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ヤムヤム2021年 第5話

離れに上がる


母屋から離れに戻ってみると、みんなの姿が見えへんかった。
くまホームにはだれもいない。
廊下にもおらんなぁ。
あの障子の、向こうやろか?
あっち側はどないなっとるんやろか?

よっしゃ、こないなときはわーわーサイレンや。
「ニャーーーーンニャーーーンニャーーーーンニャーーーンニャーーーーンニャーーーン」

『これ~、チビ介や、そのサイレンはダメだっちゅうに、まったくもぉ』
わーが軒下で鳴いとると、案の定おばちゃんがやって来た。

『あん?ふーむ、なるほどですね。チビちゃん、家の中に興味があるんだね? どう、家の中に入って見る?』
う、うう~、どないしよ?

わーが考えとると、おばちゃんは廊下と部屋を隔てる障子戸をキッチリ閉めた。
『これでよし、と。うちの猫たちには外に出てもらいたくないからね』

そいで、わーの目の前のガラス戸を、ガラガラ~と開け、
『ほい、入っていいよ』とゆうたんや。

わーは、軒下からおばちゃんを見上げた。
顔の表情はよう見えんけど、声は高すぎず速すぎず、フツーな感じやった。なにか悪いことを企んどるなら、こうはならん。
かぁやんがいつも、
「ヒトに近づくときは、いつでも逃げられるようにしておくんやで」
とゆうとった。
これまでのところ、このおばちゃんは大丈夫そうやけど、用心はせんと……。

『ふーん、サイレンボイスくん、君は案外慎重なんだね、感心、感心。さぁて、どうする? 言っとくけど、ワタシはそんなに待てないタイプ』

「そうなん? ほなら、わーも肚を決めるわ」
まぁ、なんとかなるやろ。
わーは戸の開いた廊下に、軽くジャンプして家の中に入った。
フン、こんなん石垣を越えるより簡単やわ。

わーやよ

おばちゃんの術にはまる


廊下に入った途端、なんやろ空氣が一変した。
外は温かったのに、家の中はちぃーとヒンヤリしとる。
お日さん、家の中まで届かんからかいな?
ほして、初めて嗅ぐ匂いが、そこらここらにある。
お、玖磨じぃちゃんの匂いはわかるで、この匂い、間違いない。
待てよ、猫として存在が他に知られるってどうよ?

わーのうしろで、ガラス戸が閉まった。
あっ!
やられた。
と思ったとき、わーはおばちゃんに捕まっとった。
大きな両手にガッシとホールドされ、からだじゅうをスキャンされた。
『耳きれい、口臭くない、鼻濡れてる、お尻オッケー。デキモノ、怪我なし。骨格、筋肉良好、ふむ、ここまで全クリアね』
「や、やめろよ~」
と言ったつもりが声にならんかった。
おばちゃん、思ったより素早い……。

続いて金属のクシが当てられた。
頭、背中、しっぽ、顎の下、わきの下、股の間、腹……。
止めてぐで~、こそばゆうてたまらんわ~。

『蚤なし、毛艶よし、骨格もしっかりしてる。病氣はなさそうね。いいんじゃないの』
「や、やめろぉー」
ようやく声を出せた。
そいで、思い切り手足をビチビチさせた。
『ああ、ごめん、急に触って悪かったわね。でも、さっきも言ったけど、ワタシャ、待てない性格なのよ。サイレン君をこの家に入れるには、確認しなきゃならないことがあるからね。でも今、問題なしと分かった、はいはい、出たいのね。わかった、わかった』
おばちゃんの手が離れて、わーは自由になった。
ほんで、すぐにガラス戸も開いた。
わーは無我夢中で外に飛び降りた。

『サイレン君、いつでもオッケーだからねぇ』
わーの後ろから、おばちゃんの声が追いかけてきた。

石垣を超えて、ネコクス舎が見えなくなるところまで走ってから一息ついた。
はぁ、びっくりした~。
ほいで、おばちゃんに触られたところを、せっせと毛づくろいしなから考えた。
「いつでもオッケー」って、どうゆうことやろ?
 

外の石は温いんよ

わーの決心


昼間のことがあったけど、その晩もわーは石のベッドで寝た。
昼間のことはかぁやんにも、にぃやんにも黙っとった。
なんや知らんけど、言わんとこと思うた。

ほいで、やっぱりネコクス舎のことが氣ぃになったんや。
ちぃちぃ、玖磨じぃちゃん、そして夏子、トーマ、わこ、そして、あのおばちゃん。
ちょこっと欠けたお月さん、なんやら目ぇを細めて笑ってるようやんか。
石ベッドに入ったら、不思議とかぁやんとにぃやんのことは考えなかった。


翌朝、わーは力がみなぎっとった。
よっしゃー、今日もやったるでぇ。

おばちゃんが飛んできたって、構うもんか。
ニャーーーン、ニャーーーン、ニャーーーン、ニャーーーン、ニャーーーーーーン。
ほいでも、今朝はおばちゃん、飛んでこんかった。

ほなら、もっと大きな声で鳴いたろか。
ニャーーーン、ニャーーーン、ニャーーーン、ニャーーーン、ニャーーーーーーン。

あれ~、おばちゃん、来んなぁ、どうしたん?
ニャーーーン、ニャーーーン、ニャーーーン、ニャーーーン、ニャーーーーーーン。
おばちゃん、どこにおるん? 母屋やろか?
わーは、石ベッドからひさしに飛び移って、渡り廊下近くまで行ってみた。
渡り廊下は母屋と離れの間にあるんや。
ニャーーーン、ニャーーーン、ニャーーーン、ニャーーーン、ニャーーーーーーン。

『んもぉ、うっるさいなぁ、聞こえてるよ。今日はどこにいるの?』
やっとおばちゃんが、渡り廊下から顔を見せた。
『うわ、そんなとこにどうやって上がったの?』

ニャーーーン、ニャーーーン、ニャーーーン、ニャーーーン、ニャーーーーーーン。
おはよう、おはよう、おはようさん、やよ~。
『わかったから、もう鳴かないでくれる? ご近所迷惑だからね』

ん? 今日はわーがおばちゃんを追いかけとるの?
おっかしいなぁ、いつの間にか立場が入れ替わっとる。
そんな具合に、その日は始まったんや。

午後、くまホームにも廊下にもみんなの姿がなかった。
寝とるんかいな?
おばちゃん、おるかな?

あ、おった、おった。
おばちゃんは廊下のベンチに腰掛けて、本を読んでいた
ほいで、すぐにわーに氣づいた。

『サイレン君、来たね、どう、今日も上がって見る?』
「おばちゃん、捕まえない?」
『うん、今日はもう捕まえないよ。興味あるんでしょ?』
そう言われると、好奇心がムクムク湧き上がった。

おばちゃんは、わーの返事を聞かずに、サッとガラス戸を開けた。
わーも同時に、おばちゃんの足元を潜り抜けた。

おおばちゃん、捕まえんといてよ。


(続く)


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