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玖磨問わず語り 第3話


改名

わーの知らない世界、玖磨じぃちゃんの話は面白かった。
玖磨じぃちゃんの10年前、そのころのナンリさん。

わーがネコクス舎で生きていくかどうかは、玖磨じぃちゃんの話を聞いてからや。
とにかく朝夕2回、ごはんがあるのはサイコーやよ~。
さてさて、玖磨じぃちゃん、今夜はどないな話なん?

ちぃちぃ先輩と

ナンリさんのお父さん


「どう見ても『モモコ』じゃないよねぇ……」
桜舎に来た翌日、ナンリさんがじっとオラを見てゆうんだす。
オラ、からだじゅうがムズムズ、ゾワゾワ、ゾワン、ゾワゾワン。

「堂々たる体格なのに万事控えめな性格だわね。まだ緊張してるかな? そりゃそうだよね。ここに慣れるまで、ゆっくりあぁたのペースでいいからね。そいえば昨夜、私のベッドの下で寝てたよね。ベッドに上がっていっしょに寝ていいんだよ。うーん、とはいえ、改名はしようね」
オラ、モモコのままでいいだすよ。

「氣は優しくて力持ちの『金太郎』とか? ちょっと違うなぁ、『桃太郎』でもないし、『又三郎』もちがうなぁ。洋風じゃないことは確定なんだけど、うーん」
ナンリさん、オラ、モモコのままでいいだすよ。

「なんかあぁた見てると、小さいころの自分を思い出すわ。私、小さいころからからだは大きかったんだけど、氣が小さくて人見知りだったのね。同級生のチエちゃんって子がいて、彼女はからだは小さいけど、機敏でなんでも要領よくやるタイプ。ある日、このチエちゃんがね、私のランドセルを水たまりに投げ込んだのよ。理由は分からない。仕方ないから、ワタシ、泥だらけのランドセルを持って泣きながら家に帰ったら、父がいたの。父は泣いてるワタシを見ると、『おう、どうした? また、クマにやられたのか?』ってからかうわけ。クマっていうのは、チエちゃんのお父さんの名前がクマ次郎だったから。ワタシは、頭にかぁーっと血がのぼったまま、父になんにも言えなかった。それからなのよ、父が私のことを『くま』って呼ぶようになったのは……」
ナンリさんのお父さん、チエちゃんに怒るんじゃなくて、ナンリさんをからかったんだすか?

「根っからそういうヒトなのよ。ヒトをからかったり、ダジャレを言うのが大好きなヒト。父が大の猫好きだったから、ワタシは生まれたときから猫といっしょに育ったようなもんね。で、猫たちもみんな父が大好きで、たとえば夜寝るとき、ワタシが寝床に猫を連れ込んでも、猫たちはみんな父のところに行ってしまうの。今はそのわけもわかるようになったけど、子供心に毎晩父に嫉妬してたわ~」
へぇ~、そうなんだすな。
オラ、ナンリさんのお父さんに会ってみたいだす。

ナンリさんの仕事



「父はワタシが18歳のときに亡くなったから、現世で会うのは無理ね。でもときどき今の仕事をしてるのって、父からのギフトかもって思うことがある」
ナンリさんの、今の仕事だすか?
「そう、キャットシッターといって、家でお留守番する猫さんのサポートをするのよ。その延長線で猫の生涯保障制度も始めて、ここにいる猫さんたちはみんなご家族から託された猫さんたちなの。そう、あぁたもこのメンバーに入ったことになるわね」
なるほど、それで猫慣れしとるんだすな。
でも、でも、メンバーって?
オラはいつかまたユズコさんのところに戻るんだすが……。

「あ、そうだ、父のことを思い出したのもきっと必然だわ。あぁたの名前『くま』にしましょ。ワタシの子どものころのあだ名、いいと思わない? あら、あぁた、まさに「くま」って雰囲氣そのものよ。 くまちゃん、くまくま、いい、いい」
不意をつかれたオラは、思わず頷いてしまっただす。
その後、ナンリさんは「せっかくだから、いい漢字を充てよう」と言って、パソコンの前であれこれやって、最終的に「玖磨」という字になったんだす。

玖磨

ナンリさんいわく。
「玖」という字は、黒色の美しい玉のような石のこと。
数字の「9」の意味もあるそうだす。
 
「9つながりに『猫は九生』という言葉があって、英語だとナインライブスね。そもそも9は幸運の数字と言われているのよ。さらに、さらに「磨」は磨く。すなわち『玖磨』とは、「黒い玉を磨きあげる」の意味になる。というわけで、『玖磨』は最強ネームでございますよ」
ナンリさんは、そう言うと、顔いっぱいで笑っただす。
オラ、その笑顔を壊すことはできなかったんだす。


それから、ナンリさんが改名をするようになったいきさつはこうだした。
「猫の生涯保障契約でうちに来る猫さんは、ご家族が入院するとか、亡くなった場合がほとんどなの。だからね、改名で過去をリセットして、第2のにゃん生を歩み始めてもらいたいという願いを込めて、なのよ。もちろん、過去があるから今があるんだけど、これを機にリセットして、ここで生まれ変わるのもいいんじゃないかなって。違うキャラクターになるもよし、やりたかったことをしてみるもよし、って感じね」


改名は、オラがここに来る直前に亡くなったコタさんからで、それ以前のミンさん、モンさん、トンさんは改名していないそうだす。
あ、ズズさんは生涯保障制度ではなく、元々ナンリさんの猫さんだそう。



ただひとつ、引っかかったのは、もうユズコさんのところに戻れないのかということだす。
「そうね、氣になるわよね。ちゃんと説明しなくてごめんなさい。ユズコさんが退院して迎えに来る可能性もあるから、絶対ってわけじゃないわ。だから悲観しないでね。でも、ひとまずここで暮らす間は玖磨ちゃんになってもいいでしょう?」
そういうことなら、ホントにそういうことなら、い、いいだす……。

「そんなに深刻に考えなくていいんだけど、ワタシの氣持ち的には、命名して、ワタシがその猫さんに対して家族としての責任感を持つという意味もある。これからいっしょに生きていくためのイニシエーションみたいな感じ」

オラは案外すぐに「玖磨ちゃん」と呼ばれることに慣れていっただす。
そして、「くま」という言葉の奥に、深い意味があったことを知るのは10年後だした。

続く


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