エメラルドカットダイヤの婚約指輪vol.1
noteに登録しよう、記事を書こう、そう決めた一番の理由はこれだ。
エメラルドカットのダイヤモンド。
数か月前、運良く婚約指輪を買って頂けることになった。
運よく、とはよく言ったもので実情は「婚約指輪がほしい!」と当時一緒に暮らしていた恋人にねだったのである。
私はもとより宝石が大好きだった。ボーナスが入ればジュエリーのことを考えるし、ジュエリーの欲しいものリストは常に更新され続けている。
そのため”婚約指輪”という特別なジュエリーが欲しいという気持ちも勿論あったが、どちかというと大き目な一粒のダイヤモンドがついた美しい指輪がただ欲しかったのだ。自分で購入してもよかったのだが、結婚を見据えながら一緒に暮らしている恋人がいるのに、まるで婚約指輪のようなジュエリーを自分で購入したら、嫌みなのでは、と考えねだるに至った。
話はズレるが、今の時世、婚約指輪などあってもなくてもいい儀式だと思う。どこにお金をかけるかは各人の考え方だし、自由な選択だ。それは私のパートナーも然りである。しかし、婚約指輪やそれに類するジュエリーの情報をライフワークのように収集する私を前にして”婚約指輪より家電にお金をかけたほうが賢いよね?”などとは口が裂けても言えなかったと思う。
言えないどころか最終的にはねだられるのだから不憫でさえある。しかし彼は広い心で”いいよ”と答えくれた。私は彼のそういうところが好きなのだ(他人の好きなものを理解してくれる)。
そうして、婚約指輪が現実のものになり始めたとき、既に私には年単位で調べた婚約指輪に関する情報が頭に入っていた(と思っている)。とはいえやはり相性というものもある、店頭で見ないとわからないことがたくさんあるはずだ。わたしは各所お墨付きの優柔不断だった。
しかし世はコロナ禍で私たちは緊急事態宣言下の東京にいた。気軽に店頭にいくこともできない。仕方なしにネット上でのデータ収集に更に力を入れた。
しかし私の欲しい情報はもうほとんど出てこなかった。なぜなら、私が欲しい指輪はエメラルドカットのダイヤモンドだったからだ。
婚約指輪で多く使われるダイヤモンドはラウンドブリリアントカットが多い。多くの人が思い浮かべるダイヤモンドの形は恐らくこれであろう。円錐型で上から見ると円系をしている。このカットはカットが多面的でキラキラと輝く。ダイヤモンドらしくとても素敵だと思う。
一方でエメラルドカットは元々はその名の通り、エメラルドの宝石に使われるカットだ。上から見ると長方形で平らな面が目立つ。ラウンドブリリアントカットと比べると、やや華やかさには欠けるが、すっきり凛とした輝きと透明感がある。王道ではないもののクラシックであり、それこそが魅力だと私は感じる。元々婚約指輪の来歴ある中世ヨーロッパで、当初指輪に使われていたダイヤはエメラルドカットだったとか。(私は歴史通ではないので、このあたり誤りがあったとしてもご容赦いただきたい。)
エメラルドカットは悪く言えば古めかしいカットだが、しかしそれが逆にモダンだと私は感じている。さらに繰り返しになるが、すっきりとした輝きと透明感がたまらない魅力である。
更に言うと、キラキラ華やかで可愛らしいラウンドカットのダイヤよりも、エメラルドカットのダイヤが、臆面もなく言えば、自分には似合うと思った。ユニークだけどクラシック、キラキラしないが凛としている。こう言うと、なんとなく知性を備えた心身ともに美しい大人の女性のようなイメージを持たれるのではないか思うが、そんなことは全くない。ただ、そんな自分でありたいという理想の象徴として持っておきたいという気持ちである。
しかしエメラルドカットのダイヤの情報は非常に少なかった。
婚約指輪を探す人々の記録がSNSやブログには多く残っているが、そのなかにエメラルドカットのダイヤの記録はほとんど見つけられなかった。ほとんど、というが私は1件も見つけられなかったといえる。もちろん商品として扱っているブランドはある。王道のジュエリーブランド、例えばティファニー、ハリーウィンストン、ブルガリ、カルティエ、、、多くのブランドで扱いがある。ただ1点程度だ。ラウンドカットと比べると恐るべき選択肢の無さだと思う。あくまで、私がHPを見た2021年前半時点では、だが。
ここで冒頭に戻るのだが、noteで記事を書こうと思った理由だ。
エメラルドカットダイヤの婚約指輪について、情報を集めるのに私は非常に苦労した。なぜならほとんどなかったからだ。なので、今後もし私と同じようにエメラルドカットのダイヤを探したいという人がでてきたときに、一つでも参考情報を残したいと思ったのだ。
あまりに長くなってしまったので、ここまでを前置きとしていったん区切らせていただく。
結論だけ言っておくと、非常に満足がいくエメラルドカットダイヤの婚約指輪を選ぶことができた。気に入りすぎて、既に少し傷をつけてしまったぐらいだ。泣いて悲しんだし、まだあまり立ち直っていない。しかし、それも味だと思えるように今後も着用し続けていきたいと思っている。
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