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すもも飴のない夏祭りもいいものだ

【上記の天狼院メディアグランプリに投稿していたライティング記事です】


「……すもも飴、ないんだ」
8月の終わりの夜、私は渋谷と原宿の中間にあるホテルにいた。このホテル、高級というよりは「洗練」「ハイセンス」といった言葉が似合うブティックホテルで、泊まったことはないのだけれど、以前仕事のイベントでパーティー会場として使わせてもらったご縁もあって、ちょくちょくお食事で利用させてもらったりもしている。今回はそのホテルが夏祭りをするとのことで、仕事帰りに会社の先輩たちと立ち寄った。

ホテルの1階の一角で開催されている夏祭りはこじんまりとはしているが、多分近所から来たのだろう、子供たちがはしゃぎ回っている。きれいなお花でアクセサリーを作ったり、思い思いに絵具をのせてTシャツを作ったり。DJブースから流れるシブヤ系(ということを先輩が教えてくれた)の音楽が心地よい。カールスバーグのビール瓶を片手に「何か食べよう」と、屋台と呼ぶにはいささかおしゃれすぎるスペースで、食べ物を物色していた。そこに、すもも飴はなかった。

小学生の時に近所の公園で、毎年夏祭りがあった。私はそこで必ず、母親にすもも飴を買ってもらっていた。今でもそうなのだけど、子供の頃から甘いものは正直それほど好きではない。水飴なんて、甘ったるいだけで、おいしいとは思っていなかった。べたべたするし。でも、
「真っ赤なすももは、まるでルビーみたい。そのまわりの水飴はまるでガラスみたいにきらきら光っている。なんて美しいんだろう」
私がいつもすもも飴を欲しがった理由。それは、手が伸ばせる美しい世界だったからだ。いつでもその世界に、夏は心を踊らせた。

小学生の時の私は、いつも何かにびくびくしていた。小1の時に、学校で筆箱や教科書がなくなった。なくしたことを担任の先生になじられて、叱られた。今思えば明らかに、それらは誰かに盗られていた。「やられたら、やり返せ」とアドバイスをしてくれる大人もいた。でも、誰がやったのかも分からなかった。世界はこういうものなのだと思った。途中で転校をして、私の世界は変わった。それでも「誰かが私の大事なものを盗っていくかもしれない」と、いつでも思っていた。誰かが分らないから、そういう世界なんだ、と思わずにはいられなかった。
だから夏には、そうではない、美しい世界を手に入れたかったんだ。

ホテルの夏祭りにはすもも飴がなかったから、代わりにハンバーガーを買った。お店の人に半分に切ってもらって、先輩と分けて食べる。3人で来ていたから、1番上の先輩が食べるのを遠慮して、私に食べていいよと言ってくれた。いいのかな、と私は思いながら、頬張る。うん、おいしい。すもも飴とは違って、小さい頃からハンバーガーは好きだ。ビールにもよく合う。目の前では盆踊りが始まって、子供たちも踊っている。頬をなでる夜風も気持ちよくて、夏の終わりの気配が少しだけする。次に出勤するときには、もう9月か。去年はすごく忙しかったけど、今年はどんな秋になるんだろう。

……すもも飴がなかったからハンバーガーを買ったと言ったけど、すもも飴があったとしても、恐らく私は買わなかった。おいしくもなければ、ビールにも合わない。この夏の私には、すもも飴を手に入れなくてはいけない理由がない。だって、大事なものを盗っていく人はいないから。ハンバーガーはむしろ譲ってもらった。私がいるこの世界は、すもも飴よりはもう幾分美しい。

「大人になると大変だ」
「社会に出ると苦労するぞ」
「学生の間に逃げ癖がついたらだめだ」
と学生の頃、大人から耳が痛くなるほど聞いていた。確かにね。生きるためにお金を稼ぐのも大変だし、社会には色々な人がいて毎日色々な事件が起きて、苦労もしている気がする。時には逃げたくなるようなことも起きる。普通に生活しているように見える人も、白鳥のように、水面下で足をバタバタさせているものだ。そして私もその一人。忙しくなる秋を思うと、少し憂鬱な気分になることもないわけではない。

でも私は断言したい。すもも飴がない夏祭りなんて、小学生の時の私には想像ができなかったように、今の自分には想像もできない世界が絶対にある。それは、子供だから想像できないとかそういう話でもなくて、大人になってもいつでもそんな世界が待っているということ。私にとっても、おしゃれなホテルでもなければ、ビールとハンバーガーもないけれど、もっと楽しい夏祭りに今後も出会う可能性があるんだ、ということ。

多くの学校では夏休みが終わって、2学期が始まる頃だろう。学校行くのが嫌だなぁと思うこともあるかもしれない。正直行かなくてもいいと私は思うけど、どちらにせよ、少なくとも、小学生の時の私にとってのすもも飴のような、心踊る小さな世界がみんなにあるといいなと思う。そして大人たちは、すもも飴よりも心踊る大きな世界があるということを、子供たちに見せられたらいいなぁと思うのだ。

お読みいただきありがとうございました😊🙌