ワルプルギスの夜と魔女の関係

※円付き番号は参考資料を表す

バックランドのウィッカ入門書にはワルプルギスの夜は出て来ない
ケルト信仰のものではないのかもしれない

ワルプルギスの夜は欧州に広く伝わってはいるがドイツが特に有名らしい ②

ワルプルギス、ヴァルプルギスの由来は、聖ヴァルプルガ(8世紀のフランク王国の女子修道院長の名)に由来する記述が多い
春の女神に由来するという記述もある ③
 …北欧神話に出てくるらしい?
 > ヴァルボルグ
 北欧神話ニャールのサガに登場する女性。
 神様コレクション@wiki https://w.atwiki.jp/gods/pages/68999.html
 ニャールのサガ…アイスランド人のサガ
(偉大な戦士グンナルと賢人ニャールの友情と死を描く)

聖ヴァルプルガは「害虫、狂犬病、百日咳、そして魔術」と闘ったことでドイツのキリスト教徒から称賛された。[8]聖ヴァルプルガが地元住民のキリスト教への改宗に成功したため、キリスト教徒は魔術から身を守るために聖ヴァルプルガのとりなしを通して神に祈った[9] [8] [10]。[11]ヨーロッパの一部では、人々は悪霊や魔女を追い払うために聖ワルプルガの前夜に焚き火を焚き続けています。[1] [12]歴史的に、聖ヴァルブルガの祝日にアイヒシュテットにある聖ヴァルブルガの墓へキリスト教徒巡礼をし、聖ヴァルブルガの油の小瓶を入手する人もいる

https://en.wikipedia.org/wiki/Walpurgis_Night

魔女の祝祭の日かと思えば魔女を制圧した日…

しかしドイツでは下記のような伝承があり、
魔女のお祭りもこの日にある

ドイツでは、ヴァルプルギスナハト (Walpurgisnacht) またはヘクセンナハト(Hexennacht、「魔女の夜」という意味)は4月30日の日没から5月1日未明にかけての夜を指し、伝えられるところによれば、魔女たちがブロッケン山で大規模な祭りを催して、春の到来を待つという[6]。

ドイツの伝承では、ヴァルプルギスの夜は五月祭前夜の4月30日の夜で、魔女たちがブロッケン山で集い、彼らの神々とお祭り騒ぎをする…

ブロッケン山は中央ドイツ北部にあるハルツ山地の最高峰である。ブロッケン現象による自然現象と、魔女の酒宴がヴァルプルギスの夜に催されることで有名である。

ブロッケン現象は、見る人の影の周りに虹に似た輪が現れる現象である。最初にこの自然現象が報告されたのがブロッケン山である。

— Oxford Phrase & Fable

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%97%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%A4%9C

鶴岡真弓『ケルト再生の思想 ハロウィンからの生命循環』筑摩書房、2017年、146頁。ISBN 978-4-480-06998-6

ハルツ地方の20余りの町では、今もヴァルプルギス祭りを4月30日に開催。中世を再現したマーケットや大道芸、音楽やショー、魔女のパレードなど大人も子供も一緒になって楽しめるお祭りになっています。この日は町じゅう、あっちもこっちも(仮装した)魔女だらけ!夜中になるとかがり火が燃え盛る周りで魔女たちが歌い踊り、クライマックスを迎えます。

ドイツニュースダイジェスト
年に一度の魔女祭り - ヴァルプルギスの夜 - Walpurgisnacht

北欧神話とも関係があるようだ

また、オーディンが死と復活をしたとされる4月30日か5月1日に行われた風習はキリスト教到来以降も残り、中欧や北欧で『ヴァルプルギスの夜』の行事となった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3

北欧神話では、主神オーディンがルーン文字を生み出すために世界樹ユグドラシルの樹に逆さ吊りになり、自らを槍で刺して死と再生をしたのがこの日とされている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%97%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%A4%9C

オーディンの死と再生を祝う日…?

ヴァルプルギスの本来の意味は「死者を囲い込むもの」だそうで、北欧神話の主神オーディンがルーン文字の知識を得るために死んだことを記念するものとされています。その夜は死者と生者との境が弱くなる時間なので、かがり火を焚き、生者の間を歩き回るといわれる死者と無秩序な魂を追い払います。それが翌日の光と太陽が戻るメーデー(五月祭May Fair)を祝うことにつながります。北欧のヴァイキングたちが春を祝った風習がヨーロッパに広まることでヴァルプルギスの夜の祭りとなったそうです。

神田文庫
ヴァルプルギスの夜

オーディンはウォーデンなどとも呼ばれるようだが
ウォーデンはサクソン派ウィッカの崇める神の名前になっている ④

魔女的にはサウィンとワルプルギスはどっちが重要だろう?
バックランドの入門書にあるウィッカはケルトやドルイド由来
年8回のサバトの名称もケルト由来

北欧神話やワルプルギスはどこで魔女と結びついたのか…
ドイツ魔女の由来が気になる…

参考

https://www.keiwa-c.ac.jp/wp-content/uploads/2013/01/veritas06-11.pdf

https://www.keiwa-c.ac.jp/wp-content/uploads/2013/01/veritas06-11.pdf


ワルプルギスの夜が魔女のイメージが強いので、死者の日やサウィンを棄ててベルテーンに移行しようと思ったが、本当にワルプルギスがサウィンより魔女にとって重要なのかわからなくなってきた

サウィンからちょうど半年後がベルテーンにあたるが、
サウィンから男神の暗闇と冬の季節、ベルテーンから女神の光と夏の季節にそれぞれ切り替わる
ベルテーンがサウィンのちょうど真裏に来るので、裏サウィンとか言えば中二的にはアガるかもしれないが…


北欧神話の由来については裏が取れないし、上記の記事くらいしか情報が無く、どうつながっているのかわからない
拾えた情報を総合して考えると、


ブロッケン現象で出現する影を妖怪と捉えてブロッケンの妖怪ともいわれていた

8世紀に聖ヴァルプルガがキリスト教化に成功し、疫病に打ち勝つ
そのときの疫病が悪霊や魔女魔術の仕業とされる
ヴァルプルギスの語源
祝いは4/30〜5/1

ペストは14世紀ころに大流行しているが、その前に6世紀~8世紀にもローマを中心にヨーロッパ中で流行したらしい
キリスト教布教と同時に疫病も終息したのなら、救世主キリスト教万歳って感じだろう

https://www.camri.or.jp/files/libs/1503/202008031057433848.pdf

19世紀にゲーテがファウストでヴァルプルギスの夜を普及する


ヴァルプルギスの夜に現れるドイツ魔女は妖怪だった

ヴァルプルギスの語源は春の女神とかオーディンの死と再生の日が由来といった記述もあったけど、裏付けが取れなかった
ネットの限界かもしれんが

山の妖怪と聖人の偉業達成が合わさってヴァルプルギスの夜に魔女がブロッケン山で乱痴気騒ぎをするという方が腑に落ちる


ブロッケン現象についてはこちら

ブロッケン現象(ブロッケンげんしょう、: Brocken spectre)とは、太陽などの光が背後から差し込み、影の側にある雲粒や霧粒によって光が散乱され、見る人の影の周りに、と似た光の輪となって現れる大気光学現象[1]

光輪グローリー英語: glory)、ブロッケンの妖怪(または怪物、お化け)などともいう[1]

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%B1%E3%83%B3%E7%8F%BE%E8%B1%A1


今なお火を焚いて聖ヴァルプルギスのイヴを祝うが、5月に火を焚く祭はキリスト教以前からあったようで、元はケルトの文化で火を焚くことで太陽の力を強化しようとしていた
そもそもベルテーンが火祭りのようだ

フレイザーは、火の儀式は一種の模倣または同情的な魔法であると信じていました。彼は、それらが太陽を模倣し、「人間、動物、植物に必要な日光の供給を確保する」こと、そして象徴的に「すべての有害な影響を焼き尽くして破壊する」ことを意図していたと示唆しています。

The Golden Bough
スコットランドの人類学者サー・ジェームス・ジョージ・フレイザー

https://en.wikipedia.org/wiki/May_Day

ゲルマン諸国で祝われる 5 月後半の祭り、ヴァルプルギスの夜は、 870 年 5 月 1 日に聖ヴァルプルガが正式に列聖されたことを記念します。[15]ゲール文化では、4 月 30 日の夜はベルテーン(「幸運の火」と訳される)の祭典でした。同様のウェールズのカランマイと同様に、夏のシーズンの始まりを告げます。西暦 900 年に初めて証明されたこの祭典は、夏の牧草地に移動する牛や他の家畜を祝福するために火を象徴的に使用することに主に焦点を当てていました。この習慣は 19 世紀初頭まで続き、その間、妖精に牛乳を盗まれるのを防ぐために牛が火を飛び越えさせられました。人々は幸運を求めて火を飛び越えることもありました。[16]

https://en.wikipedia.org/wiki/May_Day

メーデーはアイルランドでは異教の時代からベルテーンの祝日として祝われ、後の時代にはマリアの日として祝われてきました。伝統的に、夏の到来を告げ、人々や家畜に幸運をもたらすために焚き火が焚かれました。アイルランドの正式なメーデーの休日は 5 月の第 1 月曜日です。メイブッシュの伝統は、18世紀にダブリンの法律と治安判事によって抑圧されたと報告されている。[21]たき火などの古い伝統は、もはや広く観察されていませんが、この習慣は全国のいくつかの場所でまだ残っています。リムリック、クレア、その他の郡の多くの人々は、リングセンドなどのダブリン市内の地域を含め、今でもこの伝統を守り続けています。[22]

https://en.wikipedia.org/wiki/May_Day

2つの語源が提案されています。ベルテインは、「明るい火」を意味する一般的なケルト語の * belo-te(p)niâに由来している可能性があります。要素* belo- は、「白」、「明るい」、または「輝く」を意味する英語の単語bale ( bale-fireなど)と同源である可能性があります。あるいは、ベルテインは* Beltiniyāとして再構成された一般的なケルト語の形に由来している可能性があり、これはリトアニアの死の女神Giltinėの名前と同源であり、どちらもインド・ヨーロッパ原語の語根 *で形成された初期の * gʷel-tiōn-に由来します。 gʷelH- (「苦しみ、死」)。失神の欠如(アイルランドの音響法はむしろ**ベルトネ形式を予測します)は、ベルテインが「火」を意味する単語teneの合成語であるという一般的な信念によって説明できます。[11] [12]

https://en.wikipedia.org/wiki/Beltane

ベアルテインは、ゲールの 4 つの季節祭りの 1 つです。サムハイン(11 月 1 日)、インボルク(2 月 1 日)、ベアルテイン (5 月 1 日)、ルグナサード(8 月 1 日) です。ベルテーンは、家畜が夏の牧草地に追い出される牧歌的な夏の季節の始まりを示しました。[14] [15]当時、自然的および超自然的な危害から身を守るために儀式が行われ、これには主に「象徴的な火の使用」が含まれていました。作物、乳製品、人々を守り、成長を促すための儀式もあった[14] 。アオス・シー(しばしば精霊や妖精と呼ばれる)はベアルテイン(サムハインと同様)で特に活発であると考えられており[14]、ベアルテインの多くの儀式の目的は彼らをなだめることであった。ほとんどの学者は、アオス・シーを異教の神々や自然の精霊の残骸とみなしています。[16]ベアルテーンは「楽観主義の春の祭り」であり、その間は「豊饒の儀式が再び重要であり、おそらく太陽の力と結びついていた」。[3]

https://en.wikipedia.org/wiki/Beltane

つまりドイツにもケルト文化があったということになる




①Wikipedia

②よみタイ
4月30日は魔女が集う「ヴァルプルギスの夜」! 研究家が語るその真実と魔女の正体

③ドイツニュースダイジェスト
年に一度の魔女祭り - ヴァルプルギスの夜 - Walpurgisnacht

④レイモンド・バックランド. バックランドのウイッチクラフト完全ガイド



その他メモ

イースター魔女(スウェーデン語: påskkärring、'イースターババア'、[1] 'イースター魔女'、[1]フィンランドスウェーデン語 : påskhäxa、'イースター魔女'、フィンランド語:トゥルーリ、'トゥルッリ' ) は、魔女が空を飛ぶというスウェーデンの古い伝説です。ブロックラ(スウェーデン語: Blåkulla、Blå Jungfrun ) は、復活祭の前の木曜日(聖木曜日sv:Skärtorsdagen ) または水曜日 (聖水曜日sv:Dymmelonsdag ) とその前の木曜日の間の夜にほうきに乗って、復活祭に戻ります。[2]現代では、子供たちは魔女、老婦人、または老人の服を着て戸別訪問し、挨拶を交わし、お返しにおやつを受け取ることがよくあります。[3]

https://en.wikipedia.org/wiki/Easter_witch

魔女は妖怪です


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