『蘭 ~緒方洪庵 浪華の事件帳~』2018年5月 新橋演舞場

画像1

 宝塚時代の北翔海莉は、三拍子揃った、とりわけ歌の上手い役者だと思っていた。在団中は遂に生観劇するには至らなかったが退団してからでもやはり一度は生の姿を観たい、ということで新橋演舞場に足を運んだ。

 原作は江戸時代後期の医師で蘭学者として知られる緒方洪庵の若い頃をモチーフにした時代小説シリーズ。原作を読んでいないので偶然の産物なのか判らないが、ともかく脚本と演出が最近の世相を思わせる台詞を多めにして仕上げてきてニヤリ。大阪、東京と評判が良かったらしく、演舞場の千秋楽の頃には翌年の再演が決まっていた。あらすじは公式サイトから再演チラシの画像を拝借。

画像2

 とにかく安心して集中して観られた。ほとんどの役者が場数を踏んでいるだけあって、台詞回しも動きも、殺陣の斬られ役も良かった。

 役者の力も勿論あるだろうが、脚本と演出が手堅いのも大きかった。
 1幕終わりまで演出が錦織一清ということを見事に忘れていた。癖のない演出に白眉。確かに小ネタが多かったが、あの程度は役者の挨拶代わり。若い頃のニッキ自身の駄洒落小ネタに比べたら全然くどくない。ミュージカル方面の経験もあり、演出家としての更なる活躍が楽しみになった。

 藤山扇治郎、という寛美の3代目がいることすら知らなかった。堂々とした主役ぶり。台詞回しも動きも良かった。ただ声が当代正蔵に似ている気がして、すると役柄まで30代のこぶ平時代に似ているような気がしてしまい、顔がボヤける3000円席だったので尚更頭が混乱した。

 北翔海莉は大きい箱が似合う。ただ、過去映像で色々見て知ってる分、まだ引き出しのありものだけで間に合ってしまっている気がした。久本のアドリブに笑いを堪えていたが、本当はアドリブし倒す側の人。あれは間違いなく「笑いを堪える演技」。
 懸念もある。北翔には独特の癖がある。これは多分本人の人間として消せない個性。今回は浮世離れした存在というのもあってセーフだったが、もっと様式美を取っ払った、芝居芝居した舞台だと、多分きっと悪目立ちする。今後松竹で看板やるならそこが課題かも。

 テレビでもお馴染みの久本雅美、石倉三郎、神保悟志、ゆーとぴあピース、そして新国劇出身の笠原章は各々自身のフィールドを生かした仕事。答える側も勿論だがこれは配役と演出の妙でも。
 久本と石倉は今は松竹舞台の常連らしい。軽い芝居が出来る2人は今時案外と貴重。

 渋谷天笑は天外の血縁ではないらしいが、それで渋谷を名乗らせてもらってるということは未来の新喜劇を担う人材なのだろう。
 大川橋蔵のご子息丹羽貞仁は柔軟さはちょっと欠けるか。でもそれも持ち味。

 女優陣も、派手さはないがきちっと仕事をこなしてた。宮嶋麻衣はヒロイン的な可愛らしさとしっかり者感をきちんと表現、高倉百合子も邪魔になりすぎず、印象薄になりすぎず。

 さて、立役的な若手3人。
 荒木宏文は立ち回りあり。
 上田堪大は爽やかな2枚目。
 佐藤永典は2幕幕開けで堂々とした客いじり。
 それぞれ1階席で見たら見惚れたかもしれない。が、顔のぼやける3階席からだと、見栄えよりも何よりも3人揃って発声が気になった。他の共演者が全員、舞台で鍛えた声が出来上がっているので、どうしても聞き劣りしてしまう。
 特に荒木宏文。幕開けに北翔と2人で一緒に喋るので差が歴然としてしまい、更にそのまま出演者の役名ではなくて役者名を読み上げて看板を紹介する役割を担っているのに、それが殆ど聞き取れない。任が大きいのか、気の毒ですらあった。
 3人とも、もっと腹から声を出せるはず。そしたら芝居にも重みが加わる。
 3人とも舞台中心の人らしいので、尚更、皆との差をきちんと受けとめて欲しいと思った。

 作劇に殆ど文句はないが、演出面で1つだけ言わせてもらうと、殺陣が気持ち長かった。
 立ち回りが出来る役者が多かったから華を持たす、のは理解できる。回数増やすのも判る。だからこそ、1回当たりの時間をほんの少し削ると「ああまたか」感が減ったはず。

DATA

CAST
緒方章:藤山扇治郎
楽人の姫 東儀左近:北翔海莉 
楽人 若狭:荒木宏文
天游息子 耕介:上田堪大
瓦版屋三吉実は隠密同心 桂木一郎:佐藤永典
神道者の娘 おあき:宮嶋麻衣
思々斎塾手伝い トラ:高倉百合子
本屋 加島屋:ゆーとぴあ・ピース
手先の半治:渋谷天笑
同心 新井幸次郎:丹羽貞仁
北前船の船頭頭 卯之助:笠原章
本屋仲間行司衆 山城屋忠兵衛:神保悟志
天游の妻・町医 お定:久本雅美
思々斎塾主宰 中天游:石倉三郎
祁答院雄貴、松村沙瑛子、岩下讓二、甲坂真一郎、兵藤有紀、菰池剛史、竹本真之、陣在ひろみ、功刀明

STAFF
原作:築山桂『禁書売り』『北前船始末』(双葉文庫)より
脚本:松田健次
演出:錦織一清
音楽:岸田敏志
美術:前田剛
照明:高山晴彦
音響:鮫島健一
振付:陣在ひろみ
殺陣:功刀明
衣裳:山田皓子
演出助手:川浪ナミヲ
照明助手:千原悦子
音響助手:清水彩希
舞台監督:藤森條次、木下三郎、逸見輝羊
制作助手:宮崎千琴
龍笛指導:小野真龍
日舞指導:林啓二
制作 :西村幸記、高橋夏樹、上田浩人、鶴岡菜野、野村英孝
製作:松竹株式会社

2018,5,17 ヒルの部 観劇

最後に個人的な話を。
この観劇の翌6月にリウマチが発症し、歩行困難に。
この先の観劇がいつ出来るか未知数だが、また良い舞台が観られるよう体力回復に努めたいし、同時に「どうしても観たい」と思えるような良質な作品が増えることを願う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?