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俺の月(虹色と月子)



「何しとん」
「ええ......恥ずかしかったものですから」
虹色の羽をした半獣のわたくしを見るなり驚き、隙だらけの男たちは全て眠らせました。月子を守るのがわたくしの宿命。月子が産まれてこのかた14年。
わたくしは少しカラスと睨み合いになりました。
ボオッと光ったのはそんな時でした。
赤い炎がわたくしの青い瞳目掛けて一直線に舞い上がったのです。炎龍もお怒りのもようです。
月子が何か言っています。わたくしにとってはお子様がお怒りになっておもちゃを投げつけるようなもの。
「時よ......」
黒い影がわたくしの頭上まで来ていました。
「わたくしの言う通りに止まりなさい」
わたくしが言うと、月子とわたくし以外の全部、月も星の瞬きも花の香りや鳥の羽音、小人の息も全て止まりました。これがわたくし。
「なぁ、水持ってきたけど......炎龍にかけたら死なへんの?」
「ええ、まあ、しばらく炎になれないだけです」
そしたらな、ごめんやで、とお優しい月子が水をかけても炎龍は動きません。
「時よ...動きなさい」
あとはカラスを手懐けるだけです。炎が消えて萎み、へたり込んでその炎龍は、茶色い髪と瞳をもつ男に慰めを求めてかキュウと鳴いて首へ滑り込みました。
カラスはギャアギャアと鳴き喚きながらわたくしに嘴を向けるのですが、わたくしの鋼できたかのような頑なな羽で全て防げます。
なんという弱さ。
「ピピオイピィ」
古くから伝わるカラスの言葉です。
カラスは名前を名乗りました。わたくしの勝ちですね。名を、トーマというらしいです。音が主人と似てるからかしら。
「ユーマ、ドウナル」
カラスが気にしているのはそれだけみたいです。
「起こしたりーや」
「月子。わたくしは我慢ならないわ。今までわたくしは何度となく止めたわね。外の世界へ、しかも男とだなんて!」
「なんでじゃあ、こいつら中々のんびりしとっていい心地のやつらじゃ。一緒にどっか行くのも人生のひとつやろ」
「ええ、ええ、しかしですね、外は危険よ」
「行ってみたいんじゃ。もうあの村には帰れんし。ええやろ?」
わたくしは、月子が大人になったら村へ帰らねばならない身です。月子が大人になるまでは、わたくしはあの方......カエル谷の(月子は名前を知らずに村に居ました)猫......ルビによって村を出れたのです。
この14年、この月子は自由すぎました。
わたくしは、月子にこの事をいつ話そうかと考えてはありました。本来ならわたくしは村に居ないといけない身。
ルビが気まぐれに、わたくしに化けて村へ居着いておられるからこそ、わたくしは月子を見守ると同時に島の中だけは動き回りすぎるほど動き回りました。
わたくしはカエル谷にあるスザ、という村の姫でございます。
ルビを置いては旅などと......。
しかし、もう14年も経ったのです。
もはや、潮時です。
わたくしのせいで月子が自由じゃない。
「......村人というのを隠せば、いいです。
ただし、島の中だけです」
ようやく言えたのは、そればかりです。
月子は目をぱちくりさせています。
「島の中だけって......もうえらい長い事周ったで」
「ええ、この男どもと周ればいいじゃない」
「じゃあ、お前を置いていくのはどうじゃ。お前は一人旅で、俺はみんなと行く」
わたくしは、断る他ございませんでした。
月子はあっさり、笑って言います。
「お前は村から逃げよったやつじゃ。俺と同じではないが、そしたらもっと広い世界を見とうないのけ?」
見たいです。
「しかし」「でも」「ですが」「だけど」「いいえ」否定していながら、わたくしはひとつ考えておりました。
もうここでお別れでしょう。
時が満ちたのを感じました。時間には、敏感なのです。
魔力をもつ我々と、月子のような子供は相性がよく、産まれると同時に産まれる獣が居ます。
獣は普通、対になる子供を探し、その後生涯を一緒に過ごす獣も居れば、そうでない獣も居ます。
わたくしは獣ではありません。
「......では、ルビを連れて行きなさい」
羽ばたく瞬間、月子が見上げているのが見えました。
わたくしのせいで月子が旅をできない。
これは、やけに心地の悪い気分です。
だからお別れですよ、月子。
わたくしは、もう月子と魚をとって川や湖で泳ぎ、湯浴みをし、山菜を摘み、......ずっと続いていけば良いと思っていた毎日の日々が、後ろにどんどんと遠ざかっていくのがわかりました。月子が今頃、訳もわからず立ち尽くし、男どもを叩き起こしているでしょうね。
月子が村人のまま育ち、村人として暮らしていれば、わたくしはこんな安寧を見つけることもなかったでしょう。
「ルビ」
夜の月明かりが差す村の川辺で、ルビはわたくしの姿になっていたのを解きました。
「よう、......ちょっと痩せたか」
「わたくしは、帰ります」
「おう、そうか。誰も気づいてないよ、俺が姫のフリをしていることなんてな」
「......月子の方は」
「オレがあの時あの赤子から離れたのにはな、まあ理由があるんだ。......もう14歳か。ちいと、オレはさすがに月子にあっとかにゃいかんね」
気づけばわたくしは、ひとり空にうつる星の輝きが眩しい中で、たった一筋、涙を流しました。


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