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コインランドリー・ブルース

a flood of circleのコインランドリー・ブルースを久々に摂取して視野が広がった気がした。

前見たバラエティーのコーナーで、真っ昼間にコインランドリーで人生の選択について聞いていた。私は人生での選択についてその人の本心が聞けるのは、真夜中のコインランドリーだと思っている。軋む洗濯機のノイズに、生きる力を感じさせる歌が紛れる。

この曲は失恋の歌のはず。それなのに、洗濯機で回されるTシャツに、徐々に仕事場で笑うのが下手になる自分をギターで重ね合わせた。たぶん、仕事場のレジ対応が主となる接客業だから笑うのが当然だとそれが仕事だと無理に笑う度、片頬が引き攣るのが分かる。ベースで自分に足りないものは何かと他所を見て必死に拾い集めて真似ようとした。結局、洗濯機にかけて一部が欠けたカーテンを思い出しただけだった。
なぜ苦手か分からなかった曲が複数あった。全然見た覚えがないMVが数曲あった。それはそれとして、日々追われるしかなかった。心を紐に喩えて、ドラムで必死に結ぼうとしても挫折を重ねながらなんとか結べたと取り繕っていた。知らぬ存ぜぬを突き通せるのにも限界が迫っているのも分かっていた。仕事だから、その時給に見合った仕事を。分かっていた、それ以上の仕事をしていたし、ほぼその時間帯の仕事は私一人でこなしていた。
途中で気づいた。もうこの仕事場で心を結び直すのは無理だなと。だったら、不満も全て最後にぶちまけてきてやろうかと思った。「辞めちゃうなんて残念です」なんて、思ってもいない癖に甘ったるく嘯く同僚女性に「いやいや!風通しよくなって良かったですね!」と思いっきりドアを閉めた。私が丁寧に書いた引き継ぎの紙に「私、それ○○さんに教えてもらったんです」と調子のいい嘘を吐くその同僚に「じゃあ、いらないですね!」と自分の鞄にぐしゃぐしゃに詰め込んだ。
あそこの仕事場で、唯一の味方はお客様だった。お客様は神様だった、そう思わせてくれた。


洗濯機がTシャツをガラガラと回す音を聴く。
そういえば頼ろうともしなかったし、仕事を割り振ろうともしなかった自分に気付いた。それは本来であればもっと上役の人がやる仕事なのに、当の本人は至って暢気に1時間近く休憩とっていたな等と苦笑いした。

洗濯機が泣き声を上げて脱水を終えた。
ここまで気づけたのなら、‘次の朝’はたった今来たんだと伸びをした。

#ノンホールピアスと記憶探し

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