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玖磨問わず語り 第14回 「ミンさんの贈り物」その2


ヤムヤムのため息

ミンちゃん、通院するかどうか答えんかったんや。
答える力も残ってなかったちゅうことやろか?
わーはそんな体験、まだないなぁ。

そいで、わーはまだ動物病院に行ったことないしなぁ……。
東京ちゅうとこは、動物病院もいっぱいあるんやろね~。
ほんでも、いっぱいあるとかえって迷うんちゃう?
わー、煮干しとイリコとじゃこが並んでたら、パニクるわ。
やば、想像しただけでよだれが、じゅるる。

ほいでミンちゃん、21歳かぁ。
なんか氣ぃが遠くなるわ、はぁ~っ。
どんだけ寝たら21歳になるんよ?

わーな、上納フードのミンちゃんファンなんよ。
ほやから、無口なミンちゃんはイメージしにくいんやわ。
あのおねぇチックなしゃべりをまた聞きたいなぁ。

すっかり家猫ヤムヤム

ナンリさんの独り言 ドドの最期


16歳だったドドが腎不全末期と宣告された8年前を思い出すわ……。
ドドはキャリーケースに入れただけで大絶叫する子。
治療以前の通院でエネルギーを消耗してしまう。
だから獣医さんと相談して、自宅で点滴と強制給餌をすることにした。
ドドは最初点滴を嫌がっていたけど、ワタシは必死だった。
「治そう」ではなく、「少しでもラクになってほしい」という一心で。

3か月間くらい朝晩続けたかな。
途中からドドも抵抗しなくなって、点滴はしやすくなったけど。
今思い返すと、ドドは諦めて、ワタシの好きなようにさせてくれたんじゃないか、って思う。

やがて起き上がれなくなったドドが、けいれん発作を起こした。
見ているのが怖かった。
今にも死んじゃうんじゃないかって。

同時にそのとき、突然氣づいた。
まなじ点滴と強制的な食事でからだに栄養を与えていることが、けいれんを引き起こしているのかも、って。
そして今までやってきたことは、ドドのためというより、ワタシのための延命だったんじゃないか、って。

ドドは、必死になってるワタシにつきあってくれてるんじゃないか、って。ワタシは自分の罪悪感に向き合いたくなくて、懸命の看護でごまかしていたのかも、って。
当時は仕事と遊び両方大忙しな時代で、ドドの体調変化に氣づかなかった。それで自分を責めていた。

ドドはけいれん発作というかたちで、「もう止めてくれ」と言ったように思えた。
そう氣づいて、ワタシはやっと点滴を止める決心がついた。
「ドド、もう逝っていいよ。今までありがとね」
口から自然に言葉が出た。
その数分後、ドドはすっと静かに旅立った。
正直、ミンちゃんにドドの二の舞はさせたくない。
とはいえミンちゃんが「生きたい」という意思があれば精一杯支えたい。

愛と圧


ドドの旅立ち以来、色々勉強もして、老化は病氣じゃなくて、死にゆく過程なんだと考えるようになった。
でも医療現場では、検査結果で病名が決まると、たいていは否応なくそれを治す方向に動き出してしまう。
日本人って「みんなと同じ」がデフォルトだから、これに逆行するのは、実はけっこう大変。ただやっぱり一番考えなきゃいけないのは猫さんが望むことだと思う。

もうひとつ、家族のこと。
ワタシの母親ミョウコウは「心配」というベールに包んで、ワタシをコントロールした節がある。もちろん本人は無意識にやっていて悪氣はない。
根源は善意だし、よかれと思ってやっているから、やる方もやられる方もついそのまま進んでしまう。

でもワタシは、あるときからミョウコウの心配が重圧になって、
「もういい加減開放してくれ~」という氣持ちが高じてきた。
ついに耐えられなくなって、数年間母親から完全に距離を置いた。
そしたら、まずからだの不調がなくなった。
キャットシッターという仕事を思いついたのも、ミョウコウから離れた時期。

そう、ワタシもドドに対して、ミョウコウと同じことをしていた。
「愛」が「圧」になっていた。
自分がドドを守らなきゃ、と思っていたけど、実はドドがワタシのやりたいようにさせてくれていた。

ミンちゃんの『逝く』意思も尊重したいと思う。
今回のようににミンちゃんの氣持ちを確かめもせず、動物病院に連れて行くのは横暴だった。
ごめんね、ミンちゃん。
よし、軌道修正完了。
これからは、ひとつひとつ丁寧にミンちゃんに聞きながら、大切な時間を過ごしていこう。

続く


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