「TKda黒ぶち/Re:Dream」感想
半年近く遅くの感想になるが、2024年6月8日にTKda黒ぶち4枚目のアルバム『Re:Dream』が配信限定でリリースされた。
TKda黒ぶちの特徴として、言葉の埋め方と言葉の空間の入れ方など音の作り方が非常に上手く、日本語HIPHOPの初心者にとてもオススメしたいラッパーだ。さらに、初心者だけでなくとも色々海外の音楽も聴いてきた人も安心して聴ける楽曲が多い。何度か実際にライブを観に行ったことがあるが、TKda黒ぶちの幕間に挟まれる話が、より歌詞に深みを与えてくれる内容となっている。
全10曲32分の構成で、客演はELIONE,CHICO CARLITO,般若,BILLY LAURENT,柊人となっている。以下に感想を書く。
『Second Glance』
一曲目である『Second Glance』はビートの明るさと爽やかさが漂い、続けて聴いていると16ビートのハイハットが入ってくる。この硬く速い一定の音が焦燥感を覚えさせる。
「コロナが始まってダンジョンが終わり世界が変わる」「がむしゃらやるティーチャー」という言葉から、これらの変化により移り変わりが目まぐるしい情景が浮かぶ。
歌詞に注目しながら聴けば、前半は"焦り"や"不安"といったネガティブな感情に「ろくでもない夜」「また溺れてるよ」等どん底にいるような現状が伝わってくる。しかし後半になると、「雲の上は晴れだ」や「恵みの雨が土砂降り」といった一見希望の見えない中から希望を見出すような表現になっている。
かなり身近な存在である天気を、自身の情緒と照らし合わせて丁寧に言語化し表されている一曲だ。
『ソールとsoul』
哀愁が見え隠れするが相反して信念を持った雰囲気のビートで始まる。構成としてはTK→ELIONE→CHICO CARLITO→ ELIONEの流れで、Hookが際立つ動きになっている。
TKの「泥だらけでも磨くAir Force 1」という言葉から、前曲のどん底に落ちても繰り返しトライする泥臭さと高貴なプライドを感じた。そんなリリックを紡いだTKからELIONEへと泥臭さとプライドをそのまま受け継いだバトン、「真っ白なForce 1踏ませないね」。この同じ単語からリレーのように繋がりが、ELIONEの「俺ら止まらねぇ Runnin' Runnin'」の絆や仲間意識といった一種の美しさを感じた。
CHICO CARLITOのバースでの「繋ぐ三角 過去現在未来」から過去・現在・未来といった時系列を想像すれば、通常一本の直線上からなるイメージだが、CHICOからすればその三つ全てが同じ比重(価値)を持つ価値観があるのではないかと考えた。
また、この曲が良いと思った人は『時計の針』も聴いてみてほしい。
https://youtu.be/2tZTG5Xmq0s?si=qUlFMbTMmE6U29Y8
『For What』
三連続で声ありサンプリングのビートでゆったりした曲が多いのかと思ったが、ラップが入ると急にテンポが上がりライブ映えしそうな曲に変化した。
「シケた顔なんてしてる暇ねぇ(For What)」「ここで変わらなきゃバカ」とあるように、行動することの重要さを全面に押し出している。タイトルのFor Whatという言葉を続々と繋げることで、行動の先にある目標を意識する必要性も顕示しているのか。
テークエムの「金得ても寝てるだけじゃ 自由の囚人」というオブラートにも包まぬ物言いに心打たれた。現代の日本語HIPHOPのシーンの売れたことに満足してそれ以上の楽曲制作をしない人、つまりは自由の囚人と成り果てたアーティストの存在へのアンチテーゼか。
このリリックを聴いて、向上心のないものは馬鹿だという言葉を思い出した。反定立という難しい内容をユニークかつメロディアスに分かりやすく表現している点が素晴らしい。
『Life Goes On』
Mellowでゆったりとしたビートに落ち着いてしっとりとしたラップが乗っており、先ほどまでの曲とは区別された新鮮さを感じた。この曲の立ち位置としてはTKda黒ぶちを代表するかのような、ある種 自分という存在を伝える大きな意図を持つ曲のようにも思えた。
合わせて、「春日部」から「ひろし」「しんのすけ」へと繋がる所々に面白さを内包した TKを知らずとも楽しく聴ける一曲になっている。ここから一人のラッパーを知っていく糸口になれば嬉しい。
TKの「15の夜から名乗ったTK」と 般若の「15の夜はスキンヘッド 将来性も何も無え時は過ぎてく」にて、二人とも同じ15歲の頃を思い返している。同一の主題である15歲という当時のリアルを吐露している点が、全く違う人生を歩んできたそれぞれの原風景が微かにチラつく。
般若はさらに25,35,45と、10年ごとに当日・現在のリアルを吐露している。その45での「百ゼロ位バッチリ1番ヤベー」から、般若の『あの頃じゃねえ』の「十ゼロくらい不利だぜ」が想起され懐かしさを覚えた人は多いのではないか。今が一番良いの胸張って言えるところ、どこを切り取ってもきっちり成果を出しておりヤバかったと思えるのは心から凄い人間だと思う。
『I Can』
少しの不穏を孕んだ爽やかなビートに合ったフレッシュなキックが印象的だ。さっきの『Life Goes On』を自己紹介のような曲と形容したが、それ以上に深くHIPHOPに寄った自身の好みなどを自己開示している曲に思えた。
別の視点から、これまでの曲は何度でもやり直せるといった内容が多かったが、この曲では「巻き戻しとか待ったはないね」や「一歩一歩着実に前に」など失敗はこれ以上出来ないという、少々強迫(観念)めいた軸が窺える。有り体に言えばプレッシャーであり、直接的では無いがそれがこの曲からふんわり漂ってくる。
Hookでの「Nasみたいに言うI Can」からNasの『I Can』を改めて聴いてみたところ、"何にでも成れる"というメッセージを受け取った。そこで、この曲はある程度自信を持てた人間が、さらに何者かになるための階段を上る過程を表現しているように思えた。
『Time Card』
爽やかな側面など無い非常に蠱惑的なビートに、それとは相反したTime Cardというタイトル。真っ先に思い浮かぶのは仕事の出退勤を記録するタイムカードだろうか、実際に曲を聴くと想像していたカードのことであることが分かる。
基本的に仕事への思いと今後の展望が綴られているリアルなリリックに加えて、時々アリとキリギリスのような言葉遊びが差し込まれているTKらしいラップである。「先にデビューしたあいつ」「同期は車 俺はビート」など、人との差が描かれている箇所が目に付いた。これは嫉妬かそれとも尊敬か、深く踏み込んだ具体的な心情は無さそうだ。いつか言語化される日が来るのか、それとも言葉に出来ない感情なのだろうか。
この曲でもNasのIllmaticというワードが出てきているが、前曲でI CanがTKっぽいと思ったがIllmaticも好きなのだろうか。好きなNasの曲によって分かる人間性もあると思うので、純粋にTKの好きな曲が気になった流れであった。
『それでもまた』
薄暗い夕闇で佇み潮風を感じているようなビートに、きっとTK自身の信念だろうか"やり直せる"や"諦めない"といったワードがふんだんに詰め込まれている一曲だ。
「神さま作らないタイムマシン 作ったの学びのダイアリー」では、過去はやり直せないがそれ(失敗)を糧にするといった気概を感じた。「諦めなければきっと大丈夫 諦め悪いのもきっと才能」で踏めているのが美しいと思った。こういった一度は聞いたことがある言葉を再構築して、ラップとして 音楽として昇華させられるのはTKの大きな才能だと思う。
余談だが、「ライツ カメラ あと怠ったアクション」から本アルバム『For What』でネームドロップされていたMUROの『Chain Reaction』を久しぶりに聴くきっかけとなった。
『湾岸』
これまでの落ち着いた雰囲気から少し変わり、個々の楽器の主張が激しくシーンによる移り変わりが多いビートである。リリックを見れば納得、車に関する用語がいくつも散りばめられており、車のスピードでこれまでのことやこれからのことをスクロールしているように感じた。
このスクロールと車内から流れていく風景を重ねているのは、とても分かりやすい描写で上手である。TKは"分かるやつに分かる"ではない難解な背景や難しい用語などを使わない、誰にも届けられるラップが特徴だと考える。現に"スクロール"もスマートフォンが普及している今の時代ならではの、誰でも分かる一定のボーダーを超えた用語など、時代とそれに合わせた理解を大切にしているように思う。
『鳴り止まない音』
非常にシンプルで静かな水面に音の波紋が広がるビート上に熱い想いが込められたラップが乗り、より熱意が伝わってくるように感じた。これはGAGLEのメンバーであるDJ MITSU THE BEATSのビートである。
この曲を聴いて"現在から過去への自分への手紙"も"過去から現在の自分への手紙"も、どちらの側面でもある二面的な曲に思えた。具体的に手紙のキーワードとして"何者か"に焦点を当て取り上げる。前提として、"何者か"とは自身がありたい姿という目標達成よりも、他者からの存在肯定がいわゆる"何者か"になる鍵だと思っている。
まず、「なりたかったはずだろ?何者かに 俺もお前も」の部分は"現在から過去"で、明らかに過去形として時系列では"お前"とは過去にあたる自分自身ではないか。そう考え、現在の自分が過去の自分に語り掛けている風景が浮かんだ。次に"過去から現在"は「何者かになったつもりの俺は今何者か?」の部分だ。この疑問は過去の立場から今の自分を見た時に浮かんだのか、今の自分の不安定さを客観的に明け透けにされているようだ。
この不安定さとは答えを追い求めない自由さとも通ずるものがあるように思う。答えを決め断定することで生じる不自由さに繋がる恐怖を感じる。
『Re:Dream』
本アルバムは後半にかけて明るい雰囲気になっているのか、どの曲よりも明るく水色の空のように感じるビートだ。多くの人が知っているTKの代表曲『Dream』が存在しており、もしかしてその続編にあたるのかと思いそちらも改めて聴いてみた。
明るく前向きになれるような雰囲気は似ており、「この道行ったり来たり つまずいた でも失敗に価値」から夢に向かってする努力や夢を持つことを諦めない等、メッセージ性は一貫して変わらない部分に思えた。
そして、「もがいてるあんたに言うよ これから答え出すあんたにも言うよ」から、夢が持てず(夢が破れ)悩んでいる人や夢があっても上手くいかない人など、どんな人でも背中を押してくれるような内容になっている。同じ2018年から生きている人にはその時代の情景も思い浮かんでより身近によりリアルに感じ取れるだろう。
HIPHOPは生き様と言われるように「HIPHOPにPainは何故似合う?」のリリックから、人生における挫折や失敗は人間らしさを表す一つの要因であり、より泥臭い挑戦はその人だけの色濃い生き方になるのだと解釈した。
最後に
冒頭にも書いたが、TKda黒ぶちの特徴には言葉の埋め方・言葉の空間の入れ方など音の作り方が非常に上手い点が挙げられる。また、曲を聴く中で誰にも届けられるラップが特徴ということにも気が付いた。
まとめると音の作り方とラップの内容という二つの視点から、TKの音楽性が評価されるように思う。『Dream』が最も有名な曲だと思うが、このアルバムをきっかけに多くの楽曲を聴き、TKの様々な才能に気付いてくれたら良いなと思う。