音楽のバケモノ

私は昔、都内の私立音大でピアノを専攻していた。

そこではとにかく優先すべきものは練習で、

優先すべきものは音楽だった。

もちろん、人によって熱意の程度は違ったが、

卒業するため、音楽の神様に恥じないために頑張っている子がとても多かった。

私はその中で、とにかく怠惰だった。

音楽自体はとてもとても好きだったし、勉強も楽しかったのだが、練習する体力が本当になかった。

とても集中して練習をするにしても、持って2〜3時間だった。

友達は、休日は10時間ぐらい練習していて、その練習の成果は演奏によく出ていた。とても素晴らしいプレーヤーだった。

私は本当に、何もできなかった。

先生からは、「あなたは頑張れば選抜に乗れる素質を持っているのに、どうしてもっと努力しないの!?」と言われていた。

先生からすると、鼓舞してくれていたんだろうと思う。

けれど、私はその言葉を聞くたびに辛かった。

才能を持っていたら、どんなことも諦めて音楽の奴隷にならなければいけないのだろうか。

才能を持っていたら、絶対に努力しなければいけないのだろうか。

分からなくなっていった。


そのうち、取り組んでいたコンクールにひどい形で落ちてしまい、

頑張り続けていた心が折れてしまって、好きだった男の子にも「もっと真面目に音楽やりなよ」と言われてしまったので、

何が何だか分からなくなってしまい、インターネット依存症になった。

朝から晩までツイキャスをし、徹夜でTwitterに貼り付き、音楽をほぼやらなくなった。

加えて、そのときやっている部活がとても楽しかったので、「部活が忙しくて」と話したら、先生には酷く怒られた。

「あなた私のこと馬鹿にしてるの!?」と言われてしまい、

そんなつもりは毛頭なかったのに、、と思った。


そこまでして音楽をやらなきゃいけない?

人間的なものを全てこらえて、ピアノだけにかじりついて、孤独にならなきゃいけない?

そこから私の精神はもっと混沌を極めてしまった。

ネットで出会ったかなりヤバイタイプの男の子と付き合ってしまい、死ぬほど束縛され、何かあると自傷行為で脅され、電話口で怒鳴られた。

しかし、そんな状況でも私は「これで私は自由を勝ち取ったのだ!」と嬉しかった。もう先生は、私を”諦めてくれて”、音楽に縛られることもなくなったんだ!と思って心底嬉しかった。

でも、彼と付き合っていくうちに精神状態が酷くなり、寝れなくなって、食べれなくなって、学校にも通えなくなった。

一日に食べられるのはゼリー1個、睡眠薬で無理やり眠った。

1科目だけ履修している座学があったので、先生に泣きながら「今思うように登校ができなくなった」と告げたら、

「いいんだよ、毎年そういう生徒さんはいるの。焦らないでゆっくり治そうね」

と言ってくれた。

それがとても嬉しくて、友達に報告したら、

「ああ、先生はそういうとき利用できるからねー」


と言われた。


もう何が何だか分からなかった。



とにかく最低限の練習をして、その座学の先生の厚意もあって、

なんとか卒業は確定した。

(その彼とは別れた。別れ際に「俺実は癌なんだ」と喚かれた)


ピアノの先生に、「なんとか卒業できて、本当によかったです」と言ったら


「もう、あなた病気になんてなってる場合じゃなかったのよ〜!」

と笑顔で言われた。


もう、恐ろしかった。

病気に対しての無理解もそうだけど、

言葉の強い人間たちが恐ろしかった。

音楽を、絶対の正義だと、魔法だと、自分たちの法律だと信じて疑わなかった人たちが恐ろしかった。そのためならなんでもしていい、何でもするべきだと狂信していた先生が恐ろしかった。

私は、もううんざりして、クラシックピアノを主たる音楽として活動するのをやめた。練習するのも大変だし、そんな人たちが大勢いる世界はもう懲り懲りだった。


そして、今私は、ラップを、している。


仲間はとても評価してくれている。

お客さんもとても良かった!と言ってくれる。


けれど、あの”音楽のバケモノ”を思い出すと、


音楽に邁進することが、まるでカルトを信仰するかのように感じられて、


本当に、怖くなって、動けなくなるのだ。






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