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nanuk note #2

自分が文章を書くのはmixiやアメブロ以来で
10年以上ぶりな気がする

当時派遣社員として名古屋の工場に勤めていた際
昼休みに畳んである段ボールの上に寝そべって
ガラケーでmixiの日記書いてたのを思い出す

今はエセミニマリストきどりで本やCDも全部手放して活字を読む機会はほぼなくなったけど
当時は日常的に本を読んでいたと思う

読書からかけ離れた自分が書く文章は拙いという
言葉では覆いきれないほど不恰好で
誤字脱字だらけと思うけど書きつづけていれば
少しづつ変われるかもしれないと期待もしてる

3年以上続けているポッドキャストが多分それで
最初なんて本当に聞けたもんじゃないくらいな仕上がりだったけど
最近はなんとか聴けるようになってると思う

初期の頃のなんて何度も消したくなったけど
これは自分の成長の痕跡と納得させて残している
この文章もそんな感じになればいいな


知り合いのほとんどいない土地で
産まれたばかりの僕を育てながら
新しく宿泊業を始めた両親

好きで始めた事とはいえ頼れる親族や友人が
町内はもちろん近隣の県にすらいない状況は
てんやわんやで大変だったと想像する

今は全国のユースホステルもすっかり減り
以前の盛り上がりは見る影もないが
当時のユースはとても賑やかだった

全国から男女さまざまな人が集まり
相部屋に宿泊し 夜はミーティングと題して
みんなでギターを抱えて歌ったりお酒を飲んだりしていた

映画「色即ぜねれいしょん」を
見てもらえば分かりやすい
あの映画の雰囲気とまではいかないけど
アウトラインは大体あんな感じだった

当時は父もギターを抱えてよく歌っていたように記憶している
若く活力もありいわゆるシュッとしていた
父のもとには友達なのかお客さんなのか
わからない人が沢山集まっていた

そういった人たちは連泊していくことが多く
親戚が近くにいなかった自分にとっては
お兄ちゃん、お姉ちゃんのような人が都度
入れ替わる毎日が賑やかで楽しかった

父母は忙しい毎日を過ごしていた為
保育園の参観日は仲のいいお客さんに
参加してもらうこともざらだった
今だと考えられないけど・・・

そんなかわいがってくれる兄姉のような人たちが
帰ったり出かけたりする朝がとても寂しかった

どんなに前日盛り上げっても朝にはいなくなる
でもまた夕方になると帰ってきたり
別の人が来てくれる それを楽しみに待っていた

皆が去ってから夕方までの時間は
すごく長く感じていた気がする

僕は生まれついてなのか
環境の影響なのかひょうきんな性格で
はしゃいだりふざけたりして宿泊客の注目も浴びるのが日々の喜びだったけど
年を重ねていくと少しづつお別れの寂しさを感じる比重が多くなっていった

よしもとばなな著の「TSUGUMI」の中で
実家が宿泊施設を営む子供が抱える
独特の感情について書いていて
それを読んだ時とても共感したのを覚えている

「賑やか」と「切なさ」が1日の中に共存してくり返す毎日だったと思う

3周年のノベルティはやっぱり団扇だねと決まった朝に


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