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感謝御礼『なりプロ』バレンタイン短編♡

こんにちは。

角川つばさ文庫さんより発売中の『なりたいアナタにプロデュース。』先月最新の3巻が発売しました!

※『なりたいアナタにプロデュース。』ってなに?
 という方は公式さんの特集ページをどうぞ↓
 https://tsubasabunko.jp/special/naritaianata/sp2203-a.html


『なりプロ』は3巻が完結巻なのですが、完結するのをショックがってくださる方、まだ読みたいと言ってくださるコメントをたくさんいただきましたので、私もうれしくなって、3巻のその後の短編を書き上げてしまいましたー!

どこにアップするのがいいか考えた末、初めてnoteさんにおじゃましています。

短編の内容としては、3巻のその後なので最終巻のネタバレ含みます。

ちなみに本編では真夏なんですが、明日はバレンタイン❤️ということもあり、せっかくなのでバレンタインにちなんだストーリーにしてます!

なので、3巻は夏がはじまるぜ! って終わり方してますが、短編はめちゃくちゃ冬でございますー!

そこはみなさま、なりプロキャラと同じく、時空を超えてくださいませー💫

それではこの下より、短編がはじまります!
ちなみに短編のタイトルは、

題して【バレンタイン・ミッション!】

今回も主人公のゆずは、頑張っております!
どうか少しでも、みなさんに楽しんでいただけますように🌟

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【バレンタイン・ミッション!】


 将来メイクアップアーティストになる(予定!)小学5年生なあたし、倉持 柚葉(くらもち ゆずは)。
 あたしは今、事件に巻き込まれています。
 
「なんだかここは、事件のにおいがしますなぁ」
 
 あたしが犬みたいに鼻をクンクンとしているとなりで、凛(りん)が手をモジモジさせながらこう言った。
 
「それは事件のにおいじゃなくて……チョコレートが焦(こ)げたにおいじゃないかな?」
「あははっ、やっぱり?」
 
 事件のせいにして現実逃避(げんじつとうひ)しようと思ったけど、あえなく失敗!
 目の前にあるのは焦(こ)げてススみたいに真っ黒になった、チョコレートの残骸(ざんがい)と、もともとは甘くて美味しいミルクチョコレートのビターな香り。

 って、そもそもあたしはなにをしてるのかって?

 それはね、来たる2月14日! ハートが飛び交う、バレンタインデー!
 そのバレンタインの日に渡すチョコを作るために、親友の凛と一緒に作ってみたんだけど……現在とても、ヒサンな状態デス。
 
「なんで焦げちゃうかなぁ?」
「ゆずはちゃん、チョコレートはちゃんと湯せんで溶かさなくっちゃ。お鍋に入れて直接火をかけちゃったら、焦げちゃうよ」
 
 確かにレシピにもそう書いてたんだけどね。
 わざわざお湯をわかしてボールに入れて、ゆっくりじっくりチョコを溶かすなんてめんどくさくって、ついつい直接やっちゃった。
 
「いけると思ったんだけどなぁ〜」
 
 全然いけませんでした。
 あたしって料理オンチなのに、レシピ通りにしようとしないから、いっつも失敗しちゃう。
 ……ん?
 だからあたしってば料理できないのかな?
 うーん、なんて首をかしげつつ凛の手元を見てみると……。
 
「えっ、凛ってば、もうチョコレート出来ちゃったの⁉︎」
 
 凛の目の前には、コロコロと丸まったトリュフのチョコレートがならんでる。
 
「うん、トリュフはカンタンだから……ちなみにゆずはちゃんは何を作るつもりなの?」
「あたし? あたしはね、生ガトーショコラケーキだよ!」
「なっ、生ガトーショコラケーキ?」
「うん。このレシピの写真見てたらさ、すっごくおいしそうだったんだよね!」
 
 今日はバレンタインデーに向けての練習のつもりだから、作ったやつは自分で食べれるし。
 そう思ったらよけいに、普段食べれないようなものを作りたくなっちゃうよね。
 
「普段はお料理しないしって思ったら、ついつい手の込んだものを作りたくなちゃったんだよね。たまにならこだわったもの作ってもいいかなーって思ったの」
「いやいや、そこは逆じゃない?」
 
 そう言って凛の後ろからひょっこり顔を覗かせたのは、同じ学校のお友だち、芽衣(めい)だ。
 実は今日、あたしは芽衣のお家で、お料理上手な凛からお菓子作りのレッスン中なの。
 芽衣はお菓子は作るより買う主義だからって、場所だけ提供してくれたんだ。
 その代わりに、あたし達は出来上がったものを芽衣におすそ分けする約束なんだけどね。
 芽衣はさっそく、凛が作ったトリュフを一つ掴んで、パクリ。
 
「んー! おいしー! 凛ってばいいおよめさんになるよ!」
「おっ、およめさん⁉︎」
 
 凛が顔を真っ赤にしながらオロオロしてる中、あたしも凛のトリュフを一つつまむ。
 
「どれどれ……んんっ、めちゃくちゃおいしー!」
 
 あたしは思わずほっぺたを両手ではさんで、トリュフの甘い余韻(よいん)にひたる。
 
「ゆずはもこういうのにしたら? 生ガトーショコラケーキなんて、名前聞いただけでも、作るのむずかしそうって思うんだけど?」
「ううーん、やっぱりそうなのかなぁ?」
「だってさ、チョコレートとかすところで失敗って、それってまだ序盤(じょばん)でしょ? そこでつまずいちゃったら、ケーキ作るのはハードル高すぎない?」
 
 うむむ……確かにそうかも。
 
「やっぱりあたしにケーキは、難しいのかなぁ?」
 
 チラリと横目で、お菓子作りのマスター、凛さまの顔を見やる。
 
「だっ、大丈夫だよ、ゆずはちゃん。だって今日は、本番のために練習するんでしょ? だったら本番にはうまくいくように、今はたくさん失敗しようよ」
「凛―!」
 
 あたしは思わず、凛に抱きついた。
 普段の凛は、はずかしがり屋さんで、ちょっぴりおどおどしちゃう性格なんだけど、今の凛はすっごく頼もしい!
 
「凛って本当に器用だよね。お菓子作りも得意だし、うらやましー」
「そっ、そうかな? よくお母さんと一緒に料理やお菓子作ってるからかも」
「すごーい! あたしも芽衣と一緒で、普段は食べる専門だもん」
 
 そんなふうにあたしがソンケイの眼差しを凛に向けているとなりで、芽衣は凛のトリュフを再びつかむ。
 
「こらこらゆずは。あたしは食べる専門だけど、やろうと思えばなんだって作れるんだからね。ただ作らないってだけー」
 
 芽衣はそう言ったあと、トリュフをポーンと口の中に運んで、ほおを緩ませている。
 
「でもゆずは、今回はどうしてチョコレートを作ろうと思ったの? いつもならバレンタインなんて、興味なかったでしょ?」
 
 そう、普段のあたしならチョコレートは食べるものだ! ……なんて言って、作ったりしない。
 むしろそんなイベントよりも、メイク!
 街がバレンタイン一色になる中、あたしはバレンタイン用のかわいいコスメをチェックしてる方が幸せだった。
 ――だがしかーし!
 今年のゆずはちゃんは、ひと味もふた味もちがうのでーす!
 
「実はね、今年はあたし、チョコを作って告白したいと思ってるの!」
「「えっ!」」
 
 凛と芽衣が驚きながら、ハモった。
 二人が同時にあたしを見るから、自分で宣言しておきながらも、照れちゃうよー!
 
「告白って、ヨウくんに⁉︎」
「うん!」
 
 そうそう、凛はもちろん、芽衣も、あたしがヨウくんのことが好きだって、知ってるの。
 実は前にね、ヨウくんに告白したんだけど、失敗しちゃって。
 告白したつもりでいたけど、実際はできてなかったというか……ちょっと説明が難しいんだけど、とにかくヨウくんにあたしの気持ちが伝わってなかったんだよー!
 
「ゆずは、やるじゃーん!」
「ゆずはちゃん、うまくいくといいね。応援してるね!」
「二人ともありがとー! そう、だから今回のバレンタインのイベントにはね、全力で乗っかるつもりなの!」
 
 あたしは片手を腰に当てて、もう片方の手は天井向けて指さした。
 
「チョコケーキと一緒に、告白大作戦! 題して、バレンタイン・ミッションだ!」
 
 こうして宣言すると、よりいっそうやる気出てきたよー!
 よーし、やっるぞー!
 
 
   ***
 
 
 ――そうこうしてるうちに、バレンタインデー当日。
 
「おはよう、ゆずはちゃん」
「凛、おっはよー!」
 
 いつものように元気いっぱいに、学校に登校するとーー。
 
「はい、これ、ゆずはちゃんに」
 
 そう言って凛は、ホワホワとした笑顔で、小さな箱をあたしに手渡す。
 
「バレンタインデーのチョコレートだよ」
「凛、ありがとー! 実は今日、あたしも持ってきたんだよ!」
 
 普段なら、もらいっぱなしの友チョコ。
 今日はあたしからも、チョコレートを凛に渡す。
 それはラッピング用のビニール袋に入った、小さなトリュフ。
 この間芽衣の家で練習した時、凛が作り方を教えてくれたんだ。
 
「ゆずはちゃん、ありがとう。生チョコケーキはうまく作れたかな?」
 
 凛は教室内にいるヨウくんに視線を向けながら、コソコソ声でそう聞いた。
 
「うん、上手くいったよ!」
 
 あたしも凛と同じように、コソッと話しながら、手さげバックの中に入った箱を見せる。
 凛と一緒に芽衣の家で、何度も失敗して、最後の最後に成功した生ガトーショコラケーキ。
 失敗を繰り返したおかげで、昨日は一人でも上手に作れたの。
 それを箱に入れて、リボンでラッピングをして、あとは渡すだけ。
 
「手紙かメッセージカードは、中に入ってるの?」
 
 手さげバックの中をのぞき込みながら、凛は再び小声でそう聞いた。
 
「ううん。直接渡すつもりだから、その時に口頭で言うつもり」
 
 手紙で告白してもいいんだけど、ちゃんと言葉で伝えたいんだ。
 それに手紙だったら、ヨウくんの反応が見れない。
 家に帰ってからケーキと一緒に手紙を読まれるわけでしょ?
 それっていつ?
 何時になったらヨウくんは家に着いて、手紙を読むの?
 手紙を読んだかどうかが、次の日までわからないなんて、あたしは絶対緊張するし、色んなことを想像して眠れなくなっちゃうと思う。
 だったら、結果を知るのは早い方がいい。
 喜びも、悲しみも、その場で知りたい。
 ……もし、ヨウくんが返事をためらったり、時間が欲しいって言われたら話は別だけど。
 そうじゃないなら、あたしはーー。

 そこまで思ったところで、凛があたしの手をギュッとにぎって、こう言った。
 
「いつでも話なら聞くからね。ゆずはちゃん、頑張ってね」
 
 眉(まゆ)じりが下がり気味な凛は、その表情がどこか不安げに見えるはずなのに、今だけは違って見える。
 それはきっと、凛の瞳がとても力強く澄んでいるからなのかもしれない。
 
「ありがとう。あたし、頑張るね!」
 
 凛に、にぎり締めてもらった手。
 それを今度はあたしが、ギュッとにぎり返す。
 それから凛の手を離し、あたしはクルリと身をひるがえした。
 
「ヨウくん、おはよー!」
 
 いつものように。普段通りヨウくんにあいさつすると、ヨウくんはふにゃりと表情をくずして笑った。
 
「おはよう、ゆずはちゃん」
 
 あたしもヨウくんにつられて、自然とほおが緩んじゃう。
 
「ヨウくん、あのね。話があるんだけど、今日の放課後、一緒に帰れないかな?」
 
 一緒に帰るっていっても、家の方向は逆だから、学校を出たところまでになっちゃうけど。
 でも、そこまででもいいの。
 さすがにあたしも、人の多い教室で告白する勇気は持ち合わせてないから。
 ケーキはその時に渡して、ちゃんと言うんだ。
 
 ――ヨウくんが好きです、って。
 
「うん、いいよ。ぼく日直だから、終わるまで待っててくれる?」
「もちろん! ありがとう!」
 
 思わずお礼の言葉が、あたしの口から飛び出した。
 するとヨウくんは「あははっ」って笑いながら、「どういたしまして?」って首をかしげちゃった。
 そんなちょっとしたヨウくんのしぐさに、あたしの胸はポワポワと温かくなっていく。
 そんなあたしの温まった気分とは裏腹に……。
 
「あっ、雪だね」
 
 窓の外には、チラチラとした白い雪が降り出していた。
 
 
  ***
 
 
「芽衣―! マリリーン!」
 
 お昼ご飯を食べ終えたあと、あたしは食堂を出た足で、芽衣たちのいる教室に向かった。
 もちろん、その理由は……。
 
「はい! ハッピーバレンタイン!」
 
 ……友チョコを配るため!
 あたしが言うのもなんだけど、メイクバカなあたしがチョコを手作りするなんて、すーーーーっごくめずらしいことだから。
 貴重な体験は、みんなと共有しなくっちゃ!
 
「やった! ゆずは、ありがとー!」
 
 ダンス部の芽衣は、あたしからのチョコを受け取りながら、嬉しそうに小おどりしてる。
 おしゃれっ子な芽衣は、今日は三つ編みでハーフアップ。
 ハーフアップした髪には、ハート型の髪どめをつけてる。
 バレンタイン仕様な感じが、またかわいい!
 
「あら、ゆずは。手作りチョコなの? 意外ね」
「えへへー、意外でしょ? あたしも初めて作ったんだよ」
 
 すごいでしょ? って胸を張ってそう言ったのに、マリリンってば大きなアーモンド型の目を、スーッと細めながらチョコを見てる。
 
「胃薬、持ってたかしら?」
「マリリーン! ひどいー! あたしだって、ちゃんと味見したのにー!」
「ふふっ、冗談よ。ありがとう。いただくわ」
 
 あたしは最初、マリリンこと乾(いぬい)まりあちゃんに、すっごく嫌われてたんだよね。
 それは、なんでかっていうと……。
 
「あのね、マリリン。マリリンにはちゃんと言っておきたいなって思ってたんだけど……」
「なに? ヨウくんに告白、する気になったのかしら?」
「……!」
 
 その通りなのですが、マリリンってばすごいー! エスパーなの⁉︎
 あたしが驚いていると、そんな様子を見てマリリンは再び笑った。
 
「ゆずはは分かりやすいわね。まぁ、普段作らないチョコをゆずはが作った理由は、そんなことだろうと思ったけれど」
「あのね、マリリンってその、まだ、ヨウくんのこと……?」
 
 マリリンは昔、ヨウくんのことが好きだった。
 あたしとヨウくんは同じクラスだし、メイクのこともあってよく一緒にいたから、それであたしはマリリンに嫌われちゃってた。
 今はその時のわだかまりも解けて、仲良くなったんだけど……でも、マリリンはもしかしたら、まだ……。
 
「もう好きじゃないから安心して。フラれた相手をいつまでも追っかけるほど、わたしはヒマじゃないの」
 
 そう言って、マリリンは窓の外を見上げる。
 朝から降り出した雪は、少しずつ地面を白く染めていく。
 けれど今日の気温では、目の前が真っ白になるほどの雪は降らないみたい。
 
「だからもう、気にしないで」
 
 雪のように白い肌をした、マリリン。
 まるで雪の妖精が舞い降りたのかと思うくらい、キレイな笑顔を見せるマリリンに、あたしの目はクギづけになる。
 こんなに美人なマリリンでも、ダメだったんだ。
 だったら、あたしなんてもっとダメじゃない?
 そんな弱気なあたしの考えが、ひょっこり顔を出した。
 だけどその弱気なあたしも、マリリンの笑顔とこの一言で消し飛ぶ。
 
「応援してるから、ゆずははゆずはらしく頑張りなさい」
 
 ――『乾は美人なだけじゃなくて、すっげーカッコいい性格してんだぜ!』
 
 はじめてマリリンを目にした日、マリリンと同じクラスの上久保くんがそう言ってたっけ。
 本当にマリリンは、カッコいいね。
 
「ところでマリリン。だったらマリリンは、誰かにチョコあげないの? 本命じゃなくても、友チョコとか?」
 
 あたしがあげたチョコをほお張りながら、芽衣が聞いた。
 どうやら芽衣は、チョコが大好きみたい。
 だからバレンタインデーは誰にもチョコをあげない。むしろ自分が、チョコが欲しいって、こないだ言ってたっけ。
 目を爛々(らんらん)とかがやかせてる様子を見ると、芽衣はマリリンからも友チョコを欲しいと思ってるのかも。
 ――だけど残念ながら。
 
「友チョコなんて不毛(ふもう)なもの、あげないわよ。もちろん人からもらう分には、ありがたくいただくけれど」
「不毛?」
「得るものがないという意味よ。告白をするのなら、バレンタインデーというイベントを利用するのはいいかな、と思うのだけれど、そうじゃないのであればわざわざチョコレート会社の策略に乗る意味が分からないわ」
 
 ……なるほど。マリリンらしい回答だ。
 そう思ったと同時に、あたしは視界に入っていた上久保くんをチラリと見やる。
 彼はマリリンのすぐ近くで、聞き耳を立てる様子だった。
 きっとマリリンがチョコを用意してないことに、ガッカリしたんだろうな。
 あからさまに落胆(らくたん)して、彼はしなだれている。
 ――上久保くんは、マリリンのことが好きなんだよね。
 
「そっかぁ。ザンネン」
 
 芽衣は最後の一つである、トリュフを口の中に放り込んで、指についたココアパウダーを舐(な)めている。
 
「でも」
 
 マリリンは口元に小さく笑みをのせた。
 それと同時に、彼女の大きな瞳が上久保くんの方向を向いた。
 
「お礼としてあげるのは、アリだと思うわ」
「お礼?」
「ええ。落ち込んでる時に、元気づけてくれた人に、とか?」
 
 マリリンの視線は上久保くんを向いているのに、上久保くんはしょげちゃって、気づいていない。
 
「それってさ、告白してフラれた相手からもらっても、嬉しいのかな……?」
 
 あたしの脳裏には、一人の人物の顔が浮かんでる。
 柊沢 烈(ひいらぎざわ れつ)。
 変人で偏屈(へんくつ)、あたしとはずーっと天敵同士だった、風紀委員の男の子。
 天敵同士だったんだけど、ちょっとしたことがあって、今ではいい奴って思ってるんだよね。
 そんなレツからあたしは、告白されて。
 でもあたしはヨウくんが好きだって気づいたから、告白はちゃんと断ったの。
 実は今日、そのレツのためにもチョコを持ってきてるんだけど……フラれた相手からチョコをもらうのって、どうなの?
 お礼のチョコなんて、嬉しいのかな?
 フッた相手のエゴだって思われたり、する?
 そう思ってまだ渡せずにいる、もう一袋の友チョコ。
 
「わたしなら、嬉しいけれど。人によるんじゃないかしら?」
「そっ、そうだよね」
 
 だったら、どうなんだろう? 渡しちゃっても、いいのかな?
 
「でも、悩むくらいなら渡してみれば?」
 
 チョコレートを食べて、満足した様子の芽衣は、さらにこう言った。
 
「だって今日は、バレンタインデーでしょ? せっかくのイベントじゃん。乗っかっちゃえばいいんだよ。相手も嫌だったら受け取らないか、食べないでしょ」
「確かに……そうかな?」
 
 あいまいなあたしの回答に、マリリンはスッパリ言った。
 
「その相手っていうのがもし、わたしの毛嫌いする風紀男子なんだったら、あげなくてもいいんじゃないかしら?」
「えっ⁉︎」
「……って、言いたいところだけど、あいつだったら気にせず受け取るんじゃないかしら。多分わたしと同じで、よろこぶと思うけれど」
「そうかな?」
「あら、心外だわ。わたしの言葉が、信用できないのかしら?」
 
 そんな風につっけんどんな言い方をしたマリリンに、あたしは抱きついた。
 
「あははっ、マリリンが言うならそうかも!」
 
 レツとマリリンって似てないようで、ちょっと似てるんだよね。
 だからマリリンがそう言うのなら、そうかも! って思えてきちゃう。
 
「さっそく渡しに行ってくる!」
 
 善は急げだ。
 あたしは芽衣とマリリンの教室を飛び出して、レツのいる教室へと向かった。
 
 
   *
 
 
「あっ、いた! レツー」
 
 制服をキチンと着こなした、真っ黒い髪の男の子。
 さっきレツの教室に行ったら、いなくて。
 レツを探してたら、相変わらずレツってば風紀委員の仕事をしてるみたい。
 他の生徒に向けて、腕につけてる風紀委員の腕章を見せつけてたから、きっとそう。
 相変わらずなヤツだ。
 
「おい、ゆずは。ろうかは走るんじゃない」
 
 パタパタと音を鳴らして駆けていたあたしに、ビシッと指を指した。
 
「こら、それを言うなら、人に向けて指を指しちゃいけないんだよ」
 
 あたしも負けじと言い返すけど……。
 
「人の顔を指すのはダメだろう。だからおれは、ゆずはの足を指したんだ」
 
 ああ言えばこう言う。
 そしてあたしはいつも、レツには口では敵わない。
 でも普段通りのこの流れならーー。
 
「はい、これ」
 
 あたしは勢いで、手に持っていたチョコレートの袋を渡す。
 
「偏屈な風紀委員のレツに、倉持ゆずはちゃんからお届け物です!」
「……これは」
 
 驚いた顔で、レツはあたしからチョコを受け取った。
 
「今日はバレンタインデーだから」
「ああ、そういえばそうだったな」
 
 変なヤツだけど。
 でも、あたしが困ってる時や、落ち込んでる時。親身になって助けてくれたのは、レツだった。
 だから少しでも、感謝の気持ちを込めて。
 
「……じゃあなんだ。これは、おれに対する愛の告白か?」
「ぎゃー! 違いますー!」
 
 思わず手を伸ばして、チョコをひったくろうとしたけど、レツはヒョイとかわす。
 
「ふん、冗談だ」
 
 その冗談、シャレになんないから、やめてー!
 
「手作りか?」
「そうだよ! 人生ではじめて作った、ゆずはちゃん特製の手作りチョコなんだからね。ありがたーく、食べてよね」
「そうか。ならば保健室に胃薬があるか確認しておこう」
「ひどー! 食べてもお腹こわしたりしないよー!」
「ふっ、冗談だ」
 
 ほらね。マリリンとレツって、ちょっと似てるところがあるんだよね……こういう冗談を言っちゃうところとかっ!
 
「ありがとな、ゆずは。ありがたくいただくことにする」
 
 そんな風に言いながら、あたしのチョコを愛おしそうに見つめるレツ。
 
「ありがとうを言うのは、あたしの方だよ」
 
 このチョコは、友チョコというより、感謝のチョコ。
 感謝の言葉って、口で言っても足りない気がするから、だからこうしてあたしの思いをチョコに封じ込めるの。
 レツ、ありがとねって。
 
 
   ***
 
 
 ――ドキドキドキドキ。
 倉持ゆずはの心臓は、ただいまバクハツ寸前(すんぜん)です。
 ヨウくんの日直のおしごとが終わるのを、学校内にある温室で待ち中。
 うー! 緊張して吐きそうだよー!
 ヨウくんに早く来てほしい気持ちと、いつまでも来ないでほしいなんて気持ちとがせめぎ合っている。
 落ち着け、落ち着けゆずは。
 あたしはスーハーと深呼吸をした後、いつも首から下げているペンダント。
 そのペンダントのフタをパカんと開けて、中に入ってる薬用リップを指でとる。
 それをつけて、キュッと甘く、くちびるをかんで……よしっ!
 これがあたしの、勇気の出るおまじないなの。
 そんな風に気合いを入れていたらーー。
 
「ヨウくん!」
 
 ガラス張りの温室の中から、ヨウくんがかけてくる姿が目に入った。
 相変わらず雪はチラチラと降っている。
 地面はほんのり、白い雪化粧。
 そんな景色の中で、ミルクティー色をした髪を逆なでながらかけてくる男の子。
 その姿を見ただけで、あたしの心臓がさらに加速をはじめる。
 
 ――ドキドキドキドキ。
 
 今度こそ、ちゃんと。
 ちゃんと告白するんだ。
 カンチガイさせちゃうような言い方じゃなく、ちゃんとヨウくん届くような言葉で。
 
 ――好きですって。
 
「ゆずはちゃん、待たせてごめんね!」
 
 あたしは温室のトビラを開けて、ヨウくん目がけてかけ出す。
 背中には通学かばんを背負い、左手にはいつものメイクボックスをにぎり、右手には胸に抱え込むように、ヨウくんへのケーキを抱きしめて。
 
「ううん、ヨウくんこそーー」
 
 ――おつかれさま、って言おうとしたタイミングだった。
 あたしの目はヨウくんしか見えてなくて。
 だから、足元にこぶしくらいの石があることに気づいてなくて。
 そしたらそのまま……。
 
 ――ベシャ!
 
 時が、止まった気がした。
 むしろ止まってほしかった。
 ううん、どうせなら止まるんじゃなくて、巻き戻してほしい。
 あたしはものの見事に、あっぱれにーーすっ転んだ。
 顔面からのスライディングスタイルで。
 ……サイアクすぎる。
 痛いし、悲しいし、恥ずかしいし。
 もう顔あげる勇気もないよ。
 
「……ゆずはちゃん、大丈夫?」
 
 心配そうな声が、後頭部から聞こえる。
 顔あげたくないけど、さすがにこのままってわけにはいかないから、あたしはゆっくりと顔を上げた。
 
「あははっ、転んじゃった」
 
 地面は雪でぬれていて、びちょびちょだ。
 あたしの顔もきっと、この地面のようにびちょびちょなんだろうな。
 恥ずかしさをごまかすように笑ったけど……。
 
「あっ……」
 
 転んだショウゲキと、痛み。そして驚きで、今の今まで気づかなかったけど……。
 抱きかかえてたケーキは、あたしのお腹の下敷きになって、べしゃんこだった。
 
「箱、潰れちゃったね」
 
 つぶれて、中身が飛び出した、あたしの生ガトーショコラケーキ。
 地面と一体化してしまったそれは、あたしの制服をも汚してる。
 人生ではじめて作った、ケーキなのに。
 人生ではじめて楽しみにした、バレンタインイベントなのに。
 
「ゆずはちゃん、立てる? いったん、温室に戻ろうか」
 
 ヨウくんが差し出してくれた手を、あたしはまだつかめない。
 せっかく告白しようと思ってたのに。
 せっかく気合いも入れてたのに。
 
「ゆずはちゃん、泣かないで」
 
 あたしは堪えきれず、涙を流してしまった。
 今日のために、凛は一生けんめい作るのを手伝ってくれた。
 芽衣は何度も味見をしてくれて。だから昨日、ケーキが上手に作れたんだ。
 そしてさっき、マリリンはあたしがヨウくんに告白することを応援してくれた。
 
 そうやってみんなからもらった勇気が、このケーキのようにぺしゃんこになっちゃった。
 
「ううっ……ごめんね」
「なんでゆずはちゃんが、あやまるの?」
 
 ヨウくんの優しい声が、胸にしみる。
 だからよけいに涙が出ちゃうよ。
 
「このケーキね、ヨウくんにあげるつもりだったの」
 
 心がポッキリ折れちゃった。
 ケーキもない、顔も服もドロドロの状態で、告白なんてできない。
 だから。
 
「いつもメイクのこととか、たくさんお世話になってるでしょ? だからお礼がしたくって、はじめて作ったケーキだったんだぁ……」
 
 ケーキに込めた、もう一つの気持ちは言わない。
 こんな状態じゃ言えないし、言いたくない。
 でもそれが、すごく悲しい。
 
「……うん、おいしいよ」
 
 その言葉におどろいて、あたしは顔を上げた。
 するとヨウくんは、つぶれた箱の内側についたケーキの破片(はへん)を、指でなめとった後だった。
 
「だめだよ! ドロがついちゃったから、食べないで!」
 
 そう言ったと同時に、ヨウくんの口からガリッて音がした。
 やっぱりドロが混じっちゃってるんだ。
 そう思うあたしの感情とは裏腹に、ヨウくんは笑顔を見せた。
 
「ありがとう、すごくうれしい」
 
 ヨウくんの笑顔があまりにもまぶしくて、あたしは思わず見入ってしまった。
 
「ぼくもね、ゆずはちゃんに渡したいものがあるんだ」
「あたしに……?」
「うん、だから温室に行こう。渡すのは汚れを落とした後にしよう」
 
 ヨウくんはあたしの無惨(むざん)なケーキの箱を手さげ袋の中に入れなおし、その箱にラッピングで巻いていた真っ赤なリボンを手に取った。
 
「ケーキの代わりに、このリボンもらっていいかな?」
「えっ、いいけど……ただのリボンだよ?」
「うん。でもこれは、ゆずはちゃんからバレンタインチョコをもらった、記念だから」
 
 そう言いながら、ヨウくんはうれしそうにリボンを見つめた後、大事にボケットへとしまい込んだ。
 同時に、近くに吹っ飛んでいたメイクボックスを拾い上げてくれたヨウくんは、あたしに向けて再び手を差し出す。
 
「風邪ひいちゃう前に、行こう」
「……うん」
 
 今度は、その手を取りながら、あたしはゆっくりとうなずいた。
 
 
   *
 
 
 水道で顔を洗い、ハンカチを濡らして汚れた体や制服をぬぐう。
 完全にキレイとはいえないけど、さっきよりかはだいぶマシだ。
 
「ゆずはちゃん、これ着てて」
 
 そう言って渡してくれたのは、ヨウくんが着ていた制服のニットベスト。
 
「ジャケットはそのまま着て帰れそうだけど、さすがにそのビスチェは着れそうにないでしょ」
 
 ビスチェというのは、あたしがいつもシャツの上から着ているベストのこと。
 転んだ時にびちょびちょになっちゃったから、これは帰ってからママに洗濯してもらうの。
 でもビスチェのおかげで中のシャツは濡れずにすんだみたい。
 
「えっ、いいよ。ヨウくんが寒いでしょ? ジャケットもあるから、あたしは大丈夫だよ」
「ゆずはちゃんの方が寒いでしょ? 顔が冷えて真っ青だよ。ぼくもジャケット持ってるし、ぼくは寒さに強いんだ。だからこれはゆずはちゃんが使って?」
 
 笑顔でものごしも柔らかいのに、なんとなく有無をいわさないヨウくんの物言い。
 あたしはありがとうと頭を下げて、それを受け取った。
 少し大きな、ニットベスト。
 着てみると、ヨウくんの優しい匂いがする。
 
「ゆずはちゃん。こっちに来て、座って?」
 
 いつものガーデニング用のチェアーに座るよう、ヨウくんがイスを引いて待っている。
 言われた通り、あたしがそこに座ると。
 
「寒くない? 魔法でもっと、温かくしてみない?」
 
 魔法で?
 ヨウくんはあたしのメイクボックスを開いて、その中からパレットを取り出した。
 
「あっ、それは……」
 
 この間、ヨウくんのママさんであり、あたしの尊敬するプロのメイクさんである、ケイさんから借りたチークのパレット。
 まだ借りただけで使ったことはなかったんだけど……。
 
「チークをつけたら、顔色がよく見えるよ」
 
 ああ、だからヨウくんは、温かくしようか? って言ったんだね。
 ほおに色がのれば、血色が良く見えるから、暖かそうにも見えるってことだね。
 
「チークの付け方はさ、色々あるんだけど……」
 
 そう言ってヨウくんは手際よくパレットのフタを開けて、セットでついてるチークのブラシを手に取った。
 
「ゆずはちゃん、ちょっとニッて感じで笑ってくれる?」
 
 ヨウくんは言いながら、白い歯を見せながら、笑ってみせた。
 
「こっ、こうかな?」
 
 あたしもヨウくんと同じように笑って見せる。
 すると口の端が引き上がり、ほおの高いところがふくらんだ。
 
「このほおが一番高いところにブラシを当てて、こめかみの方にすべらせるようにしてチークを乗せるんだ」
 
 へぇーって言いたいのに、口のはしを引き上げるようにして笑ってみせてるせいで、あたしの口からは間抜けな吐息(といき)だけがはき出された。
 
「チークは自然に。たくさんのせすぎないように、ブラシについた粉を手の甲(こう)で一度払ってから乗せるといいかも。ほら、どうかな?」
 
 ブラシがほおから離れたと同時に、ヨウくんはメイクボックスについてるカガミをあたしに向けた。
 
「わっ、ほんとだ! さっきより顔色が良く見える!」
 
 チークのおかげなのか、ヨウくんのニットベストを着てるおかげなのか。
 さっきまで冷えていた体が、少しポカポカとしてきた気がした。
 
「ヨウくんありがとう。なんか元気出てきたよ」
「それならよかった」
 
 そう言って王子さまは、キラキラと笑う。
 メイクの魔法。そのメイクをしてくれる、メイクのパートナーであるヨウくん。
 いつかまた、ちゃんと告白できたらいいな。
 
 ……なんて思っていたら。
 
「ゆずはちゃん、これ。受け取ってくれる?」
 
 キラキラな王子さまが、照れた様子で差し出したのは、ラッピングされた小さな箱。
 
「えっ?」
 
 受け取ってみたものの、なんだろう? って箱を四方八方(しほうはっぽう)から探ってみるけど、中身は見えない。
 
「開けてみて」
「うっ、うん」
 
 ていねいに包まれた、包装紙を開けてみるとーー。
 
「これって、もしかして……?」
 
 メイクのコンパクトケース?
 手のひらサイズのそれを見て、胸がおどると同時に、なんで? って疑問がよぎる。
 もしかして、ケイさんからもらったコスメの試供品かな?
 
「中身を箱から出してみて」
 
 ヨウくんがじっとあたしを見て、反応をうかがってる。
 あたしは言われるがままに、パッケージの箱を開けてコンパクトケースを取り出す。
 そしてそのフタを開けたらーー。
 
「わぁ、かわいい!」
 
 4色のアイシャドウと、繰り出し式のものとえんぴつタイプのリップが入ってる。
 でもこれって、もしかして……。
 
「……チョコレート?」
「うん。メイクパレットに見たてた、チョコレートなんだって」
 
 かわいいピンク色をしたパレットの中から、ほのかに香るのは甘いチョコレート。
 アイシャドウは4色ちがう板チョコ。
 えんぴつみたいなリップは、棒チョコレートの外に銀紙の包み紙。
 その包み紙にえんぴつのイラストが印刷されている。
 繰り出し式のリップは、取り出してフタを開けて、持ち手のところをクルリと回してみると、中から口紅……みたいなチョコレートが出てきた。
 
「さっきゆずはちゃんは言ったよね。ぼくにお礼がしたくて、ケーキを作ってくれたって。それはぼくも同じだよ」
「ヨウくんも……?」
「うん。ぼくもゆずはちゃんにお礼がしたくって。だから、ぼくからのチョコ、受け取ってくれる?」
 
 ハニカミながら言うヨウくんに、あたしの胸はキュッと締まる。
 
「でもなんで? いつも助けてもらってるのはあたしの方なのに、お礼なんて……」
 
 あたしのあこがれのメイクさんーーケイさんに会わせてくれたのも、メイクでわからないことがあったらいつもアドバイスをくれるのも、全部ヨウくん。
 あたしを助けてくれるのは、ヨウくんの方なのに。
 
「実は最近、前の小学校のクラスメイトの子に偶然会ったんだ」
 
 ヨウくんがこの小学校に来たのは、今年の5月から。
 それまでは違う学校に通ってたんだよね。
 
「覚えてる? ぼくがメイクをすることも、メイクが好きなことも隠すようになったきっかけ」
「前の学校でヨウくんがメイクをしてること、バカにされたから……だったよね?」
 
 もしかして……。
 
「その子に会ったの?」
 
 あたしが恐々(こわごわ)とそう聞くと、ヨウくんは困ったようにまゆ尻を下げて、うなずいた。
 
「だっ、大丈夫だったの⁉︎」
 
 それから、ヨウくんは人前でメイクの話も、メイクが好きだってことも、誰にも話さなくなったって言ってた。
 それはヨウくんにとっての、トラウマだ。
 
 
「心配してくれて、ありがとう。でもね、大丈夫だったんだ」
 
 そう言ったヨウくんの表情は、とてもすがすがしく見えて、あたしは思わずホッと息をついた。
 
「ぼくその時、その子たちに向かって言ったんだ。本当はぼく、メイクがすごく好きなんだって」
「えっ!」
「ゆずはちゃんのおかげだよ」
 
 パニックだ。
 ヨウくんすごい! って思うのと同時に、なんであたしのおかげなんて言うんだろうって思って。
 でもそしたらヨウくんは、目を細めて笑った。
 
「ゆずはちゃんと一緒にいて、そばでゆずはちゃんが真っ直ぐメイクに向き合う姿を見てて、ぼくもみんなにメイクが好きなんだって、言いたくなっちゃったんだ」
 
 ――チークつけてもらって、よかった。
 だって今、きっとあたしのほおは真っ赤だ。
 さっきまで感じてた寒さなんて、どこかに吹き飛んでしまった。
 それくらい、ヨウくんの笑顔にはあたしの中の何かを突き動かす力があった。
 
「こんな風に思えたのは間違いなく、ゆずはちゃんのおかげなんだ。だから、ありがとう」
 
 ヨウくん、それは違うよ。
 ヨウくんがすごいから、だから自分のトラウマを乗り越えられたんだよ。
 ……そんな風に思うけど、ヨウくんが嬉しそうに笑うから、あたしも嬉しくて笑顔がこぼれちゃう。
 理由なんてなんだっていい。ヨウくんがこうして嬉しそうに笑ってくれるだけで、それでいい。
 
「雪が吹雪かないうちに、帰ろっか」
 
 ヨウくんは、ガラスの向こうに広がる世界に目を向けた。
 
「ゆずはちゃん、今日は家まで送るよ」
 
 ヨウくんはそう言って、あたしに手を差し出した。
 
「えっ! いやいや! いいよ、逆方向だし」
 
 慌てて両手をぶんぶん振り回す。
 きっとヨウくんは、あたしがケーキのことで落ち込んでるって思ってるから、そんなことを言ってくれたんだと思うんだ。
 気を使わせちゃって申し訳ないー!
 
「いいんだ……今日はもう少し、ゆずはちゃんと一緒にいたい気分だから」
「えっ?」
 
 思わずもれ出た声に、ヨウくんは照れたように鼻の頭を指でかいた。
 
「ほっ、ほら! だって今日は、バレンタインデーでしょ!」
 
 ……えっ?
 なにその理由―⁉︎
 ヨウくんが言ってること、ちょっとよくわかんないけど……でも!
 
「そっ、そっか! バレンタインデーだもんねっ!」
 
 しどろもどろになりながら、あたしはヨウくんの意見を理解したフリをする。
 理由はどうであれ、あたしだってもう少し、ヨウくんと一緒にいたいなって思うから。
 
 告白もできなくて、ケーキもつぶれて、最悪なバレンタインデーだったけど。
 でも今は気分がいいから、それでいいや。
 そう思ってあたしは、ヨウくんの手をとって、温室を後にしたーー。
 
 
 ……Happy Valentine’s Day ♡

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