切爆ワンライ「告白」

俺の罪を告白します。

それは初夏のことだった。ざわつく教室の真ん中で、俺は窓の外を見ていて、前の席に座った切島は雑誌を広げてぱらばらとめくっている。いつも通りの休み時間。のんびりしたその時間をぶち壊したのは、上鳴の大きな叫び声だった。

「あー! やべえ、財布失くした!」

あいつはどうやらツラだけじゃなくて、頭までアホらしいな。俺は馬鹿らしくて顔を向けるのさえ億劫だったからそのまま雲を見ていたけれど、俺の前のお人好し野郎は予想通り、ガタっと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。

「マジかよ! それはやべえな! 探しに行こうぜ!」

言うと思った。
そして次にくる言葉も多分、分かる。

「爆豪も行こう!」

ほらな、絶対にそうだと思ったわ、クソが。俺は大きくため息をつきながら、その言葉を無視してやろうと思ったのだけれど、切島はそんな俺の様子などお構いなしに腕を掴んで俺を立ち上がらせた。

「どこに落としたか、心当たりはねえの?」
「うーん、わっかんねぇ!」

視界の隅に、上鳴と切島に引き摺られる様にして教室を出た俺の姿を、目を見開いて見ているデクの姿が見えた。ちっ、あのクソはどうせ、「かっちゃんが誰かののために動くなんて!」とかどうとか思ってやがるんだろう。

そうして3人で校舎をぐるぐる歩いたけれど、上鳴の財布はどこにもなかった。もうすぐチャイムが鳴ってしまうからと教室に引き上げることにした。教室のドアをくぐりながらも、まだ上鳴は大きな声で嘆いている。

「ううっ、どこに行ったんだ、マイ財布ちゃん!」
「うるせえ、落とすのがわりいんだよ。なくして困るもんには名前でも書いとけや!」
「仕方ねえだろ! それに名前は書いてないけど、ツタヤのカードとか入ってたから誰の物かはわかるはず!」
「じゃあそのうち出てくるかもな。それを待てや」
「でもそれじゃあ今日発売のジャンプが買って帰れねぇ!」
「知るかボケ。だったら紐にでもくくりつけとけや!」

せんのない言い合いをする俺と上鳴の間に切島が入って、まあまあ、と仲裁してきたので、その話はそこで終わった。そうして次の授業が始まる。

翌日、やっぱり上鳴の財布は出てこなかったらしく、昼休みの間中ずっと上鳴がめそめそと悲しんでいた。それをわざわざ俺と切島が食休みしている机のそばでやるものだから、邪魔くさい。
おまけにその上鳴を励ますつもりかなんなのか、デクや麗日まで周りに集まってきていて、目障りなことこの上ない。
そろそろここに集まってるやつらを全員爆風で吹き飛ばしてやろうかと思っていたら、俺たちの横をたまたま通った芦戸が、誰かの足につまずいたのか、ずるりと滑って転けた。そして、その拍子に芦戸が持っていた紙パックのジュースが宙を舞い、切島の頭の上に綺麗に降り注いだ。

「うお、冷てえ!」
「うわぁ、切島、ごめぇん!!」

なんだこりゃ、コントかよ。そうあきれる俺の前で、ようやく立ち上がった芦戸が、シャツまでびっしょり濡れた切島にタオルを差し出す。

「ほんとにごめんね。シャツ、着替えないとだね。着替え持ってる?」
「おお、気にすんな! 体操着持ってるから、大丈夫だから」

俺だったら即ブチ切れてるけど、切島は笑顔でそんなことを言う。絶対に口にはしないけれどさすがに、すげえやつだな、と思わないこともなかった。
そんなことを考えつつ、ぼんやりと切島を眺めていたら、切島はなんの頓着もなく、がばりと濡れたワイシャツを脱いで、上半身裸になる。体操着を取りに行ってから脱げばいいだろうが。どいつもこいつもアホだな、とため息をつこうとした、その時だ。

「あれ、切島、おまえ背中に傷あるよ」

そう言った上鳴が指さしたのは、切島の背中の、腰に近い背骨の側。そこには赤黒い、痣のようなものが小さく刻まれている。

「あれ、本当だ。どうしたの?」
「え、まじ? 自分じゃ見えねえや」
「切島くん、鏡あるよ」
「おお、さんきゅ! あ、本当だ。なんだこれ、いつついたんだろう」
「痛くないの?」
「痛くはねえな。つーか、全然気がつかなかった。うーん、昨日の戦闘訓練の時、打ったのかもしれねえ」

わあわあと騒ぐやつらをぼんやりと見つめたのち、俺はついっと視線をそらして目を伏せる。

放課後、俺は1人で校舎内を歩いていた。いつもなら切島が側をうろちょろしているところだが、今日は金曜日だったので、実家に帰るとかなんとか言ってすでに学校にはいない。
ちょうど階段に差し掛かったその時だ。俺は後ろから聞こえてきた足音に歩を止めた。そして後ろを振り返る。
そこにはデクの姿があった。

「かっちゃん」

デクはまっすぐに俺を見下ろして、言う。

「ねえ、かっちゃん。切島くんのあの傷って多分、昨日今日でついたものじゃないと思うんだよね。あれは多分、火傷だ。それでね、あの火傷ってかっちゃんの個性にとっても似てるって思うんだけど」

ああ。
こいつはどうして、いつもいつも俺にとってムカつくことしか言えねえんだろうな。
俺はくるりと体を回し、階段を一段登り、デクの首に手のひらを伸ばす。

「それ以上口にしたら、殺す」

だって、大事なものには名前を書いて、紐をつけておくもんだろ?

俺の罪を告白します。
それは、俺が、あいつを好きになってしまったこと。

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