することができるっていうふうにしないと、あらゆる生活場面で許可を得なきゃいけないとか、争いにしなきゃいけない、家庭裁判所に行かなきゃいけないっていう、そういう子どもたちを作ってはいけないと。
きちんと監護者がある程度決められるという形にする、監護者指定を必須とするっていうことは非常に重要かなっていうふうに思います。

福島議員
はい。結局、共同でやらなくちゃいけないのに単独でやったら、それは後で訴えられたり裁判になる可能性もあると。
あるいは、共同でやらなくちゃいけない場合、なかなか進まない。
子の氏の変更や、それから例えば同居親が新たなパートナーができて養子縁組を子どもとやるなんていうのも、これ共同で合意でないといけないので、別居親が同意をしてくれない限りできないんですよね。
やっぱりおっしゃる通り、子どもの未来をやっぱ狭めちゃうと思うんですが、いかがでしょうか。

熊上参考人
これ子連れ養子縁組で、新しい親と養子縁組するときに、15歳未満の場合は別居親の合意が必要っていうふうになってます。
でも、対立ケースだったら、 もう合意してくれないっていう諦めちゃうケースも増えると思います。わざわざ家裁に行って揉めてるよりもですね。
そうすると、新しい再婚家庭においても、進学や医療で別居親の許可が、合意が必要っていうことになってしまいます。
つまり、再婚家庭に対する子どもへの操作が可能になるということになるんですね。 こんな再婚家庭の子どもを縛るようなことがあってもいいのかと、こういうふうに思いますね。再婚家庭の子どもが新たな家庭で安定・安心して勉強したい、学校行きたいなんて考えても、もっと別居親の許可を得なければいけない。非常に再婚家庭の子どもたちが不安定になる、そういう問題があるというふうに思っております。

福島議員
はい。家庭裁判所がDV・虐待を除外できるかっていうのは、今日もすごくそれぞれ話をしていただきました。DVはやっぱり立証が難しい。私も弁護士でやってきましたが、あざがあったり、精神的な疾患がある。いろんな診断書を取ったとしても、それが、じゃあ夫のDVの結果がどうか、因果関係がわからないとか。たまたま録音してればいいけれど、殴られたり怒鳴られたりしてるとちょっと録音みたいのないし、その瞬間をビデオで撮るなんていうのはありえないので、ないんですよ、基本的に。しかもすごくショックを受けてるし、いろんなDVの本質はやっぱり支配とコントロールに基づく相手の力を奪うことだから出来ないんです ね。基本的に証拠はないんですよ。
だから、そういう状態でやはりDVがやっぱ認定してもらえないケースもあるし、もうそもそも諦めてしまうという場合もある。離婚できればいいからもうDVを主張しないっていう場合も本当にありました。
そうすると、いやいやDVなどがある場合は単独親権にしますから大丈夫ですよっていうのは、ものすごく危ういというふうに思いますが、熊上参考人、いかがでしょうか。

熊上参考人
そうですね。やはり写真やLINEとかがあったとしても、LINEはただ連絡しただけだとか、例えば毎回レシートをチェックして、これは何に使ったと聞かれると。もう耐えられないというような場合が、じゃあDVの恐れというふうになるのかっていうと、これは非常にこう微妙なところかなと思うんですね。そういった微妙なケースで、DVかどうか、またそのおそれがあるかちょっとわからないし、 共同で話し合いも多少可能なんじゃないかなんていうふうに裁判所が認定したりすると、共同親権が決定されて、先ほど言ったような子どものその後の進学、医療などの成長場面で、 その度ごとに不安になり、あるいは家裁の紛争に持ち込まなければいけないということになりますので、やはりDVあるいはそのおそれっていうのを要件とするのではなくて、合意ができないと、話し合いが不可能であると、そういったことを条件にするほうが家庭裁判所としても明確になりやすいのではないふうかなっていうに思います。

福島議員
はい。諸外国で非合意の共同監護の家庭裁判所命令っていうのはうまくいってるんでしょうか。熊上参考人お願いします。

熊上参考人
諸外国での非合意型の共同監護ですね。
もちろん 100%ではないんですけども、非常にいろんな問題点は指摘されています。
イギリスの報告書だとこういうのがあります。子どもは行きたくないと言います。週末ごとにとか。 行きなさいって言うんですよ、同居親が。行かないとお金を払わなきゃいけない、制裁金を払わなきゃいけないと泣きながら言うんだそうです。それで、泣く泣く子どもが訪問したりします。
そうすると、子どもはどうなるか。別居親だけじゃなくて、行かせた同居親も憎むようになる。非常に子どもにとって辛いです。両親も憎むことにもなりかねないですね。
ですので、非合意型の共同監護というのは、そういった子どもたちを傷つけ、双方の親に対するネガティブな感情も生じさせてしまう、こういった大きな精神的な負荷があるということがあると思います。

福島議員
離婚事件をやって、例えば新婚に近いとこに殴られたと。
で、その後は殴られてないんだけれども、彼女はいつも寝るときに洋服着て寝るって言ってたんですね。だから やっぱり1発殴って大したことないっていうわけではなくて、もうとにかく1度でも暴力振るわれたらもうアウトで、やっぱり怖いんですよね。ですから、急迫の事情とかDVのおそれって言っても、やっぱそれは怖いんですよ。だから、夫がいない時に家を出るとか、子どもを連れて出ようとかいうふうに思うわけで、そういうことについて、熊上参考人、いかがでしょうか。

熊上参考人
DV、暴力1度のみならず、回数はともかくとして、やはり非常にトラウマというものが生じてくると。これはなかなか消えない。戦争とか犯罪被害とかのトラウマも、時代とともに軽減するわけではなく続くわけですよね、その場面が来たりするとですね。家庭内のDVにおいてもトラウマが生じ、何かそれで例えばあったりするごとにまたトラウマが生じてしまうと。
で、その結果、鬱状態になってしまったり、精神的に参ってしまったりと、
そしてもう寝込んでしまったり、仕事に行けなくなってしまったり、そういった非常にメンタルヘルスへの影響がトラウマによって生じてくるということはあるかなというふうに思います。

清水議員
日本維新の会の清水と申します。今日は大変貴重なお話を聞かせていただきましてありがとうございます。
まずはじめに、熊上参考人どうぞよろしくお願いいたします。
実際に家裁で 調査官をされていらっしゃったということで、今回の法案の審議にも参議院の方でも入っておりまして、で、法務省や裁判所と議論を様々してますと、最終的になかなかぴしっと決めるのが難しいでしょうから、様々なその事情に合わせて、ケースに合わせて、裁判所で適切に判断をします、みたいな答弁が多いわけですよね。実際にはそうなるだろうなというのはもちろん想像するわけなんですが、ただ、じゃあそこに至るまでの過程で、例えばDVがあったかなかったのか、どういう状況だったのかとかですね、これは本当に適切に判断できるのかどうか、もしくは子どもの意見をしっかり聞いて、子どもの判断の意見を聞く、聞くのがいいのかどうかって議論もありましたけども、子どもの利益を考えてみたいな話があった場合に、例えば子どもから話を聞く場合にどう適切に聞いて、それをどう判断していくのか等が、果たして具体的に、適切に裁判所として可能なものかどうかという不安がきっと残っているなと。なので、全てを任せきれないと言いますか、賛成されてる方も反対される方も非常に不安が残ったまま進んでいるような気がしているんですけども、実際に現場にいらっしゃって、その辺りというのはどう考えられますでしょうか。

熊上参考人
どうしても家庭裁判所調査官は双方の話も聞くわけなんですけども、一方の方とは、一方の方と言ってることがまるきり違うということになります。
それはそれで2つの違う世界があるんだなと、これだけ隔たりがあるんだなということはきちんとまとめることはできるのかなと思います。
ただ、不安な点として思うのは、例えばDVがあったって片方が言った時に、いやそれは違うんじゃないかとか、そういう話になった時に、そのDVが認められるのかっていう不安をDVを受けた側の方々は非常に心配になるんじゃないかなというふうにも思っていると思います。
で、その結果、例えば親権とか監護の問題で何か負担のある決定をさせるとなると、その後が問題なんですね。家庭裁判所で決定して終わりじゃなくて、 その後例えば面会交流とかであれば、子どもが3歳の時に面会交流ってあと10年以上続くわけなんですね。不安を抱えたまま続けなければいけない。
裁判手続きの中の不安っていうのを考えるんじゃなくて、その後、例えば子どもが3歳だったら、その後10数年の不安まで裁判所は分かってくれるのかということなんですね。
例えば、面会交流支援団体をいくつか訪問させていただいて、家庭裁判所で決まったんですと、もう辛かったんですけど決まっちゃいましたと。
すごい不安な顔で子どもを連れてきて、もう顔も見ない、車も見ないようにって言って置いていってという、そういうことが続くわけなんですね、5年、10年と。これが消えないんですよ、なかなか。
なので、不安っていうのは、その一時的な紛争時とか調停時だけの不安だけではなく、その子どもが成人するまでの不安、ここまできちんと考えなければいけないかなというふうに思ってますので、家裁の調査官あるいは家裁の職員としても、ただ決定時だけではなくて、その後の子どもたちあるいは関係者が不安に思わないような、不安を軽減できるような、そういったことをしなければいけないというふうに思っております。

清水議員
そこで必ずやっぱり家裁の体制はどうなんだと、人員は足りてるのかの話が必ず出てくるんですが、その辺りについてはいかがですか。

熊上参考人
小規模な裁判所に勤めてたこともあるんですけども、そういうところで裁判官が刑事、民事、家事、少年と全部担当してますし、調査官ももちろん両方やってますし、なかなか家事の調停ができないっていうこともあります。
本当に増員っていうのは常に求めてるんですけども、例えば成年後見なんていう制度ができた時もほとんど増えてないですね。未配置のところもありますので、そこはしっかり手当てをしなきゃいけないと思ってるんですけども、本当に今までのこと考えると、できるのかなっていう不安は非常に強いです。

仁比議員
日本共産党の仁比聡平でございます。どうぞよろしくお願いいたします。本法案で果たして子どもの利益を見出していけるのかということについて、 まず熊上参考人にお尋ねをしたいと思うんですけれども、私がこの参議院の審議に入りまして、しばしば引用させていただいています日本乳幼児精神保健学会の声明がございます。 その中でこういう引用、記述があります。
「主たる養育者をはじめとする周囲の人とやり取りし、優しく温かい声やウキウキするリズム、心地よい身体的刺激などの肯定的な交流を得て、脳や神経が成長し、心と体を発達させていく。子どもにとって、主たる養育者とこうした幸せなやり取りができることは、生存と発達の重要な要素である。それゆえ、子どもの成長発達にとって最も重要なのは、安全・安心を与えてくれる養育者との安定した関係と環境が守られることである。」
こうした指摘について、熊上参考人はどんなふうにお考えでしょうか。

熊上参考人
特に乳幼児については、子どもが安心して過ごすことができる、安心して寝られる、安心して甘えられる・遊ぶことができる、 こういう環境が絶対に必要であるというのはその乳幼児学会の通りだと思います。
しかし、例えばこれが共同親権というふうに非合意ケースで決定されて、共同にするか単独親権にするかの争い、 あるいは監護者をどちらにするかの争い、監護者が決まらなくて監護の分掌をどうするかの争い、これは日常の行為なのかどうかの争い、急迫かどうかの争い。
常に親が争いに巻き込まれると、当然監護親が、子ども、乳幼児などを安心して育てるっていうことが難しくなるのではないかというふうに懸念するんですね。 安心して子どもとは遊んだり、寝かせつけたり、おむつ変えたり、保育園連れて行ったり、保育園連れて行って、もうこう子どもたちを見守れると、そういったことが必要であるかと思いますので、常に双方の合意がいる状態になったり、それで争いが繰り返されるような状態に置くということは、監護親と子どもとの関係に不安定な要素っていうのは非常に残るのではないかと。 やっぱり安定した養育者との関係っていうのは第一に考えなければいけないというふうに考えます

仁比議員
そうしたことからだと思うんですけども、冒頭の意見陳述の中で共同監護につきまして、「父母が互いにリスペクトし、子どもの意向を踏まえて協議できれば、子どもにとって双方から愛されていると感じ、子に好影響です」というふうにおっしゃったと思うんですが、ちょっと別の角度で言うと、そうした子どものペースや意思が尊重されるような関係、父母間に例え夫婦としては別れても、子どもを育てていくということに関しては、そういう関係性というのが存在するということが、この共同監護を子の利益のために実らせていく上での言わば条件と言いますか、前提のように思うんですけども、いかがですか。

熊上参考人
お互いが、父母が別れても、 今日子ども体調悪いからちょっと面会交流は行かせられないなとか、そういうふうにお互いが子どもの体調とか都合、例えば野球の試合があるとかあるからちょっと今週は週末はいけないなとかですね、そういうふうにすれば、子どもは両親から愛されてると、関心を持たれてるというふうに思うわけなんですね。これを目指さなきゃいけないんですね。そうすると長期的に、子どもは両方の親を信頼できるようになると。
一方で、そうではないと。野球に行きたい、少年野球の試合があってもこっちの家に来なさいとか、ピアノ発表会があっても来なさいとか、そういう決まったことだから、裁判所で決まったから、法的義務があるからやりなさいということは、子どもの心に深い傷を残すし、そういうふうに決めてはいけない、非合意なことで決めると、子どもの心に深い悪影響を起こすっていうふうに思います。

仁比議員
葛藤の高い父母で、しかも皆さんお立場それぞれ違うんですけども、極めて厳しい批判が寄せられている裁判所によってその子の最善の利益を見出していくことができるんでしょうかということが大問題なんだと思うんですよ。
その点で、まず熊上参考人に、DV・虐待について、現在の裁判所が認定できていないという厳しい批判がありました。これが一体なぜなのかっていうこと。なぜ裁判官は、あるいは調停委員会は、そうした深刻な権利侵害を見出せないケースがあるのかっていう、そこはどうお考えでしょう。

熊上参考人
家庭裁判所も様々努力はもちろんしてるとは思うんですけども、どうしても 双方の言い分が対立してしまった時に、立場の弱い方を説得してしまうというような構造もあることも否めないのかなと。
例えば、子どもが会いたくないとか会いたいとか言った時に、会いたいっていう場合であればすんなり決まることが多いんですけど、会いたくないって言ったときに、じゃあ1回ぐらいはどうかなとか、じゃあもうちょっと何回かできるかなとか、そうすると何とか応じようっていうような、仮に不安や恐怖を持っていてもですね、そういったことがしばしば行われてて、DVや 虐待をあえて無視しているわけではないんだけども、結果的に家庭裁判所も事件を処理するために調停などでそういった働きかけが行われてしまったり、また、どうしても子どもと会うということは良いことなんだというような考え方、これはプロコンタクトカルチャーなどというふうにも言われていますけども、そういったことで促すというような文化も今まであったのかなというふうに思っているところです。

仁比議員
そうした文化の1つと言いますか、そのプロコンタクトカルチャーっていうようなことでもあるかと思うんですが、ちょっと今資料が手元がなくなりましたが、先生がお書きになられた論文の中で、今日もご紹介がありましたけれども、面会交流を実施してきた子ども、それからそうでない子どもの実態調査をされたと。
その報告の論文の中で、こうした調査は我が国ではこれまで行われていないのではないかっていう指摘があります。これ自体、深刻に受け止めるべきことだと思うんですよ。
皆が子の利益が大事だといい、2011年にはそうした趣旨の法改正もされている。以来、様々な子どもの心理についての危惧が指摘をされながら、我が国においてはそうした検証がなされていないっていう、そのことについてどうお考えですか。

熊上参考人
どうしても家庭裁判所は司法機関ということで、決定した後、なかなかその後の追跡というのが制度上なかったという問題があるわけなんですけども、ただ現実にですね、その後面会交流支援団体などを見てみますと、非常な不安と恐怖の中で子どもを連れていく親がいたりとか、そういうことを見たり、また時々子どもが犠牲になるような事件も起きているということなんですね。
しかしながら、家庭裁判所は司法機関だから、その後の追跡調査ができないというのは、一面それはあるとは思うんですけど、現実にその後の子どもへの悪影響がある、あるいは好影響もある場合もあるかもしれません。そういった調査は今後必ず必要だと思ってますし、それがない中での拙速な、例えば祖父母との面会交流は本当に有効なのかとか、そういったことを検証する必要があるかなっていうふうに思ってます。
親との面会交流でさえもすごく揉めているのに、祖父母との面会交流っていうのが例えば出てきて、 じゃあ子どもがそのおじいちゃん・おばあちゃんと面会することを法的に義務付けられるということがですね、本当に子の利益になるのかとかですね、そういったこともきちんと検証、考えていかなければいけないというふうに思います。

鈴木議員
参考人の皆さん、今日はありがとうございました。私で最後ですので、15分間よろしくお願いいたします。
各参考人にお尋ねします。3月8日閣議決定され、この改正案が出された際ですね、 小泉法務大臣は記者会見で、本改正案は子どもの利益を中心に組み立てられたと述べておられます。参考人の皆さんは、この小泉さんの放送の言う、この子どもの利益を中心に組み立てられたということについて、どのような認識を持たれておりますでしょうか。

熊上参考人
本法案が子どもの利益に全くならないと思ってます。
子どもは、行きたい学校とか行きたい病院とか、行きたい職業につけるように社会が努力するのが必要であって、本法案だったら、子どもが進学したいとか医療を受けたいとかっていう時に双方の合意が必要なわけですから、これは縛る方向に行ってるわけですよね。
やっぱり子どもの望む進路や、医療に逆行してるんじゃないでしょうかと思います。

鈴木議員
参考人から今貴重な認識を賜りましたので、これからの審議にも活かしていきたいと思ってます。
私は午前の参考人質疑でも聞いたんですけども、この改正案、少なくとも766条で、今までは親子面会という表現でした。私はここは厳しく言ってきたんです。この委員会にも民事局の北村参事官もおられますけど、法務省等にですね、血の繋がった親と子が、何か面会と言ったら事務的であって人間的でない、これが私の考えでした。だから、ここは是非とも親子交流にしろということを4年前から言ってきまして、これが成文化されて、私はこれは良かったと、これだけでも私は評価するところです。
また、817条でも親の責務が新設されておりますし、818条でも親権が付されておりますから、これも私は前進だと思っているんですね。そういったことを考えると、私はこの法案に対して現時点では 大きな前身であると、こう思っているんですけども、参考人の皆さん方はどういうお受け止めでしょうか。

熊上参考人
親子交流という言葉が変わったことはいいことだと思うんですけども、やはり親子交流にしても、子どもの意見とか子どもの都合とか、そういうものを優先する、合意というふうにしていかないと、親子交流という名前にした甲斐がないと思うんですよね。
子どもの利益を実現するための親子交流だと思いますので、子どもの意見を尊重すると。家庭裁判所の実務は、何も子どもに決定せよと言ってることはありません。数十年にわたって子どもにどっちか選べとか、そんなことやってませんので、どんな気持ちかかしてほしいとかですね、そういった実務やってますので、親子交流という名前になったことを契機に、子どもの望むと言いますか、そういった方向に、配慮する方向にあってほしいなというふうに思います。

鈴木議員
よくこの改正案の質疑の中でですね、子どもの利益という言葉が出てまいります。 4人の参考人にそれぞれ、子どもの利益とは何か、具体的に我々に何か指示なり、あるいはこの政策に反映していただきたいというものがありますればお知らせをいただきたいと思います。

熊上参考人
子どもの利益って、やっぱりのびのびと生活したり、行きたい学校に行ったり、医療を受けたりとか、行きたい学校に行くというのを応援するということだと思いますので、それを合意がない時に、常に父母の合意がいるような、そういう合意ができないケースで共同親権にして、父母の合意が必要な状態にすると。そうすると子どもは常に学校行けるのかなとか、中ぶらりんになりますので、それは子どもの利益にならないっていうふうに思いますので、やはり非合意のケースの場合は そういった共同親権にしないこととか、あるいは仮に共同親権になったとしてもきちんと監護者がしっかりと決められるようにすること、これが子どもの利益のために必要かなと、このように思います。

鈴木議員
熊上参考人にお尋ねしますけど、子どもが例えばお母さんと一緒にいます。
お父さんは子どもに会いたいと言っても、会えない場合がありますね。これ、単独親権ですとそれが通ってしまいますね。
ですから、子どもの希望というか、子どもの意思が十分伝わるという意味では、もっと家庭裁判所の取り組みややり方が柔軟であったりだとか、あるいは適切な判断をするだとかが、スピード感を持ってやるのが必要でないかと思うんですね。そういった意味で、家庭裁判所に長く関わってきた熊上さんとしては、今の仕組み、制度は十分だと思われますでしょうか。

熊上参考人
今の制度は、どちらかが単独親権、婚姻中共同親権ですけども、婚姻中の共同親権であっても離婚後共同親権であっても、会いたい時に協議あるいは家裁に申し立てをして、家裁が決定して、月1回とか月2回とかって会うのを決めてるケースがかなり多いので、今の現行法でも会えないと思っても、家庭裁判所に申し立てをすれば会えることが非常に多いと思います。
ですので、会えないケースというのは、子への虐待とかDVとか、子への福祉に非常に反するケースですので、現行法で十分、いわゆる面会交流を求めるケースについて対応できているのかなというふうに思います。
共同親権になったからと言って、会えない人が必ず会えるというわけではありません。現実に離婚前の別居状態での面会交流事件もありますので、現行法でも十分対応できてるのかなというふうに思います。


以上
抜けや誤字脱字がありましたらすみません。

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