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玖磨問わず語り 第4話



命名ヤムヤム

「うちに入ってからはサイレン鳴らしてないわね。お外に出たい素振りもないし。どう、ここに住むって決めた?」
ぎくっ…、正直びっくりや~、まさか改めて聞かれるとは思わんかった。
そやから、わーは聞こえんふりして、ちぃちぃにじゃれついていった。
「ふふふ、わかった。じゃぁ、名前を決めようね。
秋に出会ったから「秋生」?
 うーん、ちょっと違うなぁ。こんなロマンチックな柄じゃないもんねぇ。
うちは代々ドド、モモ、ココ、ズズっていう音の繰り返しパターンが多いの。ちぃちぃもその系列ね。このパターンで考えるか。
うーんと、アの音っぽいんだわ。ア、カ、サ、タ、ナ、ハ、マ、ヤ、ラ、ワ……。この中から選ぶとしたら、「タ」と「ヤ」。
「タタ」「ヤヤ」、違うなぁ。
「タンタン」「ヤンヤン」、ピンと来ない。
でも、どっちかっていったら「タ」音より「ヤ」音だわね。
……
ヤムヤムとか?
ヤムヤム、サイレンがヤムヤム、アハハ。
ヤムヤム、音の響きに可愛らしさもあるし。
ヤムヤム、はい、これに決めましょ」

玖磨じぃちゃんの名前が決まった話を聞いた翌日、
わーの名前はヤムヤムになったんや。


秘密

桜舎の日々

桜舎は桜の花が散ると、初々しい若葉の季節になっただす。
窓がピンクから黄緑色になっていく様を、オラ、毎日窓辺で見ていただす。
氣がつけば、「玖磨」という名前、「クマ」という音、「玖磨ちゃん」と呼ばれることに違和感がなくなっていたんだす。

先住猫さんたちとはいい距離感だした。
上納フードをリクエストされて以来、ミンさんはときどきオラを見ていて、目が合うと、OKサインを出してくれただす。
ミンさんのさりげなさが、オラ、なんかうれしかっただすよ。
詮索もされないし、余計なおせっかいもなしのオトナ空間。

そんな桜舎で、オラが唯一困るのはトイレだした。
これまで排せつはいつも外で済ませていて、ユズコさんもたぶんそれが当たり前になっていたと思うんだす。
でも、桜舎では猫トイレを使うルールだす。
それ自体はたいした問題ではなかったんだすが。


オラには秘密があるだす。

発覚


桜の葉っぱが濃い緑色に変わり始めたある日、ナンリさんはパソコン作業中で、スタッフさんはみんな出かけていただす。
その日に限って、いつもは真夜中に済ませていたおしっこをしたくなってしまったんだす。
このときは、前みたいに外に出られたら、と思っただすよ。

「あら、玖磨ちゃん、お腹からなんか落ちたわよ」
ギクッ……。
ナンリさんがやってきて、ティッシュで床を拭いただす。
「ちょっと、なに、コレ? えっ? おしっこなの? えっ? だって玖磨ちゃんのお腹から垂れたわよ、今」
見られちゃっただすか……。

「なんで、お腹からおしっこが出るの? 玖磨ちゃん、お腹、見せて」
イヤだす、見せないだす。

「見せたくないのね、わかった、なら動物病院に連れて行くわよ」
イヤだす、イヤだす。

オラの抵抗は無駄だした。
オラは、ナンリさんの火事場のバカ力に負けたんだす。
たぶん、こころのどこかで、早めにナンリさんに分かってしまったほうがいいと思う氣持ちがあったんだすな。
真相を知ったナンリさんがオラをユズコさんに返すかもしれない。
とにかく、桜舎で秘密を持ち続けることはできそうになかったんだすから。

30分後、オラは動物病院の診察台の上に乗せられていただす。
「玖磨ちゃんは尿路変更手術をしていますね。お腹に開けた穴で膀胱から直接おしっこするようになっています。お話では、これまで外で排せつをしていたので、家の方も意識していなかった可能性があります」
「急なご入院のため、緊急で引き受けた猫さんで、この通り頑強な体格ですし、ワタシもご家族さんに詳しく確認しなかったんです」

「手術から大分経っているようなので、家の方もそれが当然になって、わざわざ言うべきことと認識しなかったんじゃないでしょうか。まぁ、今後は定期的にシャンプーをして、普段からこのお腹の穴周辺を清潔にしてください」

玖磨の尿路変更手術のレントゲン写真


「わかりました。他に注意することはありますか?」
「そうですね、玖磨ちゃんは体力もありそうですし、毎日消毒をしながら様子を見てください。それにしてもこの子、すごいですよ。こんな手術をしたら、普通はおしっこが漏れる。尿意を感じなくなるので漏れても仕方ないんです」
「そういや、1日に1回しかおしっこをしなかったんです」
「それもすごいですね。それに、この手術をした場合の生存率も術後数年と言われているのに、すでに5,6年経ってます。この子はかなり特異なケースですよ」
オラは診察台に上で固まっていただす。
ついに、オラの秘密を知ってしまったナンリさんは?

安寧

オラが戻されたら、ユズコさんが困るだろうな、それが心配だした。
「玖磨ちゃん、だからずっとベッドの下にいたの? おしっこが漏れるかもしれないから?」
そ、そうだす……。
「まったくもって、とことんいい子だね。きっとユズコさんとの暮らしが、玖磨ちゃんをこんな素敵な猫にしたんだわね。玖磨ちゃん、もう心配しないで大丈夫、みんなといっしょにベッドで寝よう」
ナンリさん、オラを嫌いにならないんだすか?

「ここでは遠慮はいらないの。と言っても、玖磨ちゃんは氣を遣うんだよね。そこがまた玖磨ちゃんのいいとこなんだけど。でも、これからはなるべく我慢しないでほしいの。いい、わかった?」

オラのからだは、他の猫さんとは違うんだ。
このことは忘れてはなんねぇ。
人様に迷惑をかけてはなんねぇ。
ユズコさんが心配するようなことはしてはなんねぇ。
桜舎に来てからずっとそう考えていたんだす。
 



ユズコさん、オラ、桜舎で元氣にやってるだすよ。
だから、ユズコさん、早く元氣になって退院してくだせぇ。

続く
 

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